万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

疑問に満ちた中高年デジタル人材インターン制度

2023年09月26日 10時12分19秒 | 統治制度論
 目下、厚生労働省が導入を進めている中高年デジタル人材インターン制度につきましては、同制度の設計からしますと、中核的機関として位置づけられている人材サービス会社への利益誘導が強く疑われます。その他にも、同制度には、様々な問題点がありそうです。

 デジタル人材は凡そ7年後の2030年において最大で80万人不足するとされています。制度新設の根拠として人材不足がアピールされているのですが、デジタル人材の養成は、新制度を設けなければならないほどに困難かつ深刻な課題なのでしょうか。ウェブで調べてみますと、デジタル人材として転職を目指す場合、およそ二つの道があるようです。その一つは、民間のプログラミングスクールに入学するルートであり、もう一つは、厚労省が設けている職業訓練(ハロートレーニング)に参加するルートです。

 受講者が負担する費用を見ますと、前者は民間ですので、入学者は受講料を支払うことになるのですが、後者は無料で訓練を受けることができます。職業訓練の最大の特徴とメリットは、受講者負担がないところにありましょう。もっとも、前者の民間プログラミングスクールについては、その多くが厚労相が設けている専門実践教育訓練給付金の対象校ですので、最大で70%が政府からの補助金として支給されます。このため、15万円から90万円とされる受講費用も大幅に軽減されます。政府は、官民問わずデジタル人材育成には予算を投じているのです。

 それでは、デジタルに関する専門知識や技術を身につけるためには、どの程度の時間がかかるのでしょうか。民間のプログラミングスクールですと、訓練期間は10週間から16週間、ハロートレーニングのITコースでは4ヶ月(16週間)なそうです。他の理工系の分野において専門的なエンジニアになろうとすれば、大学院や研究機関等の施設で実験を行なうなど、長期にわたる教育と訓練を要するのですが、IT分野では、学歴も職歴も関係なく、比較的短期間でエンジニアになれるのです。

 しかも、デジタル人材が不足している現状にあっては、転職後に給与アップに繋がるケースも多く、少なくない人々がトレーニングに参加するインセンティブともなっています。2021年のデータでは、ハロートレーニングに設けられている19分野の内、IT分野は営業・販売・事務分野に次いで第2位ですので、トレンドな人気の高さが窺えます。

 かくして、IT分野でのトレーニングの需要も供給も高まる傾向にあるのですが、受講者数を見ますと、民間のプログラミングスクールと公営の職業訓練とでは、雲泥の差があります。前者については、一校だけで運営実績6万人を誇るスクールもあり、全数ではゆうに10万人を超えることでしょう。その一方で、職業訓練の受講者数は、上述したように分野ランキング2位とはいえ、全国で2万人弱です。民間プログラミングスクールに受講生がより多く集まる要因としては、(1)オンライン形式の受講スタイル(公営職業訓練は募集人数や期間に制限がある・・・)、(2)講師の質の高さ、(3)転職実績などが挙げられています。今般の厚労省による中高年デジタル人材インターン制度でも、公営職業訓練受講者の転職等の就職率を上げることも目的とされています。

 以上にデジタル人材の養成に関する現状を見てきましたが、今日の様子からしますと、政府が敢えて新制度を設ける必要性がそれ程に高いとも思えません。人材養成期間が短期であり、かつ、民間のプログラミングスクールも乱立する状況下にあって、7年後に80万人ものデジタル人材不足が生じるとは考え難いからです。また、今後、AIの導入が広がれば、デジタル人材の需要がどれほど伸びるのかも未知数と言えましょう。

 となりますと、仮に、政府が支援策を行なうとすれば、人材サービス会社を介在させるシステムではなく、民間のプログラミングスクールであれ、公的な職業訓練であれ、先ずもって訓練内容の質の向上を図るのが優先課題となりましょう。特に、ハロートレーニングの受講者の就職率が低い原因が訓練内容のレベルや専門性の低さにあるならば、なおさらのことです。そして、官民のトレーニング修了者と転職先の企業との関係については、公的システムとして、中間搾取なきより直接的なマッチングが可能となる、就活ネットワークやマッチング・プラットフォームを設計すべきではないかと思うのです。

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