甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

啄木世界の中の私たち

2022年07月19日 22時05分09秒 | 本読んであれこれ

 澤沢久枝さんの「石川節子」(1991 文春文庫)を読んでいます。やっと半分くらいまで来ました。実はちょうど30年前にこの本を買っています。それから全く手も付けないで、あっという間に30年です。

 幸いなことに、澤地さんは今も健在で、それは良かったけれど、私のグータラも底なしです。こんなことでは、あと何百年も人生が必要ですが、残念なことにそんなに人生は続きません。どこかで切り上げられて、すべては中途半端なままに途切れてしまうんでしょう。

 今、流行りの「終活」なんて、しばらくやらない? いやずっとやらないでしょうね。めんどくさがりの私にできるわけがない。すべては途中でプツリ! それでいいじゃないですか。ほんの一部だけは完結して、何となくまとまったなって思えたら、それで本望です。

 つい、啄木さんのことを思うと、途中でプツリと終わる感じを思ってしまいます。彼は、やりたいこともあったでしょうけど、澤地さんの本を読んでると、ひょっとして、その「やりたいこと」も、少しずつわからなくなっていったのではないか、という気にもなります。

 彼は、詩においては、やたら漢語やら、もったいぶった言い回しをするけれど、肝心の中身がなくて、何も語りかけていけない、何のために詩を書いているのか、有名になってお金儲けをするためなのか? 自分のめざすところはどこなのか? 詩を一生の仕事にして果たして食っていけるのか? 自分が十代初めにもてはやされた才能とはいったい何だったのか?

 不安・不満があったはずです。彼の詩には訴えるものがないのです。彼の工夫した言葉遣いだけを見せられて、読む方はうんざりさせられるだけでした。才気走ってるけど、才能があるのかもしれないけど、心を打つものがありませんでした。

 小説は、うちにもあるけど、残念ながら、読む気が起こりません。八方ふさがりでした。

 夢のような幼少の時の追憶、喜びも悲しみも罪のないことばかり、それからそれと朧気(おぼろげ)に続いて、今になっては、みな、ほのかな哀感の霞(かすみ)を隔てて子ども芝居でも見るように懐かしいのであるが、その中で、十五六年後の今日でもなお、鮮やかに私の目に残っていることが二つある。

 あれ、何だろうね。どんなことを語るんだろう。自伝かな?

 どっちが先で、どっちが後だったのか、明瞭(はっきり)とは思い出しにくい。が私は六歳で村の小学校に上がって、二年生から三年生に進む大試験に、私の半生にただ一度の落第をした。その落第の時に藤野さんがいたのだから、一つはたしか二度目の二年生の八歳の年、夏休みの中の出来事と憶えている。も一つも、暑い盛りのことであったから、やはりその頃のことであったろう。

 彼の『二筋の血』という小説の冒頭です。1908・M41年の6月、どんな感じで進んでいくのか、少しだけ気になるけれど、まあ自慢話みたいで、もう聞かなくてもいいや、という感じになりますね。

 啄木さん、釧路で女の人と遊んだり、ローマ字日記にエッチなことを書くんじゃなくって、もっとすごいの書けばおもしろかったかな。

 いや、たぶん、それもおもしろくなかったかも。

 啄木さんは、田舎でぼんやりたたずんだり、カニと戯れたり、子どもっぽさというのか、若き日へのノスタルジーと世の中へのひねくれた気持ち、そういうのを小説にするまでもう少し時間が必要だったのかもしれません。

 でも、そういうのをやってる時間はなかったんでした。お金もなかった。仕事は新聞社の仕事があったのに、無断欠勤とかしちゃうんだから、それで一年間も給料をもらったというんだから、それは恵まれてたということなのかなあ。



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