前回までは、お母さんのふところに帰ってきたような気分でしたよ!
そのつづきはどうなるんでしょう。ドラマがなかなか始まらないなあ。いや、もう始まっているのかなあ。
〇春あり成長して浪花(なにわ)にあり
梅は白し浪花橋(ろうかきょう)邊財主(へんざいしゅ)の家
春情(しゅんじょう)まなび得たり浪花(なにわ)風流(フリ)
梅は白し浪花橋(ろうかきょう)邊財主(へんざいしゅ)の家
春情(しゅんじょう)まなび得たり浪花(なにわ)風流(フリ)
この春というのは、季節の春ではないですね。「成長」するんだし、ちゃんと場所指定で存在するみたいです。一つの青春という感じで使っているのかもしれません。
青春真っ盛りの女の子が、少し成長してなにわの町中で過ごしていました。彼女はどっぷり浪花の商人(あきんど)の世界で頑張っていて、天満や北浜あたりを行ったり来たりしていました。そうしたお金持ちの人たちが住み、そこに奉公する人たちもいて、いろんな人々の生活が交差する世界にいました。
そんな町で大人になっていくのに従って、娘心はしだいに都会の雰囲気・はなやかで色っぽい人の情感を身につけていきました。本人の述懐かな、まあ、蕪村さんが書いているんですけど、でも、あくまでも、故郷に帰る女の子が、都会での日々をふともらしている、というふうに受け止めますか。
〇郷(ごう)を辭(じ)し弟に負(そむ)く身(み)三春(さんしゅん)
本(もと)をわすれ末(すえ)を取(とる)接木(つぎき)の梅
本(もと)をわすれ末(すえ)を取(とる)接木(つぎき)の梅
故郷を離れて、弟をそのまま故郷に置き去りにして、自分ひとりだけ華やかな都会で三年の春を過ごしました。
接ぎ木の木の梅が、その親木を忘れて、末の枝にいい気になって咲き誇っているように、故郷を忘れて、母や弟を忘れていたようなものでした。ちっとも自分の本当のカタチというのを発見できていなかった。いい気になって、適当な花を咲かせていた。自分というのを見失っていた!
それくらい、都会は刺激があるし、故郷を離れて必死になって都会生活にとけ込もうと努力した日々が思い出されているのでしょうか。
〇故郷春深し行々(ゆきゆき)て又行々(ゆきゆく)
楊柳(ようりゅう)長堤(ちょうてい)道漸(ようや)くくだれり
楊柳(ようりゅう)長堤(ちょうてい)道漸(ようや)くくだれり
故郷の春は深まっていました。
春は、ちっとも来ないよと嘆いていたら、いつの間にか来ていて、人間はちっともそれに気づくことができません。
ただ植物だけが、敏感に春を感じ、「もう来てますよ。だから、花を咲かせてみました!」と教えてくれる。あれ、どうなっているんだろうと見回すと、いろんなところでいろんな花が咲き誇っていた。春はすっかりそこに来ていた。
どれだけ来ているのか、とにかく確かめたくて、どんどん歩いて行けば、春そのものが迎えてくれるようです。
柳も、春の風情です。気づかなかった。歩いている淀川の堤防は、いよいよ故郷へ続いていくようです。
もう前から、故郷に着いたんじゃなかったのか。どこまでも、どこまでも「わたし」の憩うべき故郷は遠くにあるのかもしれません。
早く、家にたどり着いて、のんびりさせてあげたらいいのに、それはまだのようです。いや、ずっと家にたどり着けないんだろうか。気になりますね。
あと五行しか詩はないんですよ。故郷はどこにあるんだろう。