万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ウクライナ紛争の平和的解決には国際社会の中立化が必要では?

2022年11月24日 12時41分42秒 | 国際政治
 アメリカを筆頭とする自由主義国は、ロシアによるウクライナに対する軍事介入を‘侵略’と見なすことで凡そ一致しています。日本国政府も例外ではなく、NATO諸国に同調する形で対ロ政策に踏み切り、旗色を鮮明にしています。しかしながら、ウクライナ東・南部の歴史的経緯からしますと、同地域には、当事国双方のみならず国際社会が認めるいわゆる‘政治問題’があります。ここで言う政治問題とは、純粋に国際法上の違法性が問われる法律問題ではなく、双方の権利主張や利害が対立する問題領域を意味します(国内法の区別からすれば、犯罪に関する刑法ではなく、権利の所在に関する民法上の問題・・・)。

 ところで、政治問題と関連して、日中間に横たわる尖閣諸島問題については、しばしば‘領土問題’という言葉が使われています。同問題に対して、日本国政府は、‘同島の領有権を主張する中国には、一切の歴史的根拠も法的根拠もない’と主張する際に、‘領土問題はない’と表現するのです。日本国政府が、同問題を国際司法解決に託そうとしない理由も、‘提訴すると問題自体の存在を認めることになるから’と説明されてきました。用法からしますと、日本国内で用いられている領土問題という表現は、領土に関する政治問題として理解されましょう。余談となりますが、中国が同島を自国領と見なし、軍事力を用いて編入しようとしている現状があるのですから、日本国政府が国際司法機関に対して領有権確認訴訟を起こしたり、あるいは、国連安保理に‘侵略の兆候’として訴えたとしても、中国の主張を認めたことにはならないと考えられます(中国による侵略未遂行為、即ち、法律問題とするスタンスに徹するならば、司法解決を求める方が一貫性がある・・・)。

 それでは、仮に、日本国政府が領土問題であると認めますと、一体、何が起きるのでしょうか。尖閣諸島は、日米安保条約の適用対象から外されると共に、国連安保理において侵略認定の決議を求めることも難しくなります。例えば、北大西洋条約もリオ条約(米州相互援助条約)も、イギリスとアルゼンチンの両国が政治問題として認めていたため、フォークランド諸島については集団的自衛権を発動させませんでした。両条約の重複締約国であるアメリカのみならず、リオ条約の非締約国であるフランス、ドイツ、イタリアと言った他のNATO加盟国も動かなかったのです。

 もっとも、国連安保理決議については、イギリスが同理事会の常任理事国であり、同政府による提案であったことから、「国際連合安全保障理事会決議502」は、イギリス側に国連憲章第51条、即ち、自衛権の行使という選択肢を与えるものとなりました。しかしながら、同決議は、両国の即時停戦、アルゼンチン軍の完全撤退、並びに、外交的解決を促す内容となり、イギリスも個別的自衛権の行使に留まったのです。かくして、フォークランド紛争は、イギリス側の軍事的勝利によって幕を閉じます。

 以上に述べたように、政治問題と法律問題の区別は、集団的自衛権の発動にも拘わりますので、国際社会にあって極めて重要な判断基準となります。この点、政治問題化は、尖閣諸島問題については日本国に不利に作用するのですが、ウクライナ紛争に照らしてみますと全く利点がないわけではありません。

 第一の利点は、連鎖的な戦争の拡大が起き難いという点です。フォークランド紛争の場合には、NATOもリオ条約加盟国も、同紛争を二国間の領土問題として認識したために、集団的自衛権の発動を控えています。ウクライナ紛争も、その根本的な原因は、自国内の民族紛争から発展した内戦にあります。2014年9月5日にウクライナ、ロシア、ドネツク、ルガンスクの代表が調印した停戦協定であるミンスク議定書の存在も、同問題が、‘政治問題’であることを示しています。ましてや、ウクライナは、NATO加盟国でもありませんので、国際社会は、むしろ、領土拡張を目的としたロシアによる一方的な侵略とする見方を和らげるほうが、第三次世界大戦を回避することができましょう。

 第二の利点は、政治問題の場合、武力では完全解決には至らないという点です。フォークランド紛争はイギリス側の勝利で終わりましたが、戦争による勝利は、法的な領有権の確立を意味していません。現に、フォークランド諸島の領有権については未だ決着が付いておらず、真の解決は、両国間による将来の交渉に持ち越されているのです。尖閣諸島についても、仮に、中国が同島を軍事占領したとしても、日本国側は、同島に対する領有権を主張し続けることでしょう。このことは、ウクライナにおける戦闘もまた、結局は同問題を解決しないことを意味します。戦争が長引くほどに徒に人命が失われ、国土が破壊されるのですから、双方とも終戦の方向に転じた方が、これ以上の被害・損害の拡大を留めることができます。

 第三の利点としては、紛争地域が地理的に限定された政治問題であれば、当事国双方ともに‘国家滅亡の危機’まで追い詰められるリスクが低くなる点を挙げることができます。この点、ロシアがミサイル攻撃の範囲を広げており、楽観視は許されないのですが、少なくとも敗北を目前としたロシア側が、窮鼠猫をかむ形で核兵器を使用する口実は失われます。

 政治問題にも以上に述べたような利点があるとすれば、国際社会は、ウクライナ紛争の仕切り直しに努めるべきかもしれません。つまり、当事国以外の諸国は、自由主義国を含めて自国の対場を中立の方向に軌道修正すると共に、当事国間に敵味方の対立関係を徹底的に封じ込めつつ、全面包囲網的な圧力をもって平和的解決を目指すのです。先ずもって、当事国双方の代表が席に着くべく、和平交渉の場を設けることが重要となりましょう。国際機関、あるいは、双方が認めうる中立的な国が両国を交渉のテーブルに招く形が望ましいのかもしれません。もっとも、国連安保理におけるウクライナ寄りの姿勢が和平にとりましては障害となる可能性があり、国連の完全なる中立化も課題となりましょう。何れにしましても、当事国以外の諸国、並びに、国際機関の中立化こそ、戦争拡大を望む勢力をも押さえ込み、同紛争を平和的解決へと導くのではないかと期待するのです。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 民主主義には国家の枠が必要... | トップ | 現代の政治制度に欠けている... »
最新の画像もっと見る

国際政治」カテゴリの最新記事