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三日間、大阪の実家に行ってきました。往復はクルマで、休憩はトイレだけで、ピリピリしながら移動しました。向こうに着いても、世の中がどれだけ開放的になろうとも、第七波・リバウンドは必ず来るので、それを避けるべく最小限の外出だけにして、人ごみを避けて過ごしました。
中日は朝から夕方まで、前夜に弟と飲み過ぎたので、ずっと二日酔いでしたし、本当に何をしに行ったのか分からない実家でした。でもまあ、母と三日間過ごしたということは確かで、母としてもスットボケの息子と、わけのわからん時間を過ごしたことでしょう。
でもまあ、このわけのわからん、何にも役に立たない、意味のない一緒の時間というのが、何となく大切で、この時間の中に大事な何かがある、というのはわかってるんです。だから、「意味がないよ」「何しに行ったのか」と思いつつ、何かしたなあ、まあ、何もしてないけど、でも何か、そういう気分はあります。
二日酔いが夕方にようやく回復して、オカンと近所の散歩に出かけました。
それで、ブックオフに行き、余裕があれば、100円本のコーナーを丁寧に見て、三冊くらい買うんですけど、この前はオカンがいますから、オカンもイラチ(せっかち)ですから、ササっと見て、三冊買いました。三冊で千円以上しました。そりゃ、三百円くらいが三冊だからそれくらいですが、何だか「ありゃ、高いねえ」と思いました。でも、考えてみれば、こんなの当たり前というのか、それなりに充実した千円でした。
おそらく、本屋さんでなら絶対に買わない本を三冊買いました。ブックオフならではなんです。吸い寄せられるように、偶然の出会いを大事に買いましたよ。
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1・山椒魚/井伏鱒二(新潮文庫 2021 百十五刷) 1929年に出した本で、新潮文庫では1948年に初版が出ています。たぶん、あったはずなんだけど、家にないから、改めて買いました。エントツの上にゴイサギが出てくる話、それもたぶんあったはずなんだけど、2011年の改版したときに外されたのか、私の記憶違いだったのか。
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2・漫画 坊ちゃん/近藤浩一路(岩波文庫 2017) 漱石の「坊ちゃん」は1906・M39年、漱石39歳の時の作品で、その世界をそっくりそのままエピソードと絵とセットで見開きにしてあります。右に文章、左に絵(漫画)で、漱石ファンとして一冊買っておこうと、とりあえず買ってみたところです。本そのものは1925年に新潮社から出たそうで、92年ぶりに岩波書店が復活させた本のようでした。全く私は知らない本でした。まあ、おもしろそうでした。というか、久しぶりに「坊ちゃん」が読みたくなるくらいです。
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3・食べごしらえ おままごと/石牟礼道子(2018 中公文庫五刷)単行本は1994年に出ているそうです。もう何十年も前に石牟礼道子さんの本を読みました。それからもずっと書いておられるし、渡辺京二さんとずっと交流されてたのも知ってたし、うちの奥さんが図書館から借りてきて読んでいたのも知ってたような気がします。うちの奥さんは、「子どもの頃の記憶を、とても上手な表現で書いてるよ。水俣病のイメージがあったけど、そうではなかった」と教えてくれてたのに、それならと、すぐに読めませんでしたから、たまたま出会ったので、エイッと買いました。
食べることには憂愁が伴う。猫が青草を噛んで、もどすときのように。
という一節にも出会いました。猫はどうして青草を食べるんだろう? 奥さんに訊かなきゃと思ってたら、「井の中の毛玉を草と一緒に吐き出すんだよ」ということでした。
それと食べることはどうつながるんだろう。食べるということは、いろんな体験を伴いつつ、埋没していく日々の記憶の中に刻まれていくということなのかなあ。まあ、少しずつ読んでみます。
そんな三冊をお買い上げでした。