中国による台湾侵攻が現実味を帯びる中、日本国政府も、同国による軍事的脅威を根拠として防衛費増額に踏み切る方針を固めたようです。敵基地攻撃能力の保持や反撃力が議論されてはおりますが、政府やメディアの説明を聞いておりますと、最も重要な観点が抜け落ちているように思えます。それは、中国の核戦略です。
泥沼化も懸念されているウクライナ紛争では、ロシアによる核兵器の先制使用の可能性が取り沙汰されることとなりました。その理由は、2020年6月にプーチン大統領が署名した「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎について(核抑止力の国家政策指針)」において示した核使用条件の一つに、「通常兵器によるロシアへの侵略により存立危機に瀕したとき」というものがあったからです。ロシア軍の劣勢を受けて、プーチン大統領も、核の先制使用について検討を指示したと報じられています。大規模な戦略核兵器を用いずとも、地域紛争に限定する形でより小規模な戦術核兵器を使用する可能性もあり、核兵器の使用は絵空事ではなくなってきているのです(核使用のため、故意に劣勢になっている可能性は?)。
核の先制使用を示唆するロシアに対して、アメリカは、仮に実際に使用された場合、ウクライナ紛争への直接的参戦をも辞さないとする強硬な姿勢を示したことから、核使用の如何は、第三次世界大戦、延いては核戦争を引き起こしかねない重大問題となったのです。報道によりますと、ロシアのペスコフ大統領報道官は先のプーチン大統領による核の先制使用検討発言について、‘早急な行動はしない’としてトーンを和らげていますが、それでも、ロシアは、核兵器使用の条件を緩和しこそすれ、厳格化するとは思えず、今後とも、‘最終兵器’として核使用のオプションを保持し続けることでしょう。
2020年6月に公表された「核抑止力の国家政策指針」は、奇しくも「核兵器国」であるロシアが自らの国家戦略に核兵器を組み込んでいる実態を明らかにしたのですが、合法、無法、違法の如何に拘わらず、他の「核兵器国」も、ロシアと同様に、核兵器を基盤として自らの‘世界戦略’を策定していることでしょう。「核兵器国」にとりましては、保有する核の有効活用こそ、戦略上の重要課題の一つなのです。当然に、保有数では米ロを下回るものの、今や世界屈指の軍事大国となった中国も、自らの核を‘中国の夢’を実現するために戦略的に活用しようと考えないはずはありません。
仮に、‘護身用’、即ち、自衛を目的として保有するならば、中国が保有する核弾頭数は、一つや二つでも構わなかったはずです。「核兵器国」である中国に対して武力攻撃を仕掛けようとする周辺諸国は凡そ皆無であるからです。中国は、しばしば日本国の軍事力を自らに対する脅威としてアピールしておりますが、中国が「核兵器国」である以上、この主張には説得力がありません。ところが、米国防省が公表した年次報告書に依りますと、中国は、2035年、即ち、あと僅か13年あまりで現状の4倍の凡そ1500発まで核弾頭数を増強するそうです。自衛に必要となる弾頭数を大幅に超えて核兵器を保有しようとする背景には、台湾有事、あるいは、新冷戦の激化による米中戦争の可能性を視野に入れているからなのでしょう。双方が相手国への対抗を口実とする軍事大国間の核軍拡競争は、‘世界支配’に向けた世界権力が誘導する‘既定路線’に起因しているのでしょうが、核軍拡を急ぐ中国が、その使用を軍事的オプションから外しているとは思えないのです。中国が原子力発電所の建設を急ぐ理由も、軍事的、否、攻撃的な核戦略にあるのかもしれません。
中国が核戦略を温めている確率が100%に近いとすれば、日本国政府の防衛に関する態度はあまりにも非現実的であり、楽観的に過ぎます。中国は、自らが攻撃を受けない限り、核兵器は使用しないとしていますが、中国国内では、台湾有事に際して日本国が介入する場合には、同原則から日本国を外すべしとする議論があります(中国の場合、‘挑発’や‘偽装工作’もあり得ますし、米中開戦の場合には、在日米軍基地が核攻撃の対象となる可能性も・・・)。同国は、ロシアに対しては核の使用を控えるように牽制しても、自国が使用することには何らの躊躇もしないことでしょう。これまで、その非人道性と超絶した破壊力故に‘核は使えない兵器’と見なされがちでしたが、核軍拡に邁進する中国の現状を見れば、既に日本国は同国の核攻撃、並びに、核による威嚇の対象に含まれているとみた方が妥当です。言い換えますと、日本国は、中国からの核攻撃を想定した上で、それへの対策として自国の防衛政策の指針を定める必要がありましょう。対中核対策としては、事前の抑止、並びに、事後的な反撃の両面からアプローチしないことには、李鵬元首相の予言通りに日本国は滅亡するかもしれません。
この問題は、アメリカによる‘核の傘’の提供の信頼性やニュークリア・シェアリングの効果にも波及しますので、徹底に議論されるべきですし、物理的な力、即ち、抑止力と攻撃力(反撃力)に関する緻密な計算をも要することでしょう。そして、仮に、通常兵器のみでは抑止力が不十分とする結論に至った場合には、日本国政府は、即刻、核保有に向けた準備を開始すべきなのではないでしょうか(費用対効果を考慮しても、核保有の方が防衛費を抑えることができますが、岸田首相は、あくまでも非現実的な核兵器廃絶の道を歩もうとしているよう・・・)。‘使わせない’ことこそ、重要なのです。その際には、「核兵器国」の‘核の脅威’に晒されている「非核兵器国」を代表し、日本国政府が「核兵器使用禁止条約」を提案すれば現行のNPT体制の非条理さが理解されるでしょうし、核戦争が回避される可能性も高まるのではないかと思うのです。