[6月23日09:00.天候:晴 東京都墨田区 敷島エージェンシー 敷島孝夫]
「あ、社長。おはようございます」
「おはよう。しばらく留守にしていて悪かったな」
「いいえ」
敷島が出勤すると、事務机にいた一海がやってきた。
すぐに自分の机に向かうとPCを立ち上げ、メールを確認する。
「あったあった」
平賀からのメール。
『……来る7月18日よりの3連休ですが、仙台市内のパビリオン施設において、マルチタイプであるエミリーとシンディの展示以来が入りました。自分としてはマルチタイプのイメージ向上の為にも、この話を受けるべきと考えております。敷島さんの御都合でよろしいので、何卒ご検討願えませんでしょうか?よろしくお願い致します。……』
以前、仙台市内の別のイベント施設で行われた展示会で、エミリー達に注目が集まっていた。
それに絡むものだろうとのこと。
主催者側には、かつて日本アンドロイド研究開発財団の元幹部が含まれており、敷島はこの辺りが企画したものだろうと思った。
(ついでにMEGAbyteもゲリラ出演させるか……)
敷島はネットで会場の公式サイトを見たが……。
「あー……イベント施設ではなく、本当に科学について常設展示している所かぁ……。ボカロの“特別展示”は不釣合いかなぁ……」
敷島が首を傾げて思案していると、社長室のドアがノックされた。
「はい?」
「失礼します」
「おお、井辺君」
「おはようございます。昨日はお疲れさまでした」
「いやいや。結局、休んじゃって悪かったな」
「いいえ。こちらも、MEGAbyteのプロデュースは予定通りに進んでおります」
「そうか。ところでさ、ちょっとした企画を考えているんだけど……」
「何でしょう?」
「仙台市内の科学展示施設で、夏休み特別イベントなんだか、エミリーとシンディを展示したいって話が来てさ。展示費用も支払われる」
敷島はPCの画面を井辺に見せた。
「安くても1機50億円の値が付いているマルチタイプの特別展示にしては、安い金額ですね」
「だろぉ?まだボカロにライブさせた方が儲かるよ、こっちとしては」
「では、断る方向で?」
「いや、それが、平賀先生たってのお願いなんだ。今までの付き合いもあるから、そう無碍に断りにくくてねぇ……。そこで、黒字にする為に、ボカロの“特別展示”でもして、展示費用を吊り上げてやろうかと思ってるんだが、どうもこの施設の構造上、ライブなんてムリっぽいな……」
「台原森林公園に野外音楽堂がありますが、そちらなんかどうでしょう?」
「! そこなら会場も近いし、エミリー達との関連性を持たせたPRができるな!冴えてる!井辺君!」
「恐れ入ります」
敷島は早速、段取りを始めた。
(あれ?俺、会社に来て何かすることあったと思ってたけど、何だったっけ???)
急に忙しくなったため、すっかり忘れていた敷島だった。
[同日時刻不明 場所不明 KR団本部? 十条伝助&レイチェル]
「失礼します」
レイチェルが部屋に入る。
部屋は畳敷きで、そこには1人の老人が座っていた。
「その声はレイチェルじゃな?」
「はっ」
「くるしゅうない。楽にするが良い」
「失礼します」
レイチェルに声を掛けたのは老人。
その先には、立派な仏壇が供えられていた。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
老人が御題目を唱えると、御厨子の扉が自動で閉扉した。
閉扉すると、老人はその御厨子に向かって深々と頭を下げる。
「……不思議に思うかね?人間の、この行動を……」
老人……いや、十条伝助は自嘲気味に笑いながら、後ろに正座して控えるレイチェルに言った。
「不思議でなりません。しかし、私達にとっての神様は、人間ですから」
「その人間が、更に両手を合わせて拝むわけじゃよ。して、報告を聞こうか?」
「昨日、十条達夫博士に送り込んだバージョン4.0の小隊ですが、見事に全滅してしまいました」
「なにっ?」
「運悪く、姉のシンディや敷島夫妻がいたもので……」
「やはり、お前が行かんとダメのようじゃな。あいにくと、アンドロイドのお前に仏様を拝むことなどできんが、いつまでも謗法でいる弟に仏罰を下してこい」
「……かしこまりました。……私には、不思議でなりません。どうして、同じ物を拝んでいるのに、違うと称して仲違いするのでしょうか?」
「ふふふふ……。それこそ、アンドロイドのお前には全く理解のできぬことじゃよ。お前は黙ってワシの命に従い、達夫から日寛上人の御本尊を取り戻して参れ」
「……その指令に対して、何か条件はありますか?」
レイチェルが必ず聞いていることである。
いつもなら、『方法は全てお前に任せる』であった。
それが何故か、
「もし達夫が抵抗するようなことがあったら、殺しても構わん」
「……え?」
「認識できなかったか?殺しても構わんと言ったのだ」
「あの……達夫博士は伝助博士の……」
「ああ。弟だが、いつまでも功徳無き信仰を続け、兄の折伏に断じて応じぬ愚弟など、もう堕獄で良い。お前が代わりに、地獄界に落としてやりなさい」
「…………」
「んー?どうした?音声認識の調子が悪いのか?分かったら、返事はどうした?」
「……かしこまりました」
「ん。では、下がって良いぞ」
「失礼します……」
レイチェルは一礼して、仏間を後にした。
(確かに……何か調子がおかしい……。直してもらう?でも……。自己診断で、異常が無い……)
レイチェルは3号機のシンディの顔を思い浮かべた。
(あんなに冷たくて、でも笑いながら人間達を殺していたシンディ姉さんが、あそこまで変わるなんて……。私は……)
マルチタイプ7姉弟の中で1番多弁で、ムードメーカーだったというイメージがある。
ムードメーカーという役割は、今でも変わらないようだが……。
[同日12:00.敷島エージェンシー・社長室 敷島&シンディ]
シンディは敷島からエミリーと共に“特別展示”の話を聞いた。
「何か芸でもやる?」
シンディは笑って聞いた。
シンディは引き受ける気満々のようだ。
最愛の姉と再会できて、一緒に仕事ができる喜びなのだろうか。
「あー、そうだな……。エミリーがピアノを弾いて、お前がフルート吹けるんだもんな?」
「木管楽器なら全部OKよ」
つまり、笛系だ。
「前期型は金管楽器だったんだけどね、誰か設定変えた?」
と、シンディが聞いた。
「いや。そこら辺は誰もイジってないと思うぞ?前からお前、その後期タイプで笛吹いてたじゃないか」
「まあ、そうだけどね」
「で、ボカロ連れて来て、歌でも歌わせるか……。あ、いや、それだとボカロがメインになってしまうか。あくまでも、メインはマルチタイプだから」
「未夢に歌ってもらう?」
「今の未夢はボーカロイドなんだから、やっぱダメだよ」
「レイチェルなら歌う担当だったのにね」
「マルチタイプなのに、歌が歌えるのか?」
「ボーカロイドと比べると音痴でね。“歩く女ジャイアン”だよ」
「な、なるほど。分かりやすい例えだ。まあ、お前とエミリーで、ピアノとフルートの二重奏でもやってもらうってミニ企画は考えておこう」
「あくまでも、“特別展示”の一環なんだからね。デビューなんてのは用途外だよ」
「分かってるって。……実に勿体ない」
と、敷島は残念そうな顔をした。
「あ、社長。おはようございます」
「おはよう。しばらく留守にしていて悪かったな」
「いいえ」
敷島が出勤すると、事務机にいた一海がやってきた。
すぐに自分の机に向かうとPCを立ち上げ、メールを確認する。
「あったあった」
平賀からのメール。
『……来る7月18日よりの3連休ですが、仙台市内のパビリオン施設において、マルチタイプであるエミリーとシンディの展示以来が入りました。自分としてはマルチタイプのイメージ向上の為にも、この話を受けるべきと考えております。敷島さんの御都合でよろしいので、何卒ご検討願えませんでしょうか?よろしくお願い致します。……』
以前、仙台市内の別のイベント施設で行われた展示会で、エミリー達に注目が集まっていた。
それに絡むものだろうとのこと。
主催者側には、かつて日本アンドロイド研究開発財団の元幹部が含まれており、敷島はこの辺りが企画したものだろうと思った。
(ついでにMEGAbyteもゲリラ出演させるか……)
敷島はネットで会場の公式サイトを見たが……。
「あー……イベント施設ではなく、本当に科学について常設展示している所かぁ……。ボカロの“特別展示”は不釣合いかなぁ……」
敷島が首を傾げて思案していると、社長室のドアがノックされた。
「はい?」
「失礼します」
「おお、井辺君」
「おはようございます。昨日はお疲れさまでした」
「いやいや。結局、休んじゃって悪かったな」
「いいえ。こちらも、MEGAbyteのプロデュースは予定通りに進んでおります」
「そうか。ところでさ、ちょっとした企画を考えているんだけど……」
「何でしょう?」
「仙台市内の科学展示施設で、夏休み特別イベントなんだか、エミリーとシンディを展示したいって話が来てさ。展示費用も支払われる」
敷島はPCの画面を井辺に見せた。
「安くても1機50億円の値が付いているマルチタイプの特別展示にしては、安い金額ですね」
「だろぉ?まだボカロにライブさせた方が儲かるよ、こっちとしては」
「では、断る方向で?」
「いや、それが、平賀先生たってのお願いなんだ。今までの付き合いもあるから、そう無碍に断りにくくてねぇ……。そこで、黒字にする為に、ボカロの“特別展示”でもして、展示費用を吊り上げてやろうかと思ってるんだが、どうもこの施設の構造上、ライブなんてムリっぽいな……」
「台原森林公園に野外音楽堂がありますが、そちらなんかどうでしょう?」
「! そこなら会場も近いし、エミリー達との関連性を持たせたPRができるな!冴えてる!井辺君!」
「恐れ入ります」
敷島は早速、段取りを始めた。
(あれ?俺、会社に来て何かすることあったと思ってたけど、何だったっけ???)
急に忙しくなったため、すっかり忘れていた敷島だった。
[同日時刻不明 場所不明 KR団本部? 十条伝助&レイチェル]
「失礼します」
レイチェルが部屋に入る。
部屋は畳敷きで、そこには1人の老人が座っていた。
「その声はレイチェルじゃな?」
「はっ」
「くるしゅうない。楽にするが良い」
「失礼します」
レイチェルに声を掛けたのは老人。
その先には、立派な仏壇が供えられていた。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
老人が御題目を唱えると、御厨子の扉が自動で閉扉した。
閉扉すると、老人はその御厨子に向かって深々と頭を下げる。
「……不思議に思うかね?人間の、この行動を……」
老人……いや、十条伝助は自嘲気味に笑いながら、後ろに正座して控えるレイチェルに言った。
「不思議でなりません。しかし、私達にとっての神様は、人間ですから」
「その人間が、更に両手を合わせて拝むわけじゃよ。して、報告を聞こうか?」
「昨日、十条達夫博士に送り込んだバージョン4.0の小隊ですが、見事に全滅してしまいました」
「なにっ?」
「運悪く、姉のシンディや敷島夫妻がいたもので……」
「やはり、お前が行かんとダメのようじゃな。あいにくと、アンドロイドのお前に仏様を拝むことなどできんが、いつまでも謗法でいる弟に仏罰を下してこい」
「……かしこまりました。……私には、不思議でなりません。どうして、同じ物を拝んでいるのに、違うと称して仲違いするのでしょうか?」
「ふふふふ……。それこそ、アンドロイドのお前には全く理解のできぬことじゃよ。お前は黙ってワシの命に従い、達夫から日寛上人の御本尊を取り戻して参れ」
「……その指令に対して、何か条件はありますか?」
レイチェルが必ず聞いていることである。
いつもなら、『方法は全てお前に任せる』であった。
それが何故か、
「もし達夫が抵抗するようなことがあったら、殺しても構わん」
「……え?」
「認識できなかったか?殺しても構わんと言ったのだ」
「あの……達夫博士は伝助博士の……」
「ああ。弟だが、いつまでも功徳無き信仰を続け、兄の折伏に断じて応じぬ愚弟など、もう堕獄で良い。お前が代わりに、地獄界に落としてやりなさい」
「…………」
「んー?どうした?音声認識の調子が悪いのか?分かったら、返事はどうした?」
「……かしこまりました」
「ん。では、下がって良いぞ」
「失礼します……」
レイチェルは一礼して、仏間を後にした。
(確かに……何か調子がおかしい……。直してもらう?でも……。自己診断で、異常が無い……)
レイチェルは3号機のシンディの顔を思い浮かべた。
(あんなに冷たくて、でも笑いながら人間達を殺していたシンディ姉さんが、あそこまで変わるなんて……。私は……)
マルチタイプ7姉弟の中で1番多弁で、ムードメーカーだったというイメージがある。
ムードメーカーという役割は、今でも変わらないようだが……。
[同日12:00.敷島エージェンシー・社長室 敷島&シンディ]
シンディは敷島からエミリーと共に“特別展示”の話を聞いた。
「何か芸でもやる?」
シンディは笑って聞いた。
シンディは引き受ける気満々のようだ。
最愛の姉と再会できて、一緒に仕事ができる喜びなのだろうか。
「あー、そうだな……。エミリーがピアノを弾いて、お前がフルート吹けるんだもんな?」
「木管楽器なら全部OKよ」
つまり、笛系だ。
「前期型は金管楽器だったんだけどね、誰か設定変えた?」
と、シンディが聞いた。
「いや。そこら辺は誰もイジってないと思うぞ?前からお前、その後期タイプで笛吹いてたじゃないか」
「まあ、そうだけどね」
「で、ボカロ連れて来て、歌でも歌わせるか……。あ、いや、それだとボカロがメインになってしまうか。あくまでも、メインはマルチタイプだから」
「未夢に歌ってもらう?」
「今の未夢はボーカロイドなんだから、やっぱダメだよ」
「レイチェルなら歌う担当だったのにね」
「マルチタイプなのに、歌が歌えるのか?」
「ボーカロイドと比べると音痴でね。“歩く女ジャイアン”だよ」
「な、なるほど。分かりやすい例えだ。まあ、お前とエミリーで、ピアノとフルートの二重奏でもやってもらうってミニ企画は考えておこう」
「あくまでも、“特別展示”の一環なんだからね。デビューなんてのは用途外だよ」
「分かってるって。……実に勿体ない」
と、敷島は残念そうな顔をした。