廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

チック・コリアの訃報に寄せて

2021年02月22日 | Jazz LP (Verve)

Stan Getz / Sweet Rain  ( 米 Verve V6-8693 )


チック・コリアの訃報に接して、最初に聴きたくなったのはこの "Sweet Rain" だった。他の彼名義の代表作ではなく、なぜかこれだった。
そして、これを聴きながら、私にとってチック・コリアという人は「作曲の人」だったんだな、ということに思い至った。

チック・コリアとキース・ジャレットは、何かにつけて比較・対照される関係だった。同世代であり、マイルス・バンドでは席を分け合い、
その後の路線も近しく、比較するなと言う方が無理な話だった。どちらが優れているか、どちらが好きか、と話題は最後まで途切れる
ことはなかった。

私の場合はどちらが好きかというと、どちらもそれなりに好きだ、という感じだった。特にどちらかに深い思い入れを感じるほどではなく、
概ね似たような距離感で聴いてきたと思う。聴く頻度はキースの方が圧倒的に多かったけれど、彼らに抱いていた感情は同程度だった。
売れっ子だった2人は作品数が飛び抜けて多く、そのせいでマクロ的にはマンネリ感は避けようがなかった。いくら才能が豊かだとは言え、
すべての作品で新しいものを創るなんてことは、土台無理に決まっている。

音楽が本格的に好きになる人とそこまでではない人を分けるのは、演奏そのものに興味を持つかどうかだと思う。演奏そのものに感動を
見出すようになると、次々にいろんなアルバムに興味を持つようになり、それが1人の音楽愛好家を生む。

そういう意味では、キースはピアニズムで勝負した人で、私の関心はその1点に集中した。あまり好きになれない側面もそれなりにあるけど、
それでも彼のピアノとその音楽を飽きずに聴いてこれたのは、彼のあのピアニズムだった。彼はバンドを指向したり、抽象性を指向したり、と
もともとはいろんなことへ手を出していたが、ケルンのヒットにより、自身の方向性を運命づけられることなる。そこには感動的な
メロディーがあり、美しい響きがあり、そういうものが彼のピアニズムから生み出されたからこそ、私は彼のアルバムをよく聴いたのだ。

それに比べて、チックの演奏にはピアニズムを感じることはあまりない。エレピを多用するせいもあるし、ピアノの演奏の仕方や音楽への
アプローチが、音の美しさを売るというよりは、グループで生み出す音楽全体への指向であり、彼自身ピアニズムへの関心は薄かったように思う。
彼にバラード演奏の決定打が少ないのがそれを物語っている。"Crystal Silence" のような静謐な曲はあるけれど、あれはオリジナル・メロディーの
美しさがいいのであって、楽器の演奏自体はバラード奏法とは言えない音数の多さを見せている。

私が彼のアルバムを頻繁には聴かないのはそれが原因なんだな、ということが自覚できたのは近年になってのこと。私はチックが書いた曲は
とても好きだが、彼の演奏そのものにはあまり惹かれないんだな、ということを自分の中でようやく認めることができたような気がする。
だから、彼の書いた曲を見事な演奏力で描き切ったこの "Sweet Rain" が好きなんだ、ということが改めて腑に落ちた。

以前、モノラル盤をもとに記事を書いたが、その後ステレオ盤も入手し、両方楽しく聴いている。ステレオ盤は音場感が自然で、分離も良く、
チックのピアノの音がなかなかきれいに鳴っている。それでも、やはりゲッツの音楽性の巨大さに圧倒されるアルバムで、何かがここで
起こっていることがよくわかる。そして、それはチックが2つの楽曲に吹き込んだ新しい風が引き金になったんだろう。

R.I.P チック・コリア



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