[8月19日05:40.JR中央線・神田→東京 敷島孝夫&キール・ブルー]
〔まもなく終点、東京、東京。お出口は、左側です。……〕
冬ならまだ真っ暗な時間だが、既に夏の日差しが中央快速線の各駅停車に降り注いでいた。
快速電車として当たり前に走るが故に、基本的に種別表示のしないオレンジ色の中央線電車も、早朝や深夜の各駅停車ではさすがに『各駅停車』と表示して走る。
その電車内に、敷島とキールが乗っていた。
「今度は新幹線で、この区間を逆走することを考えると複雑だよ」
ドアの前に立つ敷島は、目の前に映る新幹線の高架線を見て言った。
「確かにGPS上、その動きは不自然ですね。ですが、都内の鉄道移動というのはそういうものでしょう」
「ちゃんとそれを考慮して行動できるんだから、お前達は優秀だよ」
「光栄です」
モード変更やその他改造を受けたという割には、見た目の変わらないキール。
ただ、この暑いのに黒いスーツ上下にベストやネクタイを着用している姿は【お察しください】。
電車が駅に到着する。
「じゃ、新幹線ホームに移動するか」
「はい」
多くの乗客と共にホームに降り立ち、新幹線乗り場へ向かう。
「中央線からだと、新幹線乗り場まで意外と歩くんだよな。中央線が1番丸の内寄りで、新幹線は八重洲寄りだからな」
「良いではありませんか。地下ホームからアクセスするよりは、ずっと楽です」
「まあな」
新幹線と京葉線を往復するTDR客は、汗と涙を流してくれたまえ。
「しかし、お前はどこが変わったんだ?」
「変更内容は、参事(※)の端末に送信されているはずですが?」
※敷島の財団内における役職名。いかにも偉そうな役職で、表向きは一般企業における課長クラス並みだとされてはいるが、実際にはそれほど大きな権限は無いらしい。
「いや、そりゃそうだけどさ……。右腕を変形させて、銃火器にって本当か?」
「さようです。無論、ここでは披露できません」
「ああ。丸の内警察署から機動隊が何人派遣されることやら……。腕を変形させて銃火器に変形できるって、エミリーと同じじゃないか」
「まあ……もう参事はご存知ですが、私もマルチタイプをモチーフに製作されたものですから、その辺のカスタマイズは楽だったのでしょう」
「なるほどね。じゃあ、いざとなったら、エミリーと2人でハコごとブッ壊すのは可能だということだ」
「さあ、どうでしょうか……」
キールは首を傾げた。
「おいおい、頼むよ」
「今回のミッションの目的は、先遣隊の救助並びに先遣隊の任務の引き継ぎです。建物を破壊することが目的ではありません」
「まあ、いざとなったらの話だよ」
敷島は少しウザく思った。
執事ロボットだから固いのはしょうがないことなのだが、こんなんで大丈夫なのだろうかと思う。
[同日05:57.JR東京駅・東北新幹線ホーム 敷島&キール]
「財団から渡されたキップがグリーン車とはな。さすが、アリスだよ」
「アリス博士は世界的な方ですから」
「『世界的なマッド・サイエンティストの孫娘』だったのにな」
「今回のミッションは、アリス博士がキー・ウーマンだと伺っております」
「まあ、ウィリーの隠しアジトだからな。もし仮に生体認証とか必要な所があったら、アリスがいた方が役に立つと思って」
(参事がアリス博士を連れて行くわけではないと思うが……)
キールは敷島の言い回しに疑問を持った。
お盆が明けたとはいえ、まだ夏休みは続いている。
普通車はこの時点で満席に近かったが、グリーン車には余裕があった。
「ちょっと、アリスに電話してくるよ」
座席の確認をしてから敷島は今一度、朝から暑いホームに降りた。
{「ハイ、只今お掛けになった電話番号は現在使われてませんよォ!」}
研究所の固定電話に掛けたら、鏡音リンが出た。
{「ふざけるな」ゴンッ!「にゃああああ!」♪♪(しばらく保留音が鳴る)♪♪}
(急いでエミリーが後ろからツッコミを入れて、首根っこ掴んで、外に連れ出しているってか……)
敷島は今、アリス研究所で起きている内容がだいたい想像できた。
{「お待たせ・しました。アリス研究所で・ございます」}
「ああ、エミリー。うちの研究所は朝から賑やかだな。ウィリーの研究所とは、恐らく正反対だろう」
{「敷島さん。おはようございます」}
「ああ、おはよう。アリスは起きてるかい?」
{「ドクターアリスは・『あと5分』を・5回・繰り返しています」}
「いつもならその『あと5分』は、1時間以上繰り返した時点で放っておきたいところだが、今回はそういうわけにはいかない。俺達がこれから乗る“やまびこ”41号の仙台着は8時ちょうどだ。それまでに、何としてでもアリスを連れてきてくれ。首に縄着けてでもな」
{「かしこまりました」}
「じゃ、仙台駅で合流しよう」
敷島は電話を切った。
「相変わらずだな」
敷島は呆れた様子で、涼しい列車内に戻っていった。
[同日06:04.東北新幹線“やまびこ”41号9号車内 敷島&キール]
列車は夏の日差しを浴びながら、定刻通りに東京駅を発車した。
進行方向右側に座っている乗客は、暑い日差しが車内に差し込んで来たので、ブラインドを下ろす者が多数だった。
敷島達が座っている席は左側なので、その必要は無い。
「エミリーは“起きて”ましたか?」
「ああ。アリスは相変わらず寝てるみたいだけど。夜遅くまで実験ばかりやってるから、朝早く起きれないんだよ。こういう時くらい、早く寝ろってんだ。なあ?」
「私の口からは何も……」
「それもそうか」
敷島は笑みを浮かべて、さっき東京駅で買った駅弁の蓋を開けた。
「お前も、できるだけ充電しておけよ。ミッションの最中に、電池切れなんて笑えないからな」
「十分、承知しております」
敷島達が乗った列車には、座席に充電コンセントが備え付けられていた。
グリーン車には全席備え付けられているが、普通車は窓側席にしか無いことが多い。
「それにしても……」
敷島は今さらのように思いついた。
「現場は青森と秋田の間ぐらいの所なんだろう?羽田から飛行機で向かった方が早いんじゃないか?」
「恐らく時期が悪かったのでしょう。夏期繁忙期で、飛行機が満席だったのかもしれません」
「しかし、こうやって新幹線は予約取れたのになぁ……」
敷島は首を傾げた。
「もしくは、私やエミリーが改造されたことで、飛行機に乗れなくなったか」
「……あ、それだ!」
敷島は箸を持ったまま、ジャケットの下に隠されたキールの右腕を指さした。
この下には、マシンガンやグレネードガンなどの火器が隠されている。
「それじゃ、しょうがないか」
「……ですね」
[同日08:00.東北新幹線“やまびこ”41号9号車内 敷島&キール]
〔♪♪(あのチャイム)♪♪。まもなく、仙台です。仙石線、仙山線、常磐線はお乗り換えです。……〕
「さすが日本の新幹線は、世界に誇る定時運転率だな。エミリーはちゃんとアリスを連れてきてくれたかな?」
「交信してみましょう」
キールとエミリーは短いやり取りをした。
「ご心配いりません。エミリーは、ちゃんとアリス博士をホームへお連れしているそうです」
「おっ、そうか。さすがエミリーだな」
「やはり参事の懸念通り、なかなか寝起きがよろしく無かったようで、最後には参事の指示通りにしたということです」
「ふーん……?俺の指示?何だっけ?」
敷島は腕組みをして、記憶の糸を手繰り寄せた。
〔「まもなく仙台、仙台です。11番線到着、お出口は右側です。仙台から先は、終点盛岡まで新幹線各駅に止まります。……」〕
「まあ、いいか」
思い出せず、諦めた敷島だった。
ところが列車が仙台駅に到着し、乗り込んで来たアリスとエミリーを見て、度肝を抜かされることになる。
〔まもなく終点、東京、東京。お出口は、左側です。……〕
冬ならまだ真っ暗な時間だが、既に夏の日差しが中央快速線の各駅停車に降り注いでいた。
快速電車として当たり前に走るが故に、基本的に種別表示のしないオレンジ色の中央線電車も、早朝や深夜の各駅停車ではさすがに『各駅停車』と表示して走る。
その電車内に、敷島とキールが乗っていた。
「今度は新幹線で、この区間を逆走することを考えると複雑だよ」
ドアの前に立つ敷島は、目の前に映る新幹線の高架線を見て言った。
「確かにGPS上、その動きは不自然ですね。ですが、都内の鉄道移動というのはそういうものでしょう」
「ちゃんとそれを考慮して行動できるんだから、お前達は優秀だよ」
「光栄です」
モード変更やその他改造を受けたという割には、見た目の変わらないキール。
ただ、この暑いのに黒いスーツ上下にベストやネクタイを着用している姿は【お察しください】。
電車が駅に到着する。
「じゃ、新幹線ホームに移動するか」
「はい」
多くの乗客と共にホームに降り立ち、新幹線乗り場へ向かう。
「中央線からだと、新幹線乗り場まで意外と歩くんだよな。中央線が1番丸の内寄りで、新幹線は八重洲寄りだからな」
「良いではありませんか。地下ホームからアクセスするよりは、ずっと楽です」
「まあな」
新幹線と京葉線を往復するTDR客は、汗と涙を流してくれたまえ。
「しかし、お前はどこが変わったんだ?」
「変更内容は、参事(※)の端末に送信されているはずですが?」
※敷島の財団内における役職名。いかにも偉そうな役職で、表向きは一般企業における課長クラス並みだとされてはいるが、実際にはそれほど大きな権限は無いらしい。
「いや、そりゃそうだけどさ……。右腕を変形させて、銃火器にって本当か?」
「さようです。無論、ここでは披露できません」
「ああ。丸の内警察署から機動隊が何人派遣されることやら……。腕を変形させて銃火器に変形できるって、エミリーと同じじゃないか」
「まあ……もう参事はご存知ですが、私もマルチタイプをモチーフに製作されたものですから、その辺のカスタマイズは楽だったのでしょう」
「なるほどね。じゃあ、いざとなったら、エミリーと2人でハコごとブッ壊すのは可能だということだ」
「さあ、どうでしょうか……」
キールは首を傾げた。
「おいおい、頼むよ」
「今回のミッションの目的は、先遣隊の救助並びに先遣隊の任務の引き継ぎです。建物を破壊することが目的ではありません」
「まあ、いざとなったらの話だよ」
敷島は少しウザく思った。
執事ロボットだから固いのはしょうがないことなのだが、こんなんで大丈夫なのだろうかと思う。
[同日05:57.JR東京駅・東北新幹線ホーム 敷島&キール]
「財団から渡されたキップがグリーン車とはな。さすが、アリスだよ」
「アリス博士は世界的な方ですから」
「『世界的なマッド・サイエンティストの孫娘』だったのにな」
「今回のミッションは、アリス博士がキー・ウーマンだと伺っております」
「まあ、ウィリーの隠しアジトだからな。もし仮に生体認証とか必要な所があったら、アリスがいた方が役に立つと思って」
(参事がアリス博士を連れて行くわけではないと思うが……)
キールは敷島の言い回しに疑問を持った。
お盆が明けたとはいえ、まだ夏休みは続いている。
普通車はこの時点で満席に近かったが、グリーン車には余裕があった。
「ちょっと、アリスに電話してくるよ」
座席の確認をしてから敷島は今一度、朝から暑いホームに降りた。
{「ハイ、只今お掛けになった電話番号は現在使われてませんよォ!」}
研究所の固定電話に掛けたら、鏡音リンが出た。
{「ふざけるな」ゴンッ!「にゃああああ!」♪♪(しばらく保留音が鳴る)♪♪}
(急いでエミリーが後ろからツッコミを入れて、首根っこ掴んで、外に連れ出しているってか……)
敷島は今、アリス研究所で起きている内容がだいたい想像できた。
{「お待たせ・しました。アリス研究所で・ございます」}
「ああ、エミリー。うちの研究所は朝から賑やかだな。ウィリーの研究所とは、恐らく正反対だろう」
{「敷島さん。おはようございます」}
「ああ、おはよう。アリスは起きてるかい?」
{「ドクターアリスは・『あと5分』を・5回・繰り返しています」}
「いつもならその『あと5分』は、1時間以上繰り返した時点で放っておきたいところだが、今回はそういうわけにはいかない。俺達がこれから乗る“やまびこ”41号の仙台着は8時ちょうどだ。それまでに、何としてでもアリスを連れてきてくれ。首に縄着けてでもな」
{「かしこまりました」}
「じゃ、仙台駅で合流しよう」
敷島は電話を切った。
「相変わらずだな」
敷島は呆れた様子で、涼しい列車内に戻っていった。
[同日06:04.東北新幹線“やまびこ”41号9号車内 敷島&キール]
列車は夏の日差しを浴びながら、定刻通りに東京駅を発車した。
進行方向右側に座っている乗客は、暑い日差しが車内に差し込んで来たので、ブラインドを下ろす者が多数だった。
敷島達が座っている席は左側なので、その必要は無い。
「エミリーは“起きて”ましたか?」
「ああ。アリスは相変わらず寝てるみたいだけど。夜遅くまで実験ばかりやってるから、朝早く起きれないんだよ。こういう時くらい、早く寝ろってんだ。なあ?」
「私の口からは何も……」
「それもそうか」
敷島は笑みを浮かべて、さっき東京駅で買った駅弁の蓋を開けた。
「お前も、できるだけ充電しておけよ。ミッションの最中に、電池切れなんて笑えないからな」
「十分、承知しております」
敷島達が乗った列車には、座席に充電コンセントが備え付けられていた。
グリーン車には全席備え付けられているが、普通車は窓側席にしか無いことが多い。
「それにしても……」
敷島は今さらのように思いついた。
「現場は青森と秋田の間ぐらいの所なんだろう?羽田から飛行機で向かった方が早いんじゃないか?」
「恐らく時期が悪かったのでしょう。夏期繁忙期で、飛行機が満席だったのかもしれません」
「しかし、こうやって新幹線は予約取れたのになぁ……」
敷島は首を傾げた。
「もしくは、私やエミリーが改造されたことで、飛行機に乗れなくなったか」
「……あ、それだ!」
敷島は箸を持ったまま、ジャケットの下に隠されたキールの右腕を指さした。
この下には、マシンガンやグレネードガンなどの火器が隠されている。
「それじゃ、しょうがないか」
「……ですね」
[同日08:00.東北新幹線“やまびこ”41号9号車内 敷島&キール]
〔♪♪(あのチャイム)♪♪。まもなく、仙台です。仙石線、仙山線、常磐線はお乗り換えです。……〕
「さすが日本の新幹線は、世界に誇る定時運転率だな。エミリーはちゃんとアリスを連れてきてくれたかな?」
「交信してみましょう」
キールとエミリーは短いやり取りをした。
「ご心配いりません。エミリーは、ちゃんとアリス博士をホームへお連れしているそうです」
「おっ、そうか。さすがエミリーだな」
「やはり参事の懸念通り、なかなか寝起きがよろしく無かったようで、最後には参事の指示通りにしたということです」
「ふーん……?俺の指示?何だっけ?」
敷島は腕組みをして、記憶の糸を手繰り寄せた。
〔「まもなく仙台、仙台です。11番線到着、お出口は右側です。仙台から先は、終点盛岡まで新幹線各駅に止まります。……」〕
「まあ、いいか」
思い出せず、諦めた敷島だった。
ところが列車が仙台駅に到着し、乗り込んで来たアリスとエミリーを見て、度肝を抜かされることになる。