のんきに大阪の古い橋の写真を撮っていました。鉄道の鉄橋も、高架下の沖縄料理も見つけて、観光気分がいっぱいになったすぐあとでした。
もうすぐ奈良へ向かう快速が来る時間だから、早くホームに上がらなくちゃと、少しだけ焦っていました。駅への入り口の階段におじいさんが座っていました。
おじいさん「すみません。立たせてください。」
私「えっ? はい……」
何となくいやな感じだと不審に思い、何かたくらんでいるおじいさんなのだろうかと一瞬疑います。
おじいさん「起こしてください。」
本当に起きられないのだろうか。とりあえず、おじいさんの左手を取り上げようとします。
けれども、左手を握った程度では立てないようです。
それなら、右の脇に手を差し入れて、おじいさんは左手に杖を持ち替えて、よっこらしょっと立ち上がりました。ああ、よかった。それじゃ、駅の中へ入ろうか……。
おじいさん「タクシー乗りたいんやけど」
私「(通りの)向こうにタクシー乗り場はありますよ」
おじいんさん「(歩かれへんから)呼んで欲しいんやけどなあ。」
タクシーがこちらに来てくれたらいいのだけれど……。タクシーは目の前を過ぎるか、少し向こうにあって、大通りをバックで来てもらうわけにはいかない感じでした。
ほんの数十メートルのところに2、3台タクシーは止まっているのに、そこへおじいさんは行けない。どうして歩けないおじいさんがこんなところにいたのか、それはわからないけれど、とにかく、財布にいくらかのお金を持ち、ペットボトルのお茶はほとんど飲んでいない状態で、何度も握っては落とししている。その度に持たせてあげても、すぐにまた落としてしまう。お金も周囲にパラパラと落としている。
黒いジャンバーの下は、ひょっとしてパジャマかもしれない。どういうおじいさんなのだろう。もう、奈良方面行きの電車は通り過ぎていったようだ。
そのとき、別のタクシー乗り場に気づく。そこはほんの十数メートルなのだ。ただ、建物の陰になっていて、こちらは見えないけれど、あそこからなら、前進でここまで来れるかもしれない。
十数メートルを走り、手前のタクシーに近づいた。
私「あそこにおじいさんがタクシーを呼んでいるんですけど……」
運転手「あそこって、どこですか? そこまであなたも乗ってください。」
おじいさんのためにタクシーに乗って、十数メートルを走る、ということが私には理解できませんでした。
私「あそこなんです。クルッと回ってもらったら……」
運転手「じゃぁ、乗ってください。」
私「ちょっと待ってください。」
それで、ふたたび十数メートルを走り、おじいさんを確かめ、まわりに五百円玉などが散らばっているので、拾い上げ、どうせタクシー代で必要なんだから、と思って、覚悟を決めて、タクシーに乗り込みます。
タクシーは大回りをして、信号待ちを二度行い、やっとおじいさんの前にたどりついた。
おじいさんは倒れていた。タクシーを降りた私は、
周りにいた若者に声をかけて、おじいさんを起こすのを手伝ってくださいと叫んだのです。
若者が足を持ってくれた。私はおじいさんのうしろから両脇を抱えるようにした。おばさんも足を持ってくれた。
おばさん「頭から入らないと無理ですよ。」と適切な指示を出してくれる。
私は、ふたたびおじいさんを後ろから抱えてタクシーに引き入れた。他のみなさんたちも手伝ってくれていた。
さあ、おじいさんをタクシーに乗せることができた。これでおじいさんは、帰りたいところに帰るのだろうと、ほっと一安心した。それはほんの一瞬だけだったけれど……。
運転手「どこへ行くんですか?」
おじいさん「よしのや(牛丼のお店)に行ってくれ。」
おばさん「そのスリッパ、病院のじゃないの? 名前が書いてあるよ。」
運転手「救急車の方がいいんじゃないですか?」
おじいさん「大丈夫や。お腹すいとるんや。」
運転手「このお金は、だれのですか?」
私「おじいさんのお金です。」
さっき私が、タクシーの料金皿に置いたんでした。早くやっかい払いしたい一心でそんなことをしたのでしょう。それとも、こっちにはお金があるよ、というのを見せたかったのか……。
かくして、おじいさんはよしのやに向かいました。それから後はどうなったかわかりません。
おばさん「ほんとに、どうしたんでしょうね。それじゃ。」
私「すみませんでした。」……おじいさんの関係者みたいな気分になっていました。
家に帰って、妻にこの話をしたら、そういう時にはとことん最後まで見てあげないと、ずっと気になるでしょうと語っていました。ご近所で倒れていたおばあさんを助けたものの、それからずっとどうなったか気が気でなかったということでした。妻は、それから何ヶ月したあとで、乳母車を押すおばあさんを見かけて、やっと何ヶ月ぶりに安心したということでした。
私は、あとはタクシーの運転手さんか、警察か、それとも救急車が助けてくれるのではないかと、気持ちを切り替えたのですが、あと何年かしたら、自分もそんなふうに立てない・歩けない状態で、どこかを徘徊するおじいさんになるのではないかと、ふと心配になります。
避けられない道とはいえ、人に迷惑をかけないで生きていきたいけれど、それでもやはり、誰かには迷惑をかけて生きていくのでしょう。迷惑をかけたくないのに、迷惑かけながら生きる。
もうそれでいいです。せいぜい今を大事にして、ノスタルジーを味わえる時に味わっていましょう。あと何年かしたら、ノスタルジーもなくなるかもしれない。それはそれでいいので、とにかくせいぜい今を大事にです。
いつものパターンです。今朝、テレビの星占いでは最下位でした。このおじいさんのこと、私はアンラッキーだとは思えません。ノスタルジーを味わうには、それなりの年代があるのだと知ることができたのですから。
おじいさんは、ノスタルジーに浸ることはあるかもしれませんが、それを誰に語れるのか、それが心配です。だれかおじいさんにちゃんと向き合ってあげる人がいるのかどうか……。
もうすぐ奈良へ向かう快速が来る時間だから、早くホームに上がらなくちゃと、少しだけ焦っていました。駅への入り口の階段におじいさんが座っていました。
おじいさん「すみません。立たせてください。」
私「えっ? はい……」
何となくいやな感じだと不審に思い、何かたくらんでいるおじいさんなのだろうかと一瞬疑います。
おじいさん「起こしてください。」
本当に起きられないのだろうか。とりあえず、おじいさんの左手を取り上げようとします。
けれども、左手を握った程度では立てないようです。
それなら、右の脇に手を差し入れて、おじいさんは左手に杖を持ち替えて、よっこらしょっと立ち上がりました。ああ、よかった。それじゃ、駅の中へ入ろうか……。
おじいさん「タクシー乗りたいんやけど」
私「(通りの)向こうにタクシー乗り場はありますよ」
おじいんさん「(歩かれへんから)呼んで欲しいんやけどなあ。」
タクシーがこちらに来てくれたらいいのだけれど……。タクシーは目の前を過ぎるか、少し向こうにあって、大通りをバックで来てもらうわけにはいかない感じでした。
ほんの数十メートルのところに2、3台タクシーは止まっているのに、そこへおじいさんは行けない。どうして歩けないおじいさんがこんなところにいたのか、それはわからないけれど、とにかく、財布にいくらかのお金を持ち、ペットボトルのお茶はほとんど飲んでいない状態で、何度も握っては落とししている。その度に持たせてあげても、すぐにまた落としてしまう。お金も周囲にパラパラと落としている。
黒いジャンバーの下は、ひょっとしてパジャマかもしれない。どういうおじいさんなのだろう。もう、奈良方面行きの電車は通り過ぎていったようだ。
そのとき、別のタクシー乗り場に気づく。そこはほんの十数メートルなのだ。ただ、建物の陰になっていて、こちらは見えないけれど、あそこからなら、前進でここまで来れるかもしれない。
十数メートルを走り、手前のタクシーに近づいた。
私「あそこにおじいさんがタクシーを呼んでいるんですけど……」
運転手「あそこって、どこですか? そこまであなたも乗ってください。」
おじいさんのためにタクシーに乗って、十数メートルを走る、ということが私には理解できませんでした。
私「あそこなんです。クルッと回ってもらったら……」
運転手「じゃぁ、乗ってください。」
私「ちょっと待ってください。」
それで、ふたたび十数メートルを走り、おじいさんを確かめ、まわりに五百円玉などが散らばっているので、拾い上げ、どうせタクシー代で必要なんだから、と思って、覚悟を決めて、タクシーに乗り込みます。
タクシーは大回りをして、信号待ちを二度行い、やっとおじいさんの前にたどりついた。
おじいさんは倒れていた。タクシーを降りた私は、
周りにいた若者に声をかけて、おじいさんを起こすのを手伝ってくださいと叫んだのです。
若者が足を持ってくれた。私はおじいさんのうしろから両脇を抱えるようにした。おばさんも足を持ってくれた。
おばさん「頭から入らないと無理ですよ。」と適切な指示を出してくれる。
私は、ふたたびおじいさんを後ろから抱えてタクシーに引き入れた。他のみなさんたちも手伝ってくれていた。
さあ、おじいさんをタクシーに乗せることができた。これでおじいさんは、帰りたいところに帰るのだろうと、ほっと一安心した。それはほんの一瞬だけだったけれど……。
運転手「どこへ行くんですか?」
おじいさん「よしのや(牛丼のお店)に行ってくれ。」
おばさん「そのスリッパ、病院のじゃないの? 名前が書いてあるよ。」
運転手「救急車の方がいいんじゃないですか?」
おじいさん「大丈夫や。お腹すいとるんや。」
運転手「このお金は、だれのですか?」
私「おじいさんのお金です。」
さっき私が、タクシーの料金皿に置いたんでした。早くやっかい払いしたい一心でそんなことをしたのでしょう。それとも、こっちにはお金があるよ、というのを見せたかったのか……。
かくして、おじいさんはよしのやに向かいました。それから後はどうなったかわかりません。
おばさん「ほんとに、どうしたんでしょうね。それじゃ。」
私「すみませんでした。」……おじいさんの関係者みたいな気分になっていました。
家に帰って、妻にこの話をしたら、そういう時にはとことん最後まで見てあげないと、ずっと気になるでしょうと語っていました。ご近所で倒れていたおばあさんを助けたものの、それからずっとどうなったか気が気でなかったということでした。妻は、それから何ヶ月したあとで、乳母車を押すおばあさんを見かけて、やっと何ヶ月ぶりに安心したということでした。
私は、あとはタクシーの運転手さんか、警察か、それとも救急車が助けてくれるのではないかと、気持ちを切り替えたのですが、あと何年かしたら、自分もそんなふうに立てない・歩けない状態で、どこかを徘徊するおじいさんになるのではないかと、ふと心配になります。
避けられない道とはいえ、人に迷惑をかけないで生きていきたいけれど、それでもやはり、誰かには迷惑をかけて生きていくのでしょう。迷惑をかけたくないのに、迷惑かけながら生きる。
もうそれでいいです。せいぜい今を大事にして、ノスタルジーを味わえる時に味わっていましょう。あと何年かしたら、ノスタルジーもなくなるかもしれない。それはそれでいいので、とにかくせいぜい今を大事にです。
いつものパターンです。今朝、テレビの星占いでは最下位でした。このおじいさんのこと、私はアンラッキーだとは思えません。ノスタルジーを味わうには、それなりの年代があるのだと知ることができたのですから。
おじいさんは、ノスタルジーに浸ることはあるかもしれませんが、それを誰に語れるのか、それが心配です。だれかおじいさんにちゃんと向き合ってあげる人がいるのかどうか……。