どのような魔法を使えば、一瞬にして町を1つ消し飛ばすことができようか。
大きく空高く舞い上がるキノコ雲。
あれだけの力があれば……。
[1945年7月11日06:00.魔王城・イリーナの居室 イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
「……!」
イリーナはそこで目が覚めた。
「予知夢……?」
それから数時間後、水晶玉に久しぶりの姉弟子からの着信があった。
今はヨーロッパでの調査を終え、アメリカ合衆国に渡っているのだという。
「やっぱ敗戦国はダメだわ。旗色のいい国にいた方が安全ね」
「相変わらずね、姉さん」
「だからやめてくれない?修行サボってたくせに」
「あー、ハイハイ。それで先生は?何か言ってた?」
「別に。『もうすぐこの戦争は終わるが、すぐにまた別の戦争が始まるだろう』ですって」
「先生が既に予知されてるか……」
「こりゃ私も魔界に避難した方が良さそうだわ」
「姉さんは先生から人間界の調査を頼まれてるでしょ。私もバァルの相手が大変なんだから」
「そのことなんだけどね、『魔界の穴』を日本に仕掛けたって?」
「ええ」
「日本はやめといた方がいいよ。大統領府に潜入してみたけど、何か日本に新型の爆弾を落とす計画みたいだし」
「さらっとよくそんな重要機密手に入れるわね。もう日本はこっぴどくやられてるみたいだけど、何を落とそうっての?」
姉弟子から聞いた情報。
それを聞いたイリーナは、頭の中で何かが繋がった。
これなら、あまり廉が立たずにバァルの野望を抑えることができる……。
しかし……。
その為に、無辜の市民の犠牲を利用しようというのか。
[1945年8月1日10:00.魔王城・大会議室 イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
「只今より親愛なる指導者、偉大な魔民の帝王、百戦百勝の霊将であられるところのバァル皇帝陛下のご臨席のもと、ここに御前会議を開催することを宣言する!」
司会の魔族が開会宣言を行った。
(もう少しクールかもしれないけれど、日本の御前会議とどう違うかねぇ……)
イリーナは宮廷魔導師として、当然出席している。
会議の様子を冷やかな目で見ていた。
いつもは文官や軍部の高官達のヤジ飛ばしを見てるだけのバァルが、久方ぶりに積極的な発言をしていた。
「皆も知っていようが、いま人間界では愚鈍な人間共が無益かつ泥沼の世界的な戦を行っておる。これを見かね、我等が崇高かつ高潔な魔族の軍隊が統治に向かうのは至極当然とあるべきやと思うが、どうか?」
どこかの顕正会みたいに伏せ拝かつ大きな拍手が巻き起こる大会議室。
「崇高な計画でございます!」
「皇帝陛下万歳!」
「人間界をも我らの手に!」
「そして神の世界も手に入れましょうぞ!」
(……本当に実現可能そうだけど、やっぱり町1つの犠牲くらいは……。これも人間界の独立を保つために……)
「計画の布石は既に打っておる。宮廷魔導師、イリーナよ!」
「! は、はい!」
いきなり振られてイリーナは我に返った。
「皆にお前が打った布石を説明してやれ」
「は?はあ……」
イリーナは政府高官達の前に立つ。
そして手に持った水晶玉に手をかざした。
それはまるでプロジェクターのように、壁一面に画像が映る。
「えー、只今陛下が仰いました通り、人間界では第2次世界大戦が繰り広げられております。既にそれは終焉に近づいておりまして、敗戦国・戦勝国が確定しつつあります。両者が何かの拍子に逆転することなど、もはや有り得ない状態です。そこで私は敗戦が濃厚な国、大日本帝国に皆さんが侵攻するのに十分な穴を用意しました。敗戦国であれば、もはや魔王軍の侵攻に抵抗する余力はまず無いでしょう。そんな状況にあっても、未だ敵国からの進撃の影響をさほど受けていない地域があります」
イリーナは更に水晶玉に手をかざす。
今度は日本地図が現れ、中国地方の一部の地域が拡大される。
よもやその機能が数十年後、人間界で実用化されるとは、この時はイリーナも予想していなかった。
「ここに人口およそ40万人の町があります。広島という町です。人口の割には敵国からの襲撃がさほどでもなく、皆様の初陣を飾るのにうってつけと思われます」
市内の様子が映像で映る。
「うぬ?魔界高速電鉄の連中、人間界でも商いをしているのか?」
1人の魔族高官が路面電車を見て呟いた。
無論、魔界高速電鉄ではなく、広島電鉄である。
「うむ。さすがは宮廷魔導師だ。皆の衆、この町をまずは我らの進撃の足掛かりとしようぞ!」
歓声が湧き起こる。
「出陣は1週間後とす!各自、準備を怠るな!」
[1945年8月5日15:00.魔王城・イリーナの居室 イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
「イリーナよ、大儀である」
「先生……」
「お前の計画、既に私に伝わっておる。私は止める気は無い。お前が良いと思った通りのことをするが良い」
水晶玉越しに自分の師匠と会話するイリーナ。
「でも私は……食い止めようと思えばできるんです。新型爆弾の投下を……」
「しかしそれをしてしまうと、今度は魔王軍の侵攻を許してしまうことになる。3回目の世界大戦が始まることになるな。いや、もはや世界には魔王軍とまともに戦える国があるかどうか……」
「もっと他に手があるのかもしれない。だけど、それまでのアメリカ軍の攻撃だけでは、魔王軍を防ぐことはできません。3月10日の東京攻撃並みで、ギリギリではないかと思うのです。ですがもう日本には、それだけの攻撃目標となる都市が無くなってしまいました。ポーリンからもたらされた情報。アメリカが開発し、これから使用しようとする爆弾を利用するしか無いのです」
「そう思うならそうしなさい。確かに町1つを犠牲にすることにはなるが、しかし世界は救われる」
「はい……」
イリーナは俯いた。
「イリーナよ。『顔を上げて。これからは、しっかり前を向いて生きるんだ。いいね?』」
大師匠がイリーナを弟子にして1番最初に言ったセリフだ。
「はい……」
[1945年8月6日08:15.広島県安佐郡可部町(現、広島市安佐北区可部) イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
イリーナがいた場所は爆心地から20キロほど離れた所。
ここでも戸外にいた人達は、熱傷を負わずとも、飛んできた熱風により『熱い』と感じたという。
「ごめんなさい……」
イリーナもその熱風を感じながら、市街地の方に向かって頭を垂れていた。
しかし、水晶玉が光ってポーリンから着信があった。
「イリーナ。まだ油断はできないよ!バァルのことだから、自分で他に穴を用意してると思う!」
「ええっ!?」
「そこは私がやっておくから、あんたは逃げなさい!今、あんたは魔界じゃお尋ね者よ!しばらく人間界に身を隠しておくの!」
「分かったわ。ソ連にでも逃げておく。今度はヨシフをからかってやろうかしら」
スターリンのことか?
[2014年8月6日10:00.埼玉県さいたま市中央区 ユタの家 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]
「広島の原爆により、魔界の穴は吹き飛ばされて消滅したそうだ。だけど、その穴から侵入してきた爆風とか熱風とかで、先遣隊が全滅したそうだぞ」
「それでイリーナさん、一気にお尋ね者に……」
「ポーリン師がどのようにやったかまでは知らないが、その次の長崎への原爆投下と何か関係があるのかもしれない。とにかくあの時から師匠は今のロシアに逃走して、それから実は21世紀になるまで、表の世界に出てきてない」
「そうなんですね」
「今は魔界も政権が変わって、師匠の指名手配は解除になったよ」
「イリーナさんも、大変だったんですねぇ……」
2人は空を見上げた。
今日は雲1つ無い天気。
だが、夕方はゲリラ豪雨に注意が必要とのことだそうである。
大きく空高く舞い上がるキノコ雲。
あれだけの力があれば……。
[1945年7月11日06:00.魔王城・イリーナの居室 イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
「……!」
イリーナはそこで目が覚めた。
「予知夢……?」
それから数時間後、水晶玉に久しぶりの姉弟子からの着信があった。
今はヨーロッパでの調査を終え、アメリカ合衆国に渡っているのだという。
「やっぱ敗戦国はダメだわ。旗色のいい国にいた方が安全ね」
「相変わらずね、姉さん」
「だからやめてくれない?修行サボってたくせに」
「あー、ハイハイ。それで先生は?何か言ってた?」
「別に。『もうすぐこの戦争は終わるが、すぐにまた別の戦争が始まるだろう』ですって」
「先生が既に予知されてるか……」
「こりゃ私も魔界に避難した方が良さそうだわ」
「姉さんは先生から人間界の調査を頼まれてるでしょ。私もバァルの相手が大変なんだから」
「そのことなんだけどね、『魔界の穴』を日本に仕掛けたって?」
「ええ」
「日本はやめといた方がいいよ。大統領府に潜入してみたけど、何か日本に新型の爆弾を落とす計画みたいだし」
「さらっとよくそんな重要機密手に入れるわね。もう日本はこっぴどくやられてるみたいだけど、何を落とそうっての?」
姉弟子から聞いた情報。
それを聞いたイリーナは、頭の中で何かが繋がった。
これなら、あまり廉が立たずにバァルの野望を抑えることができる……。
しかし……。
その為に、無辜の市民の犠牲を利用しようというのか。
[1945年8月1日10:00.魔王城・大会議室 イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
「只今より親愛なる指導者、偉大な魔民の帝王、百戦百勝の霊将であられるところのバァル皇帝陛下のご臨席のもと、ここに御前会議を開催することを宣言する!」
司会の魔族が開会宣言を行った。
(もう少しクールかもしれないけれど、日本の御前会議とどう違うかねぇ……)
イリーナは宮廷魔導師として、当然出席している。
会議の様子を冷やかな目で見ていた。
いつもは文官や軍部の高官達のヤジ飛ばしを見てるだけのバァルが、久方ぶりに積極的な発言をしていた。
「皆も知っていようが、いま人間界では愚鈍な人間共が無益かつ泥沼の世界的な戦を行っておる。これを見かね、我等が崇高かつ高潔な魔族の軍隊が統治に向かうのは至極当然とあるべきやと思うが、どうか?」
どこかの顕正会みたいに伏せ拝かつ大きな拍手が巻き起こる大会議室。
「崇高な計画でございます!」
「皇帝陛下万歳!」
「人間界をも我らの手に!」
「そして神の世界も手に入れましょうぞ!」
(……本当に実現可能そうだけど、やっぱり町1つの犠牲くらいは……。これも人間界の独立を保つために……)
「計画の布石は既に打っておる。宮廷魔導師、イリーナよ!」
「! は、はい!」
いきなり振られてイリーナは我に返った。
「皆にお前が打った布石を説明してやれ」
「は?はあ……」
イリーナは政府高官達の前に立つ。
そして手に持った水晶玉に手をかざした。
それはまるでプロジェクターのように、壁一面に画像が映る。
「えー、只今陛下が仰いました通り、人間界では第2次世界大戦が繰り広げられております。既にそれは終焉に近づいておりまして、敗戦国・戦勝国が確定しつつあります。両者が何かの拍子に逆転することなど、もはや有り得ない状態です。そこで私は敗戦が濃厚な国、大日本帝国に皆さんが侵攻するのに十分な穴を用意しました。敗戦国であれば、もはや魔王軍の侵攻に抵抗する余力はまず無いでしょう。そんな状況にあっても、未だ敵国からの進撃の影響をさほど受けていない地域があります」
イリーナは更に水晶玉に手をかざす。
今度は日本地図が現れ、中国地方の一部の地域が拡大される。
よもやその機能が数十年後、人間界で実用化されるとは、この時はイリーナも予想していなかった。
「ここに人口およそ40万人の町があります。広島という町です。人口の割には敵国からの襲撃がさほどでもなく、皆様の初陣を飾るのにうってつけと思われます」
市内の様子が映像で映る。
「うぬ?魔界高速電鉄の連中、人間界でも商いをしているのか?」
1人の魔族高官が路面電車を見て呟いた。
無論、魔界高速電鉄ではなく、広島電鉄である。
「うむ。さすがは宮廷魔導師だ。皆の衆、この町をまずは我らの進撃の足掛かりとしようぞ!」
歓声が湧き起こる。
「出陣は1週間後とす!各自、準備を怠るな!」
[1945年8月5日15:00.魔王城・イリーナの居室 イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
「イリーナよ、大儀である」
「先生……」
「お前の計画、既に私に伝わっておる。私は止める気は無い。お前が良いと思った通りのことをするが良い」
水晶玉越しに自分の師匠と会話するイリーナ。
「でも私は……食い止めようと思えばできるんです。新型爆弾の投下を……」
「しかしそれをしてしまうと、今度は魔王軍の侵攻を許してしまうことになる。3回目の世界大戦が始まることになるな。いや、もはや世界には魔王軍とまともに戦える国があるかどうか……」
「もっと他に手があるのかもしれない。だけど、それまでのアメリカ軍の攻撃だけでは、魔王軍を防ぐことはできません。3月10日の東京攻撃並みで、ギリギリではないかと思うのです。ですがもう日本には、それだけの攻撃目標となる都市が無くなってしまいました。ポーリンからもたらされた情報。アメリカが開発し、これから使用しようとする爆弾を利用するしか無いのです」
「そう思うならそうしなさい。確かに町1つを犠牲にすることにはなるが、しかし世界は救われる」
「はい……」
イリーナは俯いた。
「イリーナよ。『顔を上げて。これからは、しっかり前を向いて生きるんだ。いいね?』」
大師匠がイリーナを弟子にして1番最初に言ったセリフだ。
「はい……」
[1945年8月6日08:15.広島県安佐郡可部町(現、広島市安佐北区可部) イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
イリーナがいた場所は爆心地から20キロほど離れた所。
ここでも戸外にいた人達は、熱傷を負わずとも、飛んできた熱風により『熱い』と感じたという。
「ごめんなさい……」
イリーナもその熱風を感じながら、市街地の方に向かって頭を垂れていた。
しかし、水晶玉が光ってポーリンから着信があった。
「イリーナ。まだ油断はできないよ!バァルのことだから、自分で他に穴を用意してると思う!」
「ええっ!?」
「そこは私がやっておくから、あんたは逃げなさい!今、あんたは魔界じゃお尋ね者よ!しばらく人間界に身を隠しておくの!」
「分かったわ。ソ連にでも逃げておく。今度はヨシフをからかってやろうかしら」
スターリンのことか?
[2014年8月6日10:00.埼玉県さいたま市中央区 ユタの家 稲生ユウタ&マリアンナ・スカーレット]
「広島の原爆により、魔界の穴は吹き飛ばされて消滅したそうだ。だけど、その穴から侵入してきた爆風とか熱風とかで、先遣隊が全滅したそうだぞ」
「それでイリーナさん、一気にお尋ね者に……」
「ポーリン師がどのようにやったかまでは知らないが、その次の長崎への原爆投下と何か関係があるのかもしれない。とにかくあの時から師匠は今のロシアに逃走して、それから実は21世紀になるまで、表の世界に出てきてない」
「そうなんですね」
「今は魔界も政権が変わって、師匠の指名手配は解除になったよ」
「イリーナさんも、大変だったんですねぇ……」
2人は空を見上げた。
今日は雲1つ無い天気。
だが、夕方はゲリラ豪雨に注意が必要とのことだそうである。