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かげろふ/石上露子(一九○四?)
緋桃(ひもも)の村のをとめたち、召されて立つ征露の人を駒とめ柳のかげに送りて、はや三十日(みそか)を経たり。
いまは彼の野にや渡りし、はた哥索克(コサック)の敵とや相見し。そののちの事ふつと音づれなければ、忘れはてつとにもあらねど、日ごとに目うつりしやすきをとめ子は、先きの日の別れに燃えし情熱のはげしさも、いつしか火の衰へたるやうにて、けふはまた糸くる業のいとまなみ、唯春花の夢見心地にうつらうつらとして、ならひ性(さが)なるそのはかなき友の上の品さだめにのみ過ぐすなり。
とある日は、川ぞ堤の彼の柳のかげに、甲斐の白駒のりすてたりける都人の、ありし人は彼の国への道すがら、波の上にして病みて亡(う)せつと告ぐ。まことなりや、あな悲しき事してけり。
年頃雄々しうすこやかにてのみ生ひ立ちける彼の人の、事あらむ日にはと、いつもいつも水車のそこに勇(いさま)しげなりしも夢か、あはれくだけ散る水沫(みなわ)のそれになぞらへたりける御国(みくに)のあだの、その一人だもえきためぬ間に、おのれ先づうたかたのはかなきさまを示しぬるこそ、いかばかりいまはのくやしかりけめと、をとめ達は今さらのごと音に泣きぬ。
さる中にしもひとり、髪長うして露おく瞳のすぐれて美しき子の、かたばかりせめて亡き人の冥福いのる此なげきの日をしも、ただ袖おほひて見じとはすごすがあるなり。さみする人、いとほしむ人のむれを離れて、ひとりあくがれくらすさびしき野路山路、いづれかありし日のおもひでの跡ならざる。夢にも似たる恋歌ひくう誦(じゅ)しつつ。
あはれ何をさばかり、思へば秘め秘めし胸の人をあらはに亡くして、かくしも物の狂ほしきにやと、村のをとめ達が人やりならぬ涙は、ふたたびひまなし。
ひと片(ひら)ふた片ちり残りたる緋桃の花の、いまはと梢はなれて、そこの水車の流れにただよふほど、白藤の花村はづれに静かにかかりて、ゆく春のいたみは物おもふ手に唯つきがたし。ああさるにても、ありける人のかたみの品、近うやがても着かむと云ふなり。あはれありける人のかたみの品、近うやがてもこの村には着かむと云ふなり。
その人は日露戦争に向かう船上で亡くなったといいます。恋人だったのでしょうか、詳しい事情はわかりません。二段落目のゆったりとした春の雰囲気のところへ悲報が届き、「をとめたち」は声を出して泣きました。彼との思い出をいくつもいくつも頭の中にめぐらせて、桃の花びらが水の流れに流されるのを見ているという文章でした。
最後の繰り返しは何でしょう? 自分の心に言い聞かせている描写かな。それにしても、たったの30日で悲しい知らせが届くなんて、移動する船もひどい状況・環境だったのでしょう。本当に、軍隊って厳しい環境に耐えなきゃいかんところなのでしょうね。そうして力をためさせて、戦場で怒りを敵に爆発させるシステムなんでしょうね。そんなことさせる上官に腹を立てるというのはナシなんですね。
緋桃(ひもも)の村のをとめたち、召されて立つ征露の人を駒とめ柳のかげに送りて、はや三十日(みそか)を経たり。
いまは彼の野にや渡りし、はた哥索克(コサック)の敵とや相見し。そののちの事ふつと音づれなければ、忘れはてつとにもあらねど、日ごとに目うつりしやすきをとめ子は、先きの日の別れに燃えし情熱のはげしさも、いつしか火の衰へたるやうにて、けふはまた糸くる業のいとまなみ、唯春花の夢見心地にうつらうつらとして、ならひ性(さが)なるそのはかなき友の上の品さだめにのみ過ぐすなり。
とある日は、川ぞ堤の彼の柳のかげに、甲斐の白駒のりすてたりける都人の、ありし人は彼の国への道すがら、波の上にして病みて亡(う)せつと告ぐ。まことなりや、あな悲しき事してけり。
年頃雄々しうすこやかにてのみ生ひ立ちける彼の人の、事あらむ日にはと、いつもいつも水車のそこに勇(いさま)しげなりしも夢か、あはれくだけ散る水沫(みなわ)のそれになぞらへたりける御国(みくに)のあだの、その一人だもえきためぬ間に、おのれ先づうたかたのはかなきさまを示しぬるこそ、いかばかりいまはのくやしかりけめと、をとめ達は今さらのごと音に泣きぬ。
さる中にしもひとり、髪長うして露おく瞳のすぐれて美しき子の、かたばかりせめて亡き人の冥福いのる此なげきの日をしも、ただ袖おほひて見じとはすごすがあるなり。さみする人、いとほしむ人のむれを離れて、ひとりあくがれくらすさびしき野路山路、いづれかありし日のおもひでの跡ならざる。夢にも似たる恋歌ひくう誦(じゅ)しつつ。
あはれ何をさばかり、思へば秘め秘めし胸の人をあらはに亡くして、かくしも物の狂ほしきにやと、村のをとめ達が人やりならぬ涙は、ふたたびひまなし。
ひと片(ひら)ふた片ちり残りたる緋桃の花の、いまはと梢はなれて、そこの水車の流れにただよふほど、白藤の花村はづれに静かにかかりて、ゆく春のいたみは物おもふ手に唯つきがたし。ああさるにても、ありける人のかたみの品、近うやがても着かむと云ふなり。あはれありける人のかたみの品、近うやがてもこの村には着かむと云ふなり。
その人は日露戦争に向かう船上で亡くなったといいます。恋人だったのでしょうか、詳しい事情はわかりません。二段落目のゆったりとした春の雰囲気のところへ悲報が届き、「をとめたち」は声を出して泣きました。彼との思い出をいくつもいくつも頭の中にめぐらせて、桃の花びらが水の流れに流されるのを見ているという文章でした。
最後の繰り返しは何でしょう? 自分の心に言い聞かせている描写かな。それにしても、たったの30日で悲しい知らせが届くなんて、移動する船もひどい状況・環境だったのでしょう。本当に、軍隊って厳しい環境に耐えなきゃいかんところなのでしょうね。そうして力をためさせて、戦場で怒りを敵に爆発させるシステムなんでしょうね。そんなことさせる上官に腹を立てるというのはナシなんですね。