万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

南シナ海問題―領有権問題は如何に

2016年07月23日 13時51分46秒 | 国際政治
米補佐官が訪中へ=南シナ海問題も協議か
 今月12日に示された仲裁判決は、南シナ海における領有権問題には踏み込まず、あくまでも、国連海洋法条約に照らした合法性の問題について判定が下されました。このため、南シナ海問題が発生した根源が、領有権問題にあることは、しばしば忘れられがちです。

 南シナ海において、目下、”島”、あるいは、”岩”の領有を争っているのは、台湾、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイの5か国です。インドネシアについては、中国が、一先ずはナトゥナ島のインドネシア領有を認めているため、領土問題に発展するか否かは、今後の成り行き次第となります(ただし、EEZについては争っている…)。ところで、何故、かくも多くの諸国が南シナ海において領有権を主張しているのか、と申しますと、その背景には、この海域をめぐる複雑な歴史が隠されています。

 パラセル(西沙)諸島については、インドシナ半島を領有していたフランスと清国、その後は中華民国との間で摩擦がありましたが、フランスは、1933年12月21日に、スプラトリー(南沙)諸島と共に仏領インドシナに併合します。その後、日本軍が両諸島を占領し、1938年に領有を宣言して台湾の高雄に編入しました。第二次世界大戦が終結すると、ここで、一つの問題が発生します。日本軍は両諸島から撤退し、1952年のサンフランシスコ講和条約第2条(f)でこれらの領土放棄を再確認しますが、どの国に対して放棄したのか不明となったのです。

 この結果、南シナ海の”島”、あるいは”岩”は、どの国の領土であるのかをめぐって、およそ、三つの立場が生じました。(1)無主地となった、(2)フランス領に復帰した、(3)いずれかの国の歴史的権利が回復した、という立場です。もう一つあるといたしますと、(4)日本国から高雄市のある台湾(中華民国)に引き継がれた、という立場もあり得ますが、日華平和条約において日本国による両諸島の放棄は明記されてはいるものの、この条文にも台湾に向けて放棄したとは記されていないことに加えて、台湾自身は、中華民国時代の1947年に策定した「十一段線」の主張を維持しており、日本国から継承したとする立場にはないようです。

 これらの3つの立場を紛争当事国に当て嵌めてみると、台湾は、(3)の立場から「十一段線」を主張し、ベトナムは、1956年にフランスが南ベトナムに領土を委譲した際に、両諸島の領有権を継承したと主張しておりますので、(2)の立場にあります。一方、フィリピン、マレーシア並びにブルネイの基本的立場は(1)です。それでは、中国はどうかと申しますと、歴史的権利を根拠としてきた「九段線」は、台湾の「十一段線」を継承したものに過ぎず、仲裁裁判で違法と判定された以上、当事国の内で、最も根拠薄弱なのは中国ということになります。(3)は、既に仲裁裁判で否定されておりますし、西沙諸島の戦やスプラトリー諸島海戦などで他国に対する武力行使の末に島や岩礁を奪った以上、(1)の無主地先占は成立しません(フィリピンEEZ内の岩礁占領と人工島建設も同様…)。さらに、当然に(2)も主張し得えないのです。僅かに可能性があるとすれば、西沙諸島の東半分のアンフィトリテ諸島ですが、ここでも、台湾、並びに、ベトナムと競合します。

 南シナ海問題の最終的な解決には、やはり、領有権問題をめぐる複雑な歴史を理解し、国際法、並びに、国際社会の基本原則に照らして判断する必要がありそうです。仮に将来、国際司法裁判所にこの問題が付託された場合、果たして、どのような判断が下されるのでしょうか。何れにしても、中国による無理筋の”領土拡張主義”は否定されるものと予測されるのです。

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コメント (2)
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