[11月22日14:00.埼玉県さいたま市大宮区 自治医大さいたま医療センター ユタの病室 稲生ユウタ、マリアンナ・スカーレット、ユタの母親]
ユタが脱講届にサインをしたことで、母親はとても喜んでいた。
「偉いわ。よく決心できたわね。じゃあ早速、これは郵送してくるからね。速達&書留で」
「えっ、そんなに……!?」
「お父さんが『なるべく早く』って言ってたからね。この病院、郵便局はあるのかしら?」
「いや、無いね」
ユタが答えると、
「じゃあ、どうせ駅まで行くし、そこから出してきましょうか」
「出してきましょうかって、土曜日にやってるの?」
「高島屋内の局なら、郵便とATMは10時から18時まで営業してるみたいです」
マリアは水晶球を見ながら言った。
「じゃあ、大丈夫ね。出してくるからね。じゃあ、またね。マリアちゃんはゆっくりしてていいからね」
「はい。ありがとうございます」
母親が出て行くと、
「本当にいいの?今回の事件は、魔道師絡みが大きい。それにユウタ君が巻き込まれただけのことだ。まさか、大師匠様が直接謝りに来られるとは思っていなかったけど……」
マリアが言った。
「どっちにしろ、僕1人の信心では力及ばずだったってことです。ここまで来たら、もうしょうがない。御本尊様が返納されていないことに誰もツッコミを入れないのは何故でしょう?」
「さあね。恐らく御両親は本尊下附のことを宗門からの貸与ではなく、譲渡という認識なのかもしれない。もし問題なら、ユウタ君の寺から指摘があるだろう」
「そうですね。ただ脱講するだけならまだしも、御本尊様に御不敬があってはいけません。そうなる前に、どうせなら返納すべきだと思うんです」
「……か、もしくは早めに回収してしまって、ユウタ君が保管しているかだな。はっきり言って、無信心だと焼却処分や可燃ゴミに出してもおかしくない」
「ええ。マリアさん、この通り僕はまだ自由に動けません。今日明日に退院できるわけでもないですし、もし良かったら……」
「分かった。妖狐のような不浄な妖怪より、まだ無宗教の私の方が不敬も小さいだろう。稲荷明神の威を笠に着るようなこともしているしな」
「そこは『していた』という過去形にしてやってください」
ユタは少し悲し気な顔をして言った。
[同日14:30.埼玉県さいたま市大宮区天沼町 マリア]
「んん?」
ユタの母親に先回りする為に、病院前からタクシーに乗ったマリア。
しかしそのタクシーが、駅まで向かう一本道の途中で渋滞にハマってしまった。
「この道、いつも混んでるんですか?」
「空いてはいないんですけど、ただ、ここまでヒドい渋滞も珍しいですよ。工事でもしてるのかな?いや、午前中通った時は何も無かったんですが……」
マリアの質問に運転手も首を捻っていた。
ようやく裏道に入り、そこから回復運転を行う。
するとタクシー搭載の無線機から、運行管理者からと思われる無線が飛んできた。
〔「……旧中山道スクランブル交差点にて事故発生中のため、付近の道路は大変混雑しています。付近の車は、十分注意して走行してください。繰り返します。……」〕
「ああ、事故があったみたいですね」
「なるほど……」
[同日15:00.さいたま市中央区 ユタの家 マリア、威吹邪甲、威波莞爾]
威吹は庭でカンジの剣の稽古をしていたが、家の前に1台のタクシーが止まったのに気づいた。
そこから降りて来たのはマリア。
「何用だ?」
「ユウタ君から頼まれ事だ。本尊を回収してほしいとな」
「本尊だと?」
「上がらせてもらう」
マリアは家の中に入った。
ユタが仏間として使用している部屋に向かう。
その間、威吹はマリアからユタがついに脱講届にサインし、母親がそれを出しに言ったことを聞いた。
「そうか。やっと、元のユタに戻ってくれるか。これでまたユタの霊力も元の強さに戻って……」
威吹は正直ホッとした気持ちだった。
「稲生さんには申し訳無いですが、彼の信仰に対する周囲の旨味はありませんでしたからね。それは魔道師達も同じはず……」
カンジが同調するように言った。
「私はどっちでもいい。ただ私の場合、神は手を差し伸べてくれなかっただけだ」
ガラッと仏間の襖を開ける。
「ん?」
入ってすぐ正面に仏壇があるのだが、その中にあるはずの御本尊が無くなっていた。
「あれ?無いぞ?」
「どこかにしまったのか?」
マリアは妖狐達を見た。
「いや、オレは知らない。こういうのに触れるのは禁忌だからな」
「オレも勝手な真似は致しません」
「では、御両親か。先を越されてしまったか」
マリアは残念そうな顔をした後で続けた。
「ユウタ君のダディに電話して聞いてみよう。電話を借りるぞ」
マリアは家の固定電話の受話器を取った。
「何でお前、御尊父殿の電話番号知ってるんだ?」
威吹は変な顔をした。
しかしカンジは、
(オレはむしろ、威吹先生がダディの意味をご存知だということに驚きだ)
と思った。
「……あ、もしもし。私、マリアンナ・スカーレットです。実はユウタ君の本尊のことで……」
{「ああ、そうだ。忘れてた。家内も先ほど書類を出しに行くところだっていうし、それも処分しておいてもらえないか?」}
「? では、お父様が持ち出したわけではないのですね?」
{「仕事が忙しくてそれどころじゃないよ。もしかしたら、家内がついでに持ってるのかもしれないな。聞いてみるといい。……あ、ゴメン。他から電話が入った。とにかく、そういうことだから、よろしく」}
「は、はい」
マリアは電話を切った。
「どうやら、お母様がお持ちのようだ」
「そうなのか」
「一応、確認してみよう。ユウタ君もだいぶ気にしていたしな」
マリアは今度はユタの母親に電話を掛けた。
「ん?あれ?電話に出ないな」
マリアは首を傾げた。
「今、郵便局にいるのかな?」
電話を切る。
「脱講届と一緒に寺に送ってるのかもしれんぞ?」
威吹が言った。
「それもまあ、ユウタ君も希望していたことだから、それならそれでいいのだが……」
マリアはそうは言ったが、どことなく胸騒ぎがしてしょうがなかった。
ユタが脱講届にサインをしたことで、母親はとても喜んでいた。
「偉いわ。よく決心できたわね。じゃあ早速、これは郵送してくるからね。速達&書留で」
「えっ、そんなに……!?」
「お父さんが『なるべく早く』って言ってたからね。この病院、郵便局はあるのかしら?」
「いや、無いね」
ユタが答えると、
「じゃあ、どうせ駅まで行くし、そこから出してきましょうか」
「出してきましょうかって、土曜日にやってるの?」
「高島屋内の局なら、郵便とATMは10時から18時まで営業してるみたいです」
マリアは水晶球を見ながら言った。
「じゃあ、大丈夫ね。出してくるからね。じゃあ、またね。マリアちゃんはゆっくりしてていいからね」
「はい。ありがとうございます」
母親が出て行くと、
「本当にいいの?今回の事件は、魔道師絡みが大きい。それにユウタ君が巻き込まれただけのことだ。まさか、大師匠様が直接謝りに来られるとは思っていなかったけど……」
マリアが言った。
「どっちにしろ、僕1人の信心では力及ばずだったってことです。ここまで来たら、もうしょうがない。御本尊様が返納されていないことに誰もツッコミを入れないのは何故でしょう?」
「さあね。恐らく御両親は本尊下附のことを宗門からの貸与ではなく、譲渡という認識なのかもしれない。もし問題なら、ユウタ君の寺から指摘があるだろう」
「そうですね。ただ脱講するだけならまだしも、御本尊様に御不敬があってはいけません。そうなる前に、どうせなら返納すべきだと思うんです」
「……か、もしくは早めに回収してしまって、ユウタ君が保管しているかだな。はっきり言って、無信心だと焼却処分や可燃ゴミに出してもおかしくない」
「ええ。マリアさん、この通り僕はまだ自由に動けません。今日明日に退院できるわけでもないですし、もし良かったら……」
「分かった。妖狐のような不浄な妖怪より、まだ無宗教の私の方が不敬も小さいだろう。稲荷明神の威を笠に着るようなこともしているしな」
「そこは『していた』という過去形にしてやってください」
ユタは少し悲し気な顔をして言った。
[同日14:30.埼玉県さいたま市大宮区天沼町 マリア]
「んん?」
ユタの母親に先回りする為に、病院前からタクシーに乗ったマリア。
しかしそのタクシーが、駅まで向かう一本道の途中で渋滞にハマってしまった。
「この道、いつも混んでるんですか?」
「空いてはいないんですけど、ただ、ここまでヒドい渋滞も珍しいですよ。工事でもしてるのかな?いや、午前中通った時は何も無かったんですが……」
マリアの質問に運転手も首を捻っていた。
ようやく裏道に入り、そこから回復運転を行う。
するとタクシー搭載の無線機から、運行管理者からと思われる無線が飛んできた。
〔「……旧中山道スクランブル交差点にて事故発生中のため、付近の道路は大変混雑しています。付近の車は、十分注意して走行してください。繰り返します。……」〕
「ああ、事故があったみたいですね」
「なるほど……」
[同日15:00.さいたま市中央区 ユタの家 マリア、威吹邪甲、威波莞爾]
威吹は庭でカンジの剣の稽古をしていたが、家の前に1台のタクシーが止まったのに気づいた。
そこから降りて来たのはマリア。
「何用だ?」
「ユウタ君から頼まれ事だ。本尊を回収してほしいとな」
「本尊だと?」
「上がらせてもらう」
マリアは家の中に入った。
ユタが仏間として使用している部屋に向かう。
その間、威吹はマリアからユタがついに脱講届にサインし、母親がそれを出しに言ったことを聞いた。
「そうか。やっと、元のユタに戻ってくれるか。これでまたユタの霊力も元の強さに戻って……」
威吹は正直ホッとした気持ちだった。
「稲生さんには申し訳無いですが、彼の信仰に対する周囲の旨味はありませんでしたからね。それは魔道師達も同じはず……」
カンジが同調するように言った。
「私はどっちでもいい。ただ私の場合、神は手を差し伸べてくれなかっただけだ」
ガラッと仏間の襖を開ける。
「ん?」
入ってすぐ正面に仏壇があるのだが、その中にあるはずの御本尊が無くなっていた。
「あれ?無いぞ?」
「どこかにしまったのか?」
マリアは妖狐達を見た。
「いや、オレは知らない。こういうのに触れるのは禁忌だからな」
「オレも勝手な真似は致しません」
「では、御両親か。先を越されてしまったか」
マリアは残念そうな顔をした後で続けた。
「ユウタ君のダディに電話して聞いてみよう。電話を借りるぞ」
マリアは家の固定電話の受話器を取った。
「何でお前、御尊父殿の電話番号知ってるんだ?」
威吹は変な顔をした。
しかしカンジは、
(オレはむしろ、威吹先生がダディの意味をご存知だということに驚きだ)
と思った。
「……あ、もしもし。私、マリアンナ・スカーレットです。実はユウタ君の本尊のことで……」
{「ああ、そうだ。忘れてた。家内も先ほど書類を出しに行くところだっていうし、それも処分しておいてもらえないか?」}
「? では、お父様が持ち出したわけではないのですね?」
{「仕事が忙しくてそれどころじゃないよ。もしかしたら、家内がついでに持ってるのかもしれないな。聞いてみるといい。……あ、ゴメン。他から電話が入った。とにかく、そういうことだから、よろしく」}
「は、はい」
マリアは電話を切った。
「どうやら、お母様がお持ちのようだ」
「そうなのか」
「一応、確認してみよう。ユウタ君もだいぶ気にしていたしな」
マリアは今度はユタの母親に電話を掛けた。
「ん?あれ?電話に出ないな」
マリアは首を傾げた。
「今、郵便局にいるのかな?」
電話を切る。
「脱講届と一緒に寺に送ってるのかもしれんぞ?」
威吹が言った。
「それもまあ、ユウタ君も希望していたことだから、それならそれでいいのだが……」
マリアはそうは言ったが、どことなく胸騒ぎがしてしょうがなかった。