[3月17日 10:00.財団仙台支部事務所 敷島孝夫&鏡音リン・レン]
「おはようございます」
事務室に鏡音リン・レンが仲良く入って来る。
「おう、昨日と一昨日はご苦労さんな!」
「あれくらい平気だYo~」
リンはパチッと片目を瞑った。
「今日はどうしましたか?」
「お前達の次の預け先を決めようと思って、来てもらったんだ。ちょっと来てくれ」
「おお~!もう決まったの!?」
敷島と姉弟は談話コーナーに移動した。
「いくつかオファーがあったんだけど、俺的にはレコード会社のアルファ・レコードさんと、芸能事務所のベータ・プロダクションさんがいいと思うんだ」
「あっ、何か聞いたことあります」
「アルファ・レコードさんは最近業績を伸ばしてきているレコード会社で、所属しているアーティストの数も年々増えてきている。その一環で、リンに声が掛かったんだな」
「リンに?」
「ベータ・プロダクションさんは、どちらかというとアイドル事務所というよりは俳優事務所だな。今度アクションもののドラマをやるに当たって、レンみたいなアクロバットな演技のできる少年の俳優を探していたそうだ」
「それで、どちらのオファーを受けるんですか?」
「……何が?」
レンの質問に、敷島は首を傾げた。
「ボク達は体が1つしか無いので、どちらも受けることはできません。ボーカロイドとしてはレコード会社の方が愚直に歌を歌えるメリットがありますが、ボーカロイドの可能性にチャレンジするという点では、俳優もいいかもしれません。ボク的には、甲乙つけがたいんですが……」
「何言ってるんだよ。いい解決方法があるじゃないか」
「と、言いますと?」
「アルファ・レコードさんはリンが欲しいと言ってる。そして、ベータ・プロさんはレンが欲しいと言ってるんだ。簡単な話じゃないか。その通りにすればいいんだよ」
「プロデューサー、冗談で仰ってるんですよね?ボクとリンは、2人で1つなんですよ?」
「しかし、今はお前達、別々に仕事していることが多々あるが、特に問題なくこなしているじゃないか」
「それは、ボクとリンが同じ所に所属しているという前提で行っているんです。歌でも、ボクとリンで別々のパートを歌うなんて普通ですから。仕事もその一環で……」
「レン、それは違うな。ボーカロイドの可能性にチャレンジするという意味では、お前達、一個体としてどれだけの可能性を秘めているかの実験でもあるんだ」
「そんなのおかしいYo!」
リンも敷島に抗議した。
「リンとレンは2人で1つという前提で作られたんでしょ!?兄ちゃんの言ってる通りにしたら、その鉄壁コンセプトが崩れちゃうじゃん!」
「ああ、そのコンセプトは忘れてくれ。特に、レン。今デビューしてるボカロで、他の研究機関の個体も含めると、少年はお前しかいない。お前に掛かる期待は、リンより大きいと言える」
「期待を掛けてくれるのは嬉しいです。でも、だからといって、リンと離れ離れになるなんて……!」
「今まで姉弟ということにしていたが、コンビ……ユニットだったと思ってくれ。つまり、コンビ解散だな。これからは、お前達がソロデビューして、更なる飛躍を……」
「もういいです!」
ガタッとレンが立ち上がった。
「プロデューサーがどんなに言おうと、ボクとリンは2人で1つなのに変わりはありませんから!」
「そうだよ!今回ばかりは兄ちゃんの言う事、拒否するから!じゃあね!」
リンとレンは事務室を飛び出した。
「おい、待て!」
しかし2人の姉弟はすばしっこく、ちょうどやってきたエレベーターに飛び乗って行ってしまった。
「Hum...鏡音リン・レンが1番、感情レイヤーが発達しているかしら」
アリスはタブレット片手に、研究室から廊下に出て来た。
「そこ、ちゃっかりデータ取らない!」
敷島が突っ込んだ。
で……。
「放してよ!放して!放せ!」
「敷島さん。鏡音リン・レンを・捕獲しました」
「気が利くなぁ……」
エントランスでエミリーに捕まり、襟首を掴まれて連れ戻された姉弟だった。
「とにかく、話を聞け!」
「お断りします!」
「ヤだよ!こうなったら、徹底抗戦だからねっ!!」
エミリーの手を振り解いたリンとレンは、研究室に閉じこもってしまった。
「やれやれ……」
[同日14:00.財団仙台事務所 研究室 アリス・フォレスト、鏡音リン&レン]
「Hum Hum...」
せっかくなので、データ取りをしているアリスだった。
「それじゃ、レン。首を外してちょうだい」
「はい」
「フム。これが、シンディも誤魔化したヤツね。SFじゃよくある話だけど、実は首を外して普通に稼働するって意外と難しいのよ」
「そうなんですか」
「アタッチメント式の着脱法か。シンプルだけど、それがまたいいわね。マリオとルイージも、このタイプにしようかしら」
「マリオとルイージ、エミリーみたいに腕しか外れないもんね」
「……ねぇ、博士。博士はどう思います?」
レンがアリスに話し掛けた。
「シキシマの仕事に関しては、アタシは口出しできないよ。その代わり、シキシマもアタシの研究については口を出させないから」
「でも……ボク達は、リンと2人と1つというコンセプトで作られました。それを根底から否定するなんて……」
「設定なら、いくらでも変えられるわ。極端な話、アンタ達のメモリーを完全に上書きして、アンタ達が姉弟だってことも無かったことにできる」
「そんな……!」
「まさか博士……」
「今は、やらないよ。アタシはボーカロイド・プロジェクトに参加しているわけじゃないから、アンタ達の設定を勝手には変えられないし。あくまで、アンタ達の整備だけね」
[3月18日 02:00. 同場所 鏡音リン・レン]
「ねえ、レン。充電終わった?」
リンは隣で充電しているレンに声を掛けた。
「うん。終わった」
「どうしよう、レン?ずっと、このままというわけにもいかないよね?」
「そうだな。ボク達がどんなに頑張ったところで、遠隔で電源を切られればそれで終わりだ。今のところ、そういう動きはまだ無いみたいだけど……」
「リン、レンと離れ離れなんて嫌だよ……」
「僕だって。確かに今まで仕事を別々にやってはきたさ。でも、それはリンと一緒に『帰る所が同じ』だからできたことであって、住む所まで別々なんて……まっぴらごめんだ」
「覚えてる?3年前、舞台でそういう兄妹の役やったよね?」
「ああ」
児童養護施設に預けられた兄妹の数奇な運命の物語だ。
そこでは逆にレンが双子の兄で、リンが双子の妹という役回りであった。
児童養護施設で仲良く暮らしていた双子の兄妹だったが、それぞれ別の家族に引き取られることになり、兄妹は引き裂かれるというもの。
「まるで、あの演劇みたいだ。最後には大人になった兄妹が再会して……でも、それぞれ違う人生を歩んでたせいで、すれ違いがあって……」
「リン、そんなの嫌だ。レンと離れなければ、あの兄妹みたいにはならないもん!」
すると、レンが言った。
「リン、逃げよう!ここから!」
「えっ?」
「この事務所を出て、どこか遠くへ逃げよう。大丈夫。充電さえできれば、何とかなる!」
「で、でも、外にはマリオとルイージが……」
「大丈夫。アリス博士が言ってた。新しい研究所……昔の南里研究所で、新システムに適応させる為の実験を今やってて、ここにはいないって」
「そっか」
「メイドロボット達は夜中は稼働してない」
「でも、セキュリティセンサーとかがあるよ?」
「今、午前2時だな。もうすぐ警備員が巡回に来るはず。自分がセンサーに引っ掛からないよう、巡回中はあえてセンサーを解除するらしい。その時がチャンスだ」
「う、うん」
[同日 02:15.財団仙台事務所 廊下 鏡音リン&レン]
「よし。センサーが解除された。あとは警備員に見つからないように……」
レンは研究室のドアの隙間から、警備員の動きを監視した。
「どうするの?エレベーター使ったら、バレるよね?」
「もちろん、階段で下りるさ」
それでも、非常階段のドアを開ける時に静まり返った事務所内では音が響いてバレるのではないか。
「これを使って……」
「それ、研究室にあったスパナじゃない?どうするの?」
「こうするんだよ」
レンは自販機の横にある空き缶専用のゴミ箱にスパナを投げつけた。
ガラガラガッシャーン!!
「! 誰か、いるのか!?」
空き缶が散乱する音が響き渡り、警備員の気がそちらに逸れた。
「今だ!」
レンはリンの手を引き、警備員が向かった方とは逆方向の非常階段のドアを開けてそこに飛び込んだ。
「リン、急いで!」
「うああ!待ってよ!」
[同日 03:00.財団事務所の入居しているビルの1階 防災センター前 鏡音リン&レン]
「今、このビルの出入口は、あそこしかない」
夜間通用口である。
しかしそこに行くには、警備員が24時間座哨している防災センターの受付前を通らなくてはならなかった。
ドリフターズのコントみたいに都合よく居眠りしてくれているわけがないし、そもそもカメラでしっかり監視されている。
受付の下を這いつくばって……何てコントみたいな芸当も、やはり現実的にはムリだ。
「どうやって行くの?」
「いくらカメラがあっても、そのモニタを見ている人がいなければ意味が無い。プロデューサーの話じゃ、今、防災センターには受付に座る警備員が1人しかいないそうだ。そしてその警備員が一瞬、受付からいなくなる瞬間があるんだって」
「……てか、何で兄ちゃん、そこまで知ってるの?」
リンがさりげなくそこに突っ込んだ。
しかし、レンは答えなかった。
「それが午前3時過ぎなんだってさ」
「どういうこと?」
そこへ夜間通用口から、作業服を着た中年男性が入ってきた。
「おばんですー!ゴミ回収に来ましたー!」
「あいよ。よろしく」
どうやら、作業服の男性はゴミ回収業者らしい。
すると、スッと警備員が受付から離れるのと作業員が再び夜間通用口から出て行くのは同時だった。
「今だ!」
リンとレンは一緒に夜間通用口を飛び出した。
警備員がゴミ収集車を塵芥処理室に入れる為、そこのシャッター開閉ボタンを操作する為に一瞬離れるのだった。
「昔、みくみくをこの事務所から連れ出す時に使ったんだって」
と、レンは言った。
「兄ちゃんが?」
「そう」
2人の仲睦まじき姉弟は手を取りあって、裏通りに出た。
そして、そこから大通りに出ようとした時だった。
「ロケット・アーム!」
「うわっ!?」
「ひいっ!?」
背後からリンとレンは襟首を掴まれた。
「え、エミリー!?」
「うそっ!?」
エミリーが有線ロケットアームを飛ばして、捕まえた。
「フムフム。やはり、脱走を計画したか。さすがシキシマだね」
「アリス博士!」
眼鏡を掛けたアリスと、その両脇にはマリオとルイージがいた。
「お願いです!見逃してください!」
レンはこの期に及んで懇願するが、
「ダメよ。脱走の罪は重いんだから」
あえなく却下された。
[3月18日 10:00. 財団仙台事務所ビルの公開空地 敷島孝夫、鏡音リン&レン、エミリー]
「アリスから話は聞いたぞ。随分とやってくれたそうだな?」
「……っ!」
「まあ、アリスは『いいデータが取れた』と喜んではいたがな。とにかくだ。1度決定したものについては、拒否は認められない。リンはアルファ・レコード、レンはベータ・プロダクションへの配属を命ずる!」
リンはレンに抱きついた。そして、ポロポロと涙をこぼす。
「嫌だよぅ……!リン……離れたくないよぅ……!」
「エミリー、2人を引き離せ!」
「イエス。敷島・総務参事!」
エミリーはギラッと両目を光らせると、自分より体の小さい2人の姉弟の引き離しに掛かった。
「2人とも、無駄な・抵抗は・やめろ。腕が・千切れるぞ」
「千切れたって……構わない……!」
「行かないで……レン……。リン……ずっと、レンと一緒に……歌いたかったのに……!」
「ならば・仕方が無い」
エミリーはあえて2人を掴んでいた手を放すと、数メートル間合いを取った。
そして右手を突き出し、変形させる。
それはバズーカだった。今まで実戦としては、バージョン・シリーズの掃討にしか使用していない。
シンディには使わなかった。大技過ぎて、同スペックのガイノイドはすぐに回避することを知っていたからだ。
「エミリー、まさかそれでボク達を……!?」
「敷島・総務参事からは・発射の許可が・出ている」
それまで無表情だったエミリーが、僅かに微笑を浮かべた。いや、冷笑か。
「役立たずの・ゴミどもが」
この時、2人の姉弟はエミリーがまるでシンディのように見えたという。
エミリーはバズーカを発射した。
「さようなら、リン……。生まれ変わったらその時はまた……」
「レン……」
……………………。
「あれ……?壊れてない……??」
「? どういう……こと?」
目の前にはエミリーがいる。
しかし、バズーカを放ったはずの腕は何故か上空に向けられていた。
その代わり、そこからひらりひらりと落ちてくるものが1つ。
「ん?」
何かの垂れ幕だった。
「リキッド……?じゃない!ドッキリ!?」
「はいはーい!どうもどうも!」
そこへ、どこへ隠れていたか、突然テレビクルーが現れた。
ADと思しきスタッフが、『ネタバレ!』というプラカードを持っている。
「へ?」
「はい?」
2人の姉弟は、さすがにフリーズしてしまった。
[3月20日 20:00. 財団仙台事務所 敷島、鏡音リン、レン、アリス、エミリー]
〔「……というわけで、また来週お目に掛かりましょう!芸能人ドッキリ……」「バンザーイ!」〕
休憩コーナーの一角にあるテレビを見る面々。
そこには、すっかりドッキリのネタにされたリンとレンが映っていた。
「本当に、ビックリしたなぁ……」
「そうよ!リン達勝手にネタにするなんてサイアク!」
すると敷島が、ばつが悪そうにした。
「すまん。番組プロデューサーさんから、この企画を持ち込まれて……」
「エミリーが1番、迫真の演技だったわね?」
アリスがエミリーにウインクした。
「私は……」
エミリーもまた顔を赤らめて俯いた。
「エミリーなら、女優ロボットとしてもデビューできるんじゃない?」
「前に、戦隊モノの特撮で出演依頼はあったんだけどね。エミリーはそういう用途じゃないって、オーナーの平賀先生が許可を出さなかったんだ」
「でも結局、ボク達は離れ離れになっちゃうんですね」
レンはもはや諦めていた。
「と、思うだろ?」
「え?」
「確かに、所属先は違う。だけど、元を正せば同じなんだよ」
「どういうこと?」
リンが訝しげな顔をした。
「実はアルファ・レコードもベータ・プロも、経営母体は同じガンマ・ホールディングスさんなんだ。そして、ガンマ・グループの企業方針は、グループ会社同士、人事交流を盛んに行っているということだ。例えばアルファ・レコードのアーティストが新曲のPVを制作するとする。その時にエキストラとして登場する役者さん達は、全てベータ・プロでやっているくらいだそうだよ」
「へえ!」
「もしかすると、リンが歌って、レンがその後ろで踊るなんてPVも作られるかもしれない。これなら末端部分での所属は違うけど、実質は……ね?」
「そういうことだったんですか……」
「そういうことだったの」
「んもー!また兄ちゃんに一杯喰わされた!」
「はははっ、悪い悪い」
因みにドッキリ番組の視聴率は、それまでで1番高い数字が出たそうである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一応、先行公開だけしておきます。誤字などがありましたら、その都度修正していきますので、予めご了承ください。
「おはようございます」
事務室に鏡音リン・レンが仲良く入って来る。
「おう、昨日と一昨日はご苦労さんな!」
「あれくらい平気だYo~」
リンはパチッと片目を瞑った。
「今日はどうしましたか?」
「お前達の次の預け先を決めようと思って、来てもらったんだ。ちょっと来てくれ」
「おお~!もう決まったの!?」
敷島と姉弟は談話コーナーに移動した。
「いくつかオファーがあったんだけど、俺的にはレコード会社のアルファ・レコードさんと、芸能事務所のベータ・プロダクションさんがいいと思うんだ」
「あっ、何か聞いたことあります」
「アルファ・レコードさんは最近業績を伸ばしてきているレコード会社で、所属しているアーティストの数も年々増えてきている。その一環で、リンに声が掛かったんだな」
「リンに?」
「ベータ・プロダクションさんは、どちらかというとアイドル事務所というよりは俳優事務所だな。今度アクションもののドラマをやるに当たって、レンみたいなアクロバットな演技のできる少年の俳優を探していたそうだ」
「それで、どちらのオファーを受けるんですか?」
「……何が?」
レンの質問に、敷島は首を傾げた。
「ボク達は体が1つしか無いので、どちらも受けることはできません。ボーカロイドとしてはレコード会社の方が愚直に歌を歌えるメリットがありますが、ボーカロイドの可能性にチャレンジするという点では、俳優もいいかもしれません。ボク的には、甲乙つけがたいんですが……」
「何言ってるんだよ。いい解決方法があるじゃないか」
「と、言いますと?」
「アルファ・レコードさんはリンが欲しいと言ってる。そして、ベータ・プロさんはレンが欲しいと言ってるんだ。簡単な話じゃないか。その通りにすればいいんだよ」
「プロデューサー、冗談で仰ってるんですよね?ボクとリンは、2人で1つなんですよ?」
「しかし、今はお前達、別々に仕事していることが多々あるが、特に問題なくこなしているじゃないか」
「それは、ボクとリンが同じ所に所属しているという前提で行っているんです。歌でも、ボクとリンで別々のパートを歌うなんて普通ですから。仕事もその一環で……」
「レン、それは違うな。ボーカロイドの可能性にチャレンジするという意味では、お前達、一個体としてどれだけの可能性を秘めているかの実験でもあるんだ」
「そんなのおかしいYo!」
リンも敷島に抗議した。
「リンとレンは2人で1つという前提で作られたんでしょ!?兄ちゃんの言ってる通りにしたら、その鉄壁コンセプトが崩れちゃうじゃん!」
「ああ、そのコンセプトは忘れてくれ。特に、レン。今デビューしてるボカロで、他の研究機関の個体も含めると、少年はお前しかいない。お前に掛かる期待は、リンより大きいと言える」
「期待を掛けてくれるのは嬉しいです。でも、だからといって、リンと離れ離れになるなんて……!」
「今まで姉弟ということにしていたが、コンビ……ユニットだったと思ってくれ。つまり、コンビ解散だな。これからは、お前達がソロデビューして、更なる飛躍を……」
「もういいです!」
ガタッとレンが立ち上がった。
「プロデューサーがどんなに言おうと、ボクとリンは2人で1つなのに変わりはありませんから!」
「そうだよ!今回ばかりは兄ちゃんの言う事、拒否するから!じゃあね!」
リンとレンは事務室を飛び出した。
「おい、待て!」
しかし2人の姉弟はすばしっこく、ちょうどやってきたエレベーターに飛び乗って行ってしまった。
「Hum...鏡音リン・レンが1番、感情レイヤーが発達しているかしら」
アリスはタブレット片手に、研究室から廊下に出て来た。
「そこ、ちゃっかりデータ取らない!」
敷島が突っ込んだ。
で……。
「放してよ!放して!放せ!」
「敷島さん。鏡音リン・レンを・捕獲しました」
「気が利くなぁ……」
エントランスでエミリーに捕まり、襟首を掴まれて連れ戻された姉弟だった。
「とにかく、話を聞け!」
「お断りします!」
「ヤだよ!こうなったら、徹底抗戦だからねっ!!」
エミリーの手を振り解いたリンとレンは、研究室に閉じこもってしまった。
「やれやれ……」
[同日14:00.財団仙台事務所 研究室 アリス・フォレスト、鏡音リン&レン]
「Hum Hum...」
せっかくなので、データ取りをしているアリスだった。
「それじゃ、レン。首を外してちょうだい」
「はい」
「フム。これが、シンディも誤魔化したヤツね。SFじゃよくある話だけど、実は首を外して普通に稼働するって意外と難しいのよ」
「そうなんですか」
「アタッチメント式の着脱法か。シンプルだけど、それがまたいいわね。マリオとルイージも、このタイプにしようかしら」
「マリオとルイージ、エミリーみたいに腕しか外れないもんね」
「……ねぇ、博士。博士はどう思います?」
レンがアリスに話し掛けた。
「シキシマの仕事に関しては、アタシは口出しできないよ。その代わり、シキシマもアタシの研究については口を出させないから」
「でも……ボク達は、リンと2人と1つというコンセプトで作られました。それを根底から否定するなんて……」
「設定なら、いくらでも変えられるわ。極端な話、アンタ達のメモリーを完全に上書きして、アンタ達が姉弟だってことも無かったことにできる」
「そんな……!」
「まさか博士……」
「今は、やらないよ。アタシはボーカロイド・プロジェクトに参加しているわけじゃないから、アンタ達の設定を勝手には変えられないし。あくまで、アンタ達の整備だけね」
[3月18日 02:00. 同場所 鏡音リン・レン]
「ねえ、レン。充電終わった?」
リンは隣で充電しているレンに声を掛けた。
「うん。終わった」
「どうしよう、レン?ずっと、このままというわけにもいかないよね?」
「そうだな。ボク達がどんなに頑張ったところで、遠隔で電源を切られればそれで終わりだ。今のところ、そういう動きはまだ無いみたいだけど……」
「リン、レンと離れ離れなんて嫌だよ……」
「僕だって。確かに今まで仕事を別々にやってはきたさ。でも、それはリンと一緒に『帰る所が同じ』だからできたことであって、住む所まで別々なんて……まっぴらごめんだ」
「覚えてる?3年前、舞台でそういう兄妹の役やったよね?」
「ああ」
児童養護施設に預けられた兄妹の数奇な運命の物語だ。
そこでは逆にレンが双子の兄で、リンが双子の妹という役回りであった。
児童養護施設で仲良く暮らしていた双子の兄妹だったが、それぞれ別の家族に引き取られることになり、兄妹は引き裂かれるというもの。
「まるで、あの演劇みたいだ。最後には大人になった兄妹が再会して……でも、それぞれ違う人生を歩んでたせいで、すれ違いがあって……」
「リン、そんなの嫌だ。レンと離れなければ、あの兄妹みたいにはならないもん!」
すると、レンが言った。
「リン、逃げよう!ここから!」
「えっ?」
「この事務所を出て、どこか遠くへ逃げよう。大丈夫。充電さえできれば、何とかなる!」
「で、でも、外にはマリオとルイージが……」
「大丈夫。アリス博士が言ってた。新しい研究所……昔の南里研究所で、新システムに適応させる為の実験を今やってて、ここにはいないって」
「そっか」
「メイドロボット達は夜中は稼働してない」
「でも、セキュリティセンサーとかがあるよ?」
「今、午前2時だな。もうすぐ警備員が巡回に来るはず。自分がセンサーに引っ掛からないよう、巡回中はあえてセンサーを解除するらしい。その時がチャンスだ」
「う、うん」
[同日 02:15.財団仙台事務所 廊下 鏡音リン&レン]
「よし。センサーが解除された。あとは警備員に見つからないように……」
レンは研究室のドアの隙間から、警備員の動きを監視した。
「どうするの?エレベーター使ったら、バレるよね?」
「もちろん、階段で下りるさ」
それでも、非常階段のドアを開ける時に静まり返った事務所内では音が響いてバレるのではないか。
「これを使って……」
「それ、研究室にあったスパナじゃない?どうするの?」
「こうするんだよ」
レンは自販機の横にある空き缶専用のゴミ箱にスパナを投げつけた。
ガラガラガッシャーン!!
「! 誰か、いるのか!?」
空き缶が散乱する音が響き渡り、警備員の気がそちらに逸れた。
「今だ!」
レンはリンの手を引き、警備員が向かった方とは逆方向の非常階段のドアを開けてそこに飛び込んだ。
「リン、急いで!」
「うああ!待ってよ!」
[同日 03:00.財団事務所の入居しているビルの1階 防災センター前 鏡音リン&レン]
「今、このビルの出入口は、あそこしかない」
夜間通用口である。
しかしそこに行くには、警備員が24時間座哨している防災センターの受付前を通らなくてはならなかった。
ドリフターズのコントみたいに都合よく居眠りしてくれているわけがないし、そもそもカメラでしっかり監視されている。
受付の下を這いつくばって……何てコントみたいな芸当も、やはり現実的にはムリだ。
「どうやって行くの?」
「いくらカメラがあっても、そのモニタを見ている人がいなければ意味が無い。プロデューサーの話じゃ、今、防災センターには受付に座る警備員が1人しかいないそうだ。そしてその警備員が一瞬、受付からいなくなる瞬間があるんだって」
「……てか、何で兄ちゃん、そこまで知ってるの?」
リンがさりげなくそこに突っ込んだ。
しかし、レンは答えなかった。
「それが午前3時過ぎなんだってさ」
「どういうこと?」
そこへ夜間通用口から、作業服を着た中年男性が入ってきた。
「おばんですー!ゴミ回収に来ましたー!」
「あいよ。よろしく」
どうやら、作業服の男性はゴミ回収業者らしい。
すると、スッと警備員が受付から離れるのと作業員が再び夜間通用口から出て行くのは同時だった。
「今だ!」
リンとレンは一緒に夜間通用口を飛び出した。
警備員がゴミ収集車を塵芥処理室に入れる為、そこのシャッター開閉ボタンを操作する為に一瞬離れるのだった。
「昔、みくみくをこの事務所から連れ出す時に使ったんだって」
と、レンは言った。
「兄ちゃんが?」
「そう」
2人の仲睦まじき姉弟は手を取りあって、裏通りに出た。
そして、そこから大通りに出ようとした時だった。
「ロケット・アーム!」
「うわっ!?」
「ひいっ!?」
背後からリンとレンは襟首を掴まれた。
「え、エミリー!?」
「うそっ!?」
エミリーが有線ロケットアームを飛ばして、捕まえた。
「フムフム。やはり、脱走を計画したか。さすがシキシマだね」
「アリス博士!」
眼鏡を掛けたアリスと、その両脇にはマリオとルイージがいた。
「お願いです!見逃してください!」
レンはこの期に及んで懇願するが、
「ダメよ。脱走の罪は重いんだから」
あえなく却下された。
[3月18日 10:00. 財団仙台事務所ビルの公開空地 敷島孝夫、鏡音リン&レン、エミリー]
「アリスから話は聞いたぞ。随分とやってくれたそうだな?」
「……っ!」
「まあ、アリスは『いいデータが取れた』と喜んではいたがな。とにかくだ。1度決定したものについては、拒否は認められない。リンはアルファ・レコード、レンはベータ・プロダクションへの配属を命ずる!」
リンはレンに抱きついた。そして、ポロポロと涙をこぼす。
「嫌だよぅ……!リン……離れたくないよぅ……!」
「エミリー、2人を引き離せ!」
「イエス。敷島・総務参事!」
エミリーはギラッと両目を光らせると、自分より体の小さい2人の姉弟の引き離しに掛かった。
「2人とも、無駄な・抵抗は・やめろ。腕が・千切れるぞ」
「千切れたって……構わない……!」
「行かないで……レン……。リン……ずっと、レンと一緒に……歌いたかったのに……!」
「ならば・仕方が無い」
エミリーはあえて2人を掴んでいた手を放すと、数メートル間合いを取った。
そして右手を突き出し、変形させる。
それはバズーカだった。今まで実戦としては、バージョン・シリーズの掃討にしか使用していない。
シンディには使わなかった。大技過ぎて、同スペックのガイノイドはすぐに回避することを知っていたからだ。
「エミリー、まさかそれでボク達を……!?」
「敷島・総務参事からは・発射の許可が・出ている」
それまで無表情だったエミリーが、僅かに微笑を浮かべた。いや、冷笑か。
「役立たずの・ゴミどもが」
この時、2人の姉弟はエミリーがまるでシンディのように見えたという。
エミリーはバズーカを発射した。
「さようなら、リン……。生まれ変わったらその時はまた……」
「レン……」
……………………。
「あれ……?壊れてない……??」
「? どういう……こと?」
目の前にはエミリーがいる。
しかし、バズーカを放ったはずの腕は何故か上空に向けられていた。
その代わり、そこからひらりひらりと落ちてくるものが1つ。
「ん?」
何かの垂れ幕だった。
「リキッド……?じゃない!ドッキリ!?」
「はいはーい!どうもどうも!」
そこへ、どこへ隠れていたか、突然テレビクルーが現れた。
ADと思しきスタッフが、『ネタバレ!』というプラカードを持っている。
「へ?」
「はい?」
2人の姉弟は、さすがにフリーズしてしまった。
[3月20日 20:00. 財団仙台事務所 敷島、鏡音リン、レン、アリス、エミリー]
〔「……というわけで、また来週お目に掛かりましょう!芸能人ドッキリ……」「バンザーイ!」〕
休憩コーナーの一角にあるテレビを見る面々。
そこには、すっかりドッキリのネタにされたリンとレンが映っていた。
「本当に、ビックリしたなぁ……」
「そうよ!リン達勝手にネタにするなんてサイアク!」
すると敷島が、ばつが悪そうにした。
「すまん。番組プロデューサーさんから、この企画を持ち込まれて……」
「エミリーが1番、迫真の演技だったわね?」
アリスがエミリーにウインクした。
「私は……」
エミリーもまた顔を赤らめて俯いた。
「エミリーなら、女優ロボットとしてもデビューできるんじゃない?」
「前に、戦隊モノの特撮で出演依頼はあったんだけどね。エミリーはそういう用途じゃないって、オーナーの平賀先生が許可を出さなかったんだ」
「でも結局、ボク達は離れ離れになっちゃうんですね」
レンはもはや諦めていた。
「と、思うだろ?」
「え?」
「確かに、所属先は違う。だけど、元を正せば同じなんだよ」
「どういうこと?」
リンが訝しげな顔をした。
「実はアルファ・レコードもベータ・プロも、経営母体は同じガンマ・ホールディングスさんなんだ。そして、ガンマ・グループの企業方針は、グループ会社同士、人事交流を盛んに行っているということだ。例えばアルファ・レコードのアーティストが新曲のPVを制作するとする。その時にエキストラとして登場する役者さん達は、全てベータ・プロでやっているくらいだそうだよ」
「へえ!」
「もしかすると、リンが歌って、レンがその後ろで踊るなんてPVも作られるかもしれない。これなら末端部分での所属は違うけど、実質は……ね?」
「そういうことだったんですか……」
「そういうことだったの」
「んもー!また兄ちゃんに一杯喰わされた!」
「はははっ、悪い悪い」
因みにドッキリ番組の視聴率は、それまでで1番高い数字が出たそうである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一応、先行公開だけしておきます。誤字などがありましたら、その都度修正していきますので、予めご了承ください。