甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

松山までの道すがら

2018年12月28日 05時14分35秒 | 四国へ海を越えて

 早朝の高松駅、前回来た時は秋だったので、もう明るかったのですが、今は冬だから真っ暗でした。

 前回は琴電(ことでん)に乗らねばならなかったんですけど、今回は高松駅で18キップを買うことからスタートです。みどりの窓口はもう開いていて、早朝にもかかわらず対応してくれました。

 改札も通って、いよいよ四国の旅がスタートします。午前6時前、予讃線・土讃線・マリンライナーとあちらこちらに行く電車が止まっていました。始発駅なので、どれもがここから出ていくための待機をしています。



 私は松山に行くのだから、当然こころは特急いしづちなんですけど、18キップだから、ただ見るだけです。これに乗ったら、8時過ぎには松山に着くんだろうか。でも、関係ないから、私はお昼くらいに着くはずです。

 松山に行くまでに、海に面した今治城を見学したいと思っていました。今治ではたくさんのお客さんが降りていきました。私はその時ちゃんと起きていました。でも、降りなかった。

 きっと今治に着くまでに十分疲れていたからだと思われます。

 どれくらい乗り継ぎをしたんでしょう。

 最初は、岡山行きのマリンライナーに乗りました。快速です。次の停車駅は坂出で、そこですぐに降りました。気分は新幹線に乗ったら三重県に帰れるみたいな気分です。簡単に後戻りできる、まだまだ旅の始まりではありました。

 でも、四国の旅が始まったばかりなのだから、岡山に行くわけにい行きません。坂出で琴平行きの普通に乗り換えました。それで丸亀まで出ることにしました。ここまでは調べなくても、ある程度知っていました。

 松山に向かう電車はあるのでしょうか?

 次の観音寺(かんおんじ)行きの電車まで45分くらいありました。だったら、昨年友だちが案内してくれた丸亀城まで歩いてみることにしました。駅前の古い商店街も魅力でした。けれども、商店街は歩くところを間違えたのか、教えてもらったところを歩けなくて、碁盤目状の町をカクカクカクと歩きました。



 もうすぐ夜が明けるところで、お城はそのシルエットが浮かび上がっています。あそこまで登れば、朝を迎える丸亀の町が見られます。でも、私には体力と時間がなくて、この下までたどり着いたらすぐに引き返すことになりました。

 朝の散歩の方たちがそれぞれに歩いておられます。たぶん、お城の丘をクルリと回る散歩コースでもあるらしく、みなさんは反時計回りに歩いておられます。挨拶を交わす皆さんに少し目礼したら、私は駅の方へ。



 たどり着いた観音寺は、寛永通宝の町なんだそうです。お店の表示にも、寛永通宝使えますというステッカーがあちらこちらにあります。

 どちらかというと私は、使うよりも、寛永通宝があるのなら、家に持っておきたい方なんだけど、流通するものは見られなかった。港まで歩いてみようとチャレンジしましたが、時間が足りなくて断念します。



 次は西条で、水の町です。ここは30分くらいしかなくて、鉄道記念館が見えました。もう少し余裕があれば、石鎚山のふもとで、あちらこちらから水が湧くこの町の水に触れることができたのです。でも、私は先を急いでいました。

 せっかく晴れているし、早く松山のお城に行きたかった。今治のお城、お濠でサカナが泳ぐというお城にも興味はあったのだけれど、丸亀・観音寺・西条と駅周辺ブラブラをし過ぎて、今治はパスしてしまいます。

 ああ、もう2度と訪れることはないのだろうか。そうかもしれない。よほどのことがない限り、チャンスは来ないでしょう。そう考えると、降りておけばよかったのに、その時の私は、早く荷物から解放されたいという、そのことばかり考えていました。



 松山に着いたのはお昼頃で、お城と道後温泉しか考えられませんでした。

 駅前には、大きな子規さんの句碑があります。何と書いてあるんでしょう。

  春や昔 十五万石の城下町

 春になった。桜も咲き誇っている。私の町、松山は昔は十五万石の町だった。たくさんの春があったことだろう。そして今も、昔ながらの春が過ぎていこうとしている。

 そんな内容ですか?

 さて、写真では大きな石碑の足元に、小さな折り紙の正月飾りが見えるでしょうか。お姫さんみたいな折り紙に見えるかな。私もこれは何だと判別できなかったけれど、正月飾りをわざわざ誰かが置いたんだろうと思いました。これが松山人のおしゃれというのか、かゆいところまで手が届く感じですか。東京人からすると、何だこれ! と言いたくなるようなこだわりなのかな。

 漱石の「坊ちゃん」に出てくる、次から次と自分に向かって好意なのか、興味なのか、悪意なのか(たぶんそれはないと思う)がかぶさって来る感じ。しばらく忘れていたけど、あのご丁寧さが松山人だったんでしょう。それは今もどこかにつながっている気がします。

 私は、東京人ではないので、「なかなか可愛らしい演出だな、しかも本当にひっそりとした気遣いだ」と感心しました。

 さあ、路面電車に乗って、松山城をめざさなくては!


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