まだ寒風の吹くさいたま市内にあるユタの家。
「……威吹は帰らないの……?」
ユタは気怠そうな感じで、傍に控えるカンジに聞いた。
「まだ、里にて先生に対する裁定が下されておりません。今しばらくお待ちください。それまではオレが厳重に稲生さんを警護するよう、先生から仰せつかっています」
ユタは自室のベッドで横になっていた。といっても就寝モードではなく、ただ寝転がっているだけである。
「それは……僕が逃げないようにする為かな?」
「と、仰いますと?」
「威吹が里にいる間、僕が勝手に盟約を破棄しないよう、カンジ君を見張り役にしてるとか……」
しかし、カンジはいつもの固い表情を変えることは無かった。
「よく……分かりましたね」
「どうしてだ……?」
「稲生さんは、盟約の内容をご存じでは無いのですか?」
「知ってるよ。知ってる……つもりだったけど……」
「もう1度、1から説明しましょうか?恐らく、先生の説明と重複するかと思いますが」
「いや、いい。僕の質問に答えてくれれば……」
「何でしょう?」
「“獲物”って、そもそも何?」
「妖狐族により、霊力の強い人間を食らう為、事細かに定められた規則に準ずる人間のことです。今では妖狐族に限らず、多くの高等妖怪が似た規則・規定を設けるようになりました。あの蓬莱山鬼之助も、それと似た規則に基づいて栗原江連氏を扱っているようです。もっとも、かなり違反をしているので、彼もまた実家から睨まれているとのこと」
「ああ、知ってる。『車だったら、とっくに免停だ』って笑ってたな」
そもそも、地獄界の獄卒が堕獄してきた亡者と情を交わすことなど、非常にあってはならぬことである。
昨年、大宮区だけ局地的な災害に見舞われたことがあったが、それは地獄界の実家からキノを連れ戻しに来た鬼のような(って、鬼なのだが)実姉にボッコボコにされたというものだった。まあ、何とか体よくお帰り頂いたとか……。
ユタにとっては、埼京線が不通になった為に迷惑極まりない話であった(寺院参詣が妨害されたため)。
「オレから見れば免許停止どころか、免許取り消しものなんですが」
「で、僕はどんな存在なんだろう?」
「一言で言えば、大事な存在です。恐らく上手く行けば、先生の里における立場も回復できるかと」
「えっ、何で?」
「稲生さんは、ダイヤモンドよりも貴重なS級の霊力をお持ちです」
「何度も言われてるけど、全く実感が無いんだけどなぁ……」
「その人間を“獲物”にしているというのは、とてつもなく大きなステータスなのです」
「ふーん……」
「その代わり、それを失った時の代償は大きなものです。先生が今、里で糾弾を受けているのは、巫女に封印されたことも去ることながら、実は意外とそれは些末なことで、本当はその巫女を“獲物”として食らい損ねたことを言われているのです」
「へえ……」
「先生が取扱いに失敗された巫女は、A級だと言われています。これとて、けして粗末にはできない存在です」
「だろうね」
「稲生さんは、その上を行くのですよ」
「何か、自覚無いなぁ……。でも、何で僕はその巫女……さくらさんだっけ?それより上だと分かるの?」
「稲生さんが先生の封印を解いたからですよ。A級の霊力を持つ者が、その術を解除するには、更にその上の力の者が術を使用しなければなりません。同じA級でも構わないのですが、それにはそれなりの下準備と儀式が必要になります。しかし稲生さんはそれをせず、ただ単に石像に触っただけで解いてしまった。それこそ正に、稲生さんが例の巫女の更に上を行くS級である何よりの証拠なのですよ」
「うーん……」
「だから先生にとっては、宝の山を掘り当てたような感じなんでしょうね。だから、稲生さんを大事にしようとしていらっしゃる。オレもいつかは稲生さんみたいな人間を“獲物”にして、もっと強くなりたいんです。だから先生の弟子にさせて頂いたのです」
カンジは熱く語った。
(どう見ても威吹は偶然、僕と出会っただけで、特別何かしたわけじゃないと思うけど……)
それは威吹もカンジに何度も言っている。だが、カンジは頑として聞かなかった。絶対にコツがあるはずだと。
カンジがどうしてそこまで力を求めているかは、未だにはっきりしない。しかし仮に強大な力を手に入れたにしても、絶対に人間は襲わないと言っている。それもまた、ユタがカンジを通い弟子から住み込み弟子に変更する許可を与えた理由である。
「でもそれにしたって……マリアさんと付き合っちゃいけないって、ヒド過ぎるよ……」
「稲生さんが同じ人間の女性と付き合う分には、全く構わないのです。その方が先生に取っても得ですので。場合によっては、全面的に支援するとまで仰っています」
「でも、どうして魔道師はダメなの?寿命が違うから?同じ人間の姿をしてるじゃん」
「そうですね……。オレは弟子ですので、師匠である先生に強いことは言えません。先生の御意向に背くわけには参りませんので」
「だから何?答えになってないよ」
「失礼。先生は寿命の違いよりも、むしろ魔道師が稲生さんとの間に子供を設けることなどできやしないと考えられておられるのです。ここだけの話、先生は西洋系の連中には疎いようですが……」
「……?」
「少し調べれば、生殖能力に違いは無いということが分かるのですが」
「…………」
「いや、ですが、オレは所詮弟子の立場ゆえ、そのような生意気なことは言えない。先生がなるべく早く気づいて下さることを心より願うばかりでありますが、これとて神や仏の意思によるというか……」
「こ、こらッ!そういうことはちゃんと言ってくれ!!」
ユタは飛び起きて、カンジに突っ込んだ。
「威吹、早く戻ってこい!」
「えー、次の裁定が下されるまでは最低1年は掛かかと。大丈夫です。オウム裁判よりは早めにカタが付きます」
「そういう問題じゃない!連れ戻しに行くぞ!」
「……は?」
それまで固い表情もしくは無表情だったカンジが、ようやく口をポカンと開けた。
「……威吹は帰らないの……?」
ユタは気怠そうな感じで、傍に控えるカンジに聞いた。
「まだ、里にて先生に対する裁定が下されておりません。今しばらくお待ちください。それまではオレが厳重に稲生さんを警護するよう、先生から仰せつかっています」
ユタは自室のベッドで横になっていた。といっても就寝モードではなく、ただ寝転がっているだけである。
「それは……僕が逃げないようにする為かな?」
「と、仰いますと?」
「威吹が里にいる間、僕が勝手に盟約を破棄しないよう、カンジ君を見張り役にしてるとか……」
しかし、カンジはいつもの固い表情を変えることは無かった。
「よく……分かりましたね」
「どうしてだ……?」
「稲生さんは、盟約の内容をご存じでは無いのですか?」
「知ってるよ。知ってる……つもりだったけど……」
「もう1度、1から説明しましょうか?恐らく、先生の説明と重複するかと思いますが」
「いや、いい。僕の質問に答えてくれれば……」
「何でしょう?」
「“獲物”って、そもそも何?」
「妖狐族により、霊力の強い人間を食らう為、事細かに定められた規則に準ずる人間のことです。今では妖狐族に限らず、多くの高等妖怪が似た規則・規定を設けるようになりました。あの蓬莱山鬼之助も、それと似た規則に基づいて栗原江連氏を扱っているようです。もっとも、かなり違反をしているので、彼もまた実家から睨まれているとのこと」
「ああ、知ってる。『車だったら、とっくに免停だ』って笑ってたな」
そもそも、地獄界の獄卒が堕獄してきた亡者と情を交わすことなど、非常にあってはならぬことである。
昨年、大宮区だけ局地的な災害に見舞われたことがあったが、それは地獄界の実家からキノを連れ戻しに来た鬼のような(って、鬼なのだが)実姉にボッコボコにされたというものだった。まあ、何とか体よくお帰り頂いたとか……。
ユタにとっては、埼京線が不通になった為に迷惑極まりない話であった(寺院参詣が妨害されたため)。
「オレから見れば免許停止どころか、免許取り消しものなんですが」
「で、僕はどんな存在なんだろう?」
「一言で言えば、大事な存在です。恐らく上手く行けば、先生の里における立場も回復できるかと」
「えっ、何で?」
「稲生さんは、ダイヤモンドよりも貴重なS級の霊力をお持ちです」
「何度も言われてるけど、全く実感が無いんだけどなぁ……」
「その人間を“獲物”にしているというのは、とてつもなく大きなステータスなのです」
「ふーん……」
「その代わり、それを失った時の代償は大きなものです。先生が今、里で糾弾を受けているのは、巫女に封印されたことも去ることながら、実は意外とそれは些末なことで、本当はその巫女を“獲物”として食らい損ねたことを言われているのです」
「へえ……」
「先生が取扱いに失敗された巫女は、A級だと言われています。これとて、けして粗末にはできない存在です」
「だろうね」
「稲生さんは、その上を行くのですよ」
「何か、自覚無いなぁ……。でも、何で僕はその巫女……さくらさんだっけ?それより上だと分かるの?」
「稲生さんが先生の封印を解いたからですよ。A級の霊力を持つ者が、その術を解除するには、更にその上の力の者が術を使用しなければなりません。同じA級でも構わないのですが、それにはそれなりの下準備と儀式が必要になります。しかし稲生さんはそれをせず、ただ単に石像に触っただけで解いてしまった。それこそ正に、稲生さんが例の巫女の更に上を行くS級である何よりの証拠なのですよ」
「うーん……」
「だから先生にとっては、宝の山を掘り当てたような感じなんでしょうね。だから、稲生さんを大事にしようとしていらっしゃる。オレもいつかは稲生さんみたいな人間を“獲物”にして、もっと強くなりたいんです。だから先生の弟子にさせて頂いたのです」
カンジは熱く語った。
(どう見ても威吹は偶然、僕と出会っただけで、特別何かしたわけじゃないと思うけど……)
それは威吹もカンジに何度も言っている。だが、カンジは頑として聞かなかった。絶対にコツがあるはずだと。
カンジがどうしてそこまで力を求めているかは、未だにはっきりしない。しかし仮に強大な力を手に入れたにしても、絶対に人間は襲わないと言っている。それもまた、ユタがカンジを通い弟子から住み込み弟子に変更する許可を与えた理由である。
「でもそれにしたって……マリアさんと付き合っちゃいけないって、ヒド過ぎるよ……」
「稲生さんが同じ人間の女性と付き合う分には、全く構わないのです。その方が先生に取っても得ですので。場合によっては、全面的に支援するとまで仰っています」
「でも、どうして魔道師はダメなの?寿命が違うから?同じ人間の姿をしてるじゃん」
「そうですね……。オレは弟子ですので、師匠である先生に強いことは言えません。先生の御意向に背くわけには参りませんので」
「だから何?答えになってないよ」
「失礼。先生は寿命の違いよりも、むしろ魔道師が稲生さんとの間に子供を設けることなどできやしないと考えられておられるのです。ここだけの話、先生は西洋系の連中には疎いようですが……」
「……?」
「少し調べれば、生殖能力に違いは無いということが分かるのですが」
「…………」
「いや、ですが、オレは所詮弟子の立場ゆえ、そのような生意気なことは言えない。先生がなるべく早く気づいて下さることを心より願うばかりでありますが、これとて神や仏の意思によるというか……」
「こ、こらッ!そういうことはちゃんと言ってくれ!!」
ユタは飛び起きて、カンジに突っ込んだ。
「威吹、早く戻ってこい!」
「えー、次の裁定が下されるまでは最低1年は掛かかと。大丈夫です。オウム裁判よりは早めにカタが付きます」
「そういう問題じゃない!連れ戻しに行くぞ!」
「……は?」
それまで固い表情もしくは無表情だったカンジが、ようやく口をポカンと開けた。