[3月5日 15:00.仙台市泉区 宮城県図書館 アリス・フォレスト]
(三人称に戻ります)
まだ周辺の道の路肩には、残雪の固まる高台の図書館。そこにアリスが単独でやってきた。
午前中は昨日に発見した震災の行方不明者のことで、マスコミの対応に追われてしまった。
敷島に任せて真相究明に走りたかったが、開発者としてコメントを出さなければならなかった。
ここにやってきた理由は、地元新聞社のアーカイブスを閲覧する為である。午前中、地元の新聞社が取材に来たことで、アリスがふと気づいたのだ。
逆にアリスが新聞記者に聞くと、あのバージョン2.0暴走事件の際、真っ先に現場に駆け付けた新聞社であるという。
「Excuse me.アーカイブスはどこでしょう?」
「3階です。あちらのエスカレータかエレベータで……」
「Thank you.」
(こういう時、日本語を一気に覚えておくとラクだわ……)
と思いつつ、辞書のような感じでプレスされたアーカイブスを見る。
全ての漢字が分かるわけではないが、アリスが確認したいのは暴走した個体についてである。
シリアルナンバーが分かれば万々歳なのだが、新聞社がそんなところまで押さえているとは思えなかった。
おおかた、養祖父が開発して投入したくらいにしか思われていないのだろう。
せっかくなので午前中のインタビューの時に、養祖父のテロリズムについては賛同できない旨を話した。
その上で、養祖父からは後継者とされつつも、自分は独自路線を行くと答えておいた。
何しろ、あの大事件だ。新聞は大きく取り上げているはず。
発生した年月日は知っているので、それで新聞を見て行けば、日本語の文字は全て分からなくても追って行けるはずである。
(あった……!)
そうして、当時の新聞を発見することができた。
『謎のロボット大暴れ!』『市街地、阿鼻叫喚!』『自衛隊出動へ!』
大きな見出しが現れた。
「!!!」
写真の一部に、アリスが見覚えのあるものが写っていた。
後頭部についたハートマーク。
恐らくは新聞社がヘリを飛ばして、上空から撮影したものだろう。
他の新聞社の写真も見てみた。全体ではないが、他にスペード、クラブ、ダイヤのペイントがしてある個体を見つけた。
(これって……!)
何かの偶然であろうか。この町で暴走した個体は、全てアリスが子供の頃にトランプの絵柄を描いたものだった。
(よし。あとはこいつらのシリアルナンバーを調べて……)
イタズラのつもりで落書きしたペイントが、こういう所で役に立つとは。
子供のイタズラも侮りがたいと思ったアリスだった。
[3月5日 同時刻 財団仙台支部 敷島孝夫&十条伝助]
「ほお……。あのバージョン・シリーズの最新モデルが、いいことしたものじゃの」
「ええ」
「で、アリス嬢は今どこかね?」
「2.0が暴走した事件の新聞記事を見に、図書館まで行ってますよ」
「ほお。それは結構……」
「参事!参事に電話です。アリス博士から!」
「おっ、噂をすれば……」
敷島は電話に出た。
談話コーナーに座る十条はその間、出された茶菓子のヨーカンを口に運び、ズズズと茶を啜った。
敷島はすぐに戻ってきた。
「すいません」
「いやいや。で、アリス嬢は何と?」
「暴走した個体の絞り込みに成功したそうです。あとはシリアルナンバーを調べて、更にその個体の設計図と照らし合わせて、どこに欠陥があったか調査するそうです」
「新聞で絞り込めたということは……?」
「何か昔、アリスが子供の頃に落書きした個体があって……?写真に、それがたまたま写ってたそうなんですよ。暴走した4機が全部それだったおかげで、更に絞り込みやすくなったと。昔からアタシって天才、と」
「ああ、うむ。まあ、運も実力のうちと言うからの」
ズズズと茶を啜る十条。
「自分が手を加えたことで暴走したことについては、何も疑わんとは……若い娘はいいの」
「落書きしたくらいで暴走するんですか?」
「いや……。まあ、ウィリーもウィリーで、抜けている所は多少あったがの。ヤツが出した欠陥のせいである確率の方が高いことは確かだが……」
「はあ……。とにかく、これでアリスはまた徹夜ですね」
「調査には私も助力しよう」
「えっ?」
「今や3バカトリオで生き残ったのは、もうこのワシしかおらんからな。生き残った責任を取って、老体に鞭打つことにしよう。研究室はどこじゃったかな?」
「ああ、あちらです」
敷島は老科学者を研究室まで案内した。
「キールや。わしはしばらく研究室におるでの」
「かしこまりました」
製造から5年ほど経つ執事ロボットのキールは、恭しく頭を下げた。
「なあ、キール」
「何でしょう?」
敷島はふと思いついた疑問をキールにぶつけた。
「南里所長にはエミリー、ウィリーにはシンディというマルチタイプがいた。その法則なら、十条理事にもマルチタイプがいたんじゃないか?」
「……詳しいデータはありません。が、私は、かつて博士に付いていたマルチタイプをモチーフに製造したとあります」
「そうか」
公式には、今や世界でマルチタイプはエミリーしかいないことになっている。
何らかの理由で、十条は自分のマルチタイプを手放すことになったのだろう。
マルチタイプのスペックは全個体で統一されていた。
今でも全体的な個数は、軍事用だったこともあって明らかになっていないが、男女型が等しく存在していたという。
ということは、十条に付いていたマルチタイプは男性型だったのだろうか。それをモチーフに、執事ロボットのキールを作ったわけだから……。
[3月5日 18:00.仙台駅西口付近の居酒屋 敷島、アリス、十条]
「そうなの。プロフェッサー十条は、講演会に……」
「うむ。今日と明日な。そうじゃ。アリス君、君もゲストで来ないかね?」
「そうねぇ……」
「何かいい情報が仕入れられるかもしれんぞ?」
「まさか……」
「プロフェッサー十条がそう言ってくるということは、何かあるね?」
「んふふふ……。そう思うかね?」
(本当にあの2人とよく似てるわぁ……十条理事って)
敷島はビールを口に運びながらそう思った。
因みに居酒屋の壁には、日本酒の瓶を持ったMEIKOのポスターが貼られている。
「一体、何なんですか、十条理事?」
敷島が聞いた。
「明日の講演会には、財団の本部の役員も来るのじゃよ」
「それは知ってますけど……」
「私は別の主眼で、事件の真相を追うことにした」
「別の主眼と言いますと?」
「アリス。ウィリーは自らの手を汚さず、汚れ役はほとんどシンディが引き受けていた。そうじゃな?」
「ええ。でもシンディは、アタシには優しくしてくれたわ」
「知っておる。それはエミリーも同じ役回りじゃったからの」
「理事のマルチタイプも、ですか?」
「はて?ワシにはマルチタイプなどおらんが……?」
「昔ですよ、昔」
「さあのぅ……」
あまり良い思い出が無かったのだろうか。
「ヒントを言うと、バージョン・シリーズの使役権があったのは製造者たるウィリーとシンディじゃった。今は後継者として、アリス君がそれを継承しておる」
「一応、サブとしてエミリーにも継承させてるよ。まあ、エミリーは今更人殺しなんてしないと思うけど」
そう。実質的に、今やバージョン・シリーズの脅威は消えたと言える。
「まあ、ヒントはここまでじゃな」
「さっぱり分からん」
「敷島君、頭を柔らかくして思い出してみたまえ。シンディは確かに処分したが、その前に色々としたことが無かったかね?」
「ええっ?」
※タイトルに誤字がありました。訂正して、お詫び申し上げます。
(三人称に戻ります)
まだ周辺の道の路肩には、残雪の固まる高台の図書館。そこにアリスが単独でやってきた。
午前中は昨日に発見した震災の行方不明者のことで、マスコミの対応に追われてしまった。
敷島に任せて真相究明に走りたかったが、開発者としてコメントを出さなければならなかった。
ここにやってきた理由は、地元新聞社のアーカイブスを閲覧する為である。午前中、地元の新聞社が取材に来たことで、アリスがふと気づいたのだ。
逆にアリスが新聞記者に聞くと、あのバージョン2.0暴走事件の際、真っ先に現場に駆け付けた新聞社であるという。
「Excuse me.アーカイブスはどこでしょう?」
「3階です。あちらのエスカレータかエレベータで……」
「Thank you.」
(こういう時、日本語を一気に覚えておくとラクだわ……)
と思いつつ、辞書のような感じでプレスされたアーカイブスを見る。
全ての漢字が分かるわけではないが、アリスが確認したいのは暴走した個体についてである。
シリアルナンバーが分かれば万々歳なのだが、新聞社がそんなところまで押さえているとは思えなかった。
おおかた、養祖父が開発して投入したくらいにしか思われていないのだろう。
せっかくなので午前中のインタビューの時に、養祖父のテロリズムについては賛同できない旨を話した。
その上で、養祖父からは後継者とされつつも、自分は独自路線を行くと答えておいた。
何しろ、あの大事件だ。新聞は大きく取り上げているはず。
発生した年月日は知っているので、それで新聞を見て行けば、日本語の文字は全て分からなくても追って行けるはずである。
(あった……!)
そうして、当時の新聞を発見することができた。
『謎のロボット大暴れ!』『市街地、阿鼻叫喚!』『自衛隊出動へ!』
大きな見出しが現れた。
「!!!」
写真の一部に、アリスが見覚えのあるものが写っていた。
後頭部についたハートマーク。
恐らくは新聞社がヘリを飛ばして、上空から撮影したものだろう。
他の新聞社の写真も見てみた。全体ではないが、他にスペード、クラブ、ダイヤのペイントがしてある個体を見つけた。
(これって……!)
何かの偶然であろうか。この町で暴走した個体は、全てアリスが子供の頃にトランプの絵柄を描いたものだった。
(よし。あとはこいつらのシリアルナンバーを調べて……)
イタズラのつもりで落書きしたペイントが、こういう所で役に立つとは。
子供のイタズラも侮りがたいと思ったアリスだった。
[3月5日 同時刻 財団仙台支部 敷島孝夫&十条伝助]
「ほお……。あのバージョン・シリーズの最新モデルが、いいことしたものじゃの」
「ええ」
「で、アリス嬢は今どこかね?」
「2.0が暴走した事件の新聞記事を見に、図書館まで行ってますよ」
「ほお。それは結構……」
「参事!参事に電話です。アリス博士から!」
「おっ、噂をすれば……」
敷島は電話に出た。
談話コーナーに座る十条はその間、出された茶菓子のヨーカンを口に運び、ズズズと茶を啜った。
敷島はすぐに戻ってきた。
「すいません」
「いやいや。で、アリス嬢は何と?」
「暴走した個体の絞り込みに成功したそうです。あとはシリアルナンバーを調べて、更にその個体の設計図と照らし合わせて、どこに欠陥があったか調査するそうです」
「新聞で絞り込めたということは……?」
「何か昔、アリスが子供の頃に落書きした個体があって……?写真に、それがたまたま写ってたそうなんですよ。暴走した4機が全部それだったおかげで、更に絞り込みやすくなったと。昔からアタシって天才、と」
「ああ、うむ。まあ、運も実力のうちと言うからの」
ズズズと茶を啜る十条。
「自分が手を加えたことで暴走したことについては、何も疑わんとは……若い娘はいいの」
「落書きしたくらいで暴走するんですか?」
「いや……。まあ、ウィリーもウィリーで、抜けている所は多少あったがの。ヤツが出した欠陥のせいである確率の方が高いことは確かだが……」
「はあ……。とにかく、これでアリスはまた徹夜ですね」
「調査には私も助力しよう」
「えっ?」
「今や3バカトリオで生き残ったのは、もうこのワシしかおらんからな。生き残った責任を取って、老体に鞭打つことにしよう。研究室はどこじゃったかな?」
「ああ、あちらです」
敷島は老科学者を研究室まで案内した。
「キールや。わしはしばらく研究室におるでの」
「かしこまりました」
製造から5年ほど経つ執事ロボットのキールは、恭しく頭を下げた。
「なあ、キール」
「何でしょう?」
敷島はふと思いついた疑問をキールにぶつけた。
「南里所長にはエミリー、ウィリーにはシンディというマルチタイプがいた。その法則なら、十条理事にもマルチタイプがいたんじゃないか?」
「……詳しいデータはありません。が、私は、かつて博士に付いていたマルチタイプをモチーフに製造したとあります」
「そうか」
公式には、今や世界でマルチタイプはエミリーしかいないことになっている。
何らかの理由で、十条は自分のマルチタイプを手放すことになったのだろう。
マルチタイプのスペックは全個体で統一されていた。
今でも全体的な個数は、軍事用だったこともあって明らかになっていないが、男女型が等しく存在していたという。
ということは、十条に付いていたマルチタイプは男性型だったのだろうか。それをモチーフに、執事ロボットのキールを作ったわけだから……。
[3月5日 18:00.仙台駅西口付近の居酒屋 敷島、アリス、十条]
「そうなの。プロフェッサー十条は、講演会に……」
「うむ。今日と明日な。そうじゃ。アリス君、君もゲストで来ないかね?」
「そうねぇ……」
「何かいい情報が仕入れられるかもしれんぞ?」
「まさか……」
「プロフェッサー十条がそう言ってくるということは、何かあるね?」
「んふふふ……。そう思うかね?」
(本当にあの2人とよく似てるわぁ……十条理事って)
敷島はビールを口に運びながらそう思った。
因みに居酒屋の壁には、日本酒の瓶を持ったMEIKOのポスターが貼られている。
「一体、何なんですか、十条理事?」
敷島が聞いた。
「明日の講演会には、財団の本部の役員も来るのじゃよ」
「それは知ってますけど……」
「私は別の主眼で、事件の真相を追うことにした」
「別の主眼と言いますと?」
「アリス。ウィリーは自らの手を汚さず、汚れ役はほとんどシンディが引き受けていた。そうじゃな?」
「ええ。でもシンディは、アタシには優しくしてくれたわ」
「知っておる。それはエミリーも同じ役回りじゃったからの」
「理事のマルチタイプも、ですか?」
「はて?ワシにはマルチタイプなどおらんが……?」
「昔ですよ、昔」
「さあのぅ……」
あまり良い思い出が無かったのだろうか。
「ヒントを言うと、バージョン・シリーズの使役権があったのは製造者たるウィリーとシンディじゃった。今は後継者として、アリス君がそれを継承しておる」
「一応、サブとしてエミリーにも継承させてるよ。まあ、エミリーは今更人殺しなんてしないと思うけど」
そう。実質的に、今やバージョン・シリーズの脅威は消えたと言える。
「まあ、ヒントはここまでじゃな」
「さっぱり分からん」
「敷島君、頭を柔らかくして思い出してみたまえ。シンディは確かに処分したが、その前に色々としたことが無かったかね?」
「ええっ?」
※タイトルに誤字がありました。訂正して、お詫び申し上げます。