[6月30日10:00.天候:雨 敷島エージェンシー 敷島孝夫&井辺翔太]
「……それでは7月の仙台でのイベントですが、18日は鏡音リンさんとレン君、19日はKAITOさん、20日は巡音ルカさんでスケジュールを取りました」
小さな社長室で、敷島は井辺からの報告を受けていた。
「トップスターのミクが行けないのがツラいところだな」
「初音さんは都内での仕事が忙しいので」
「MEGAbyteの3人もか?」
「はい。その初音さんのバックダンサーを務めたり、都内やその近郊のライブハウスを回ったりと、それなりに首都圏からは出られない状態です」
「まあ、それはいいことだけどな。ベテランが地方で、新人が首都圏ってのも複雑だなー」
「他のボーカロイドの皆さんは南里研究所時代からの活動ですから、地方でも多く受け入れられていると思います。しかしながら、MEGAbyteは都内がスタートですから、逆に地方に行ってもウケないと思います。現段階では」
「まあ、それもそうだな」
MEGAbyteが全国で活動できるようになるには、それこそ全国ネットのテレビとかに出ないとダメだろう。
あいにくと、まだそこまでは行っていない。
「MEGAbyteの方はキミに任せてるからな、リン達は俺が見ておくよ」
「了解しました。マルチタイプに直接命令できるのも、社長だけですからね」
「……そのことなんだが」
「はい?」
「井辺君、前にレイチェルの特徴を言い当てたことがあったよな?」
「何故か頭に浮かんだのです。それを言ったら当たりましたね」
「当たり過ぎているよ。まるで会ったことがあるかのように」
「実は大学時代、私はアメリカを旅行していたことがありまして……」
「それは知ってる。キミの英語力はそれによるものだろ?」
「その時、現地の女性と知り合いまして、それが7号機のレイチェルによく似ていたものですから」
「名前は?」
「レイチェルです」
「……本人じゃないのか?」
「レイチェルという名前は、アメリカでは割とよくある名前ですから」
「そうか?シンディの方が多いと思うぞ」
ガチャッと社長室のドアが開けられる。
「呼んだ?」
と、シンディ。
「呼んでねーよ」
「あ、そう」
バタンとドアが閉められる。
「アリスはもっと多い」
「むしろイギリス人の名前では?」
「イギリス人だと『アリッサ』とかにならないか?」
「いや、そういうわけもないと思いますけど」
「“クロックタワー3”の主人公はアリッサという名前だぞ?」
「いえ、ですから、それは……」
その時、敷島のケータイが鳴った。
相手はアリスだ。
{「あー、もしもし。アタシだけど?」}
「何だ?またトニーが熱でも出したのか?」
{「会社でアタシの噂してるでしょ?」}
「アホか!そんなんでいちいち電話すんな!」
敷島が電話を切る。
「この社長室、盗聴器仕掛けられてないか?」
「ええっ!?」
[同日10:30.敷島エージェンシー・事務室 井辺翔太]
「うーむ……」
井辺は自分のPCに保存されている7号機のレイチェルの画像を見ていた。
「確かに、よく似てるけどなぁ……」
「アタシ達、マルチタイプはスパイとしても潜入できるように作られたからねぇ……」
「わっ、シンディさん!」
井辺のすぐ横で顔を覗かせるシンディ。
「やほー!社長、何だって?」
「コホン。シンディさん達、マルチタイプの特別展示については、着々と準備が進んでいるとのことです」
「そう。ボーカロイドのスケジュールは?」
「日替わりで初日は鏡音さん姉弟、中日はKAITOさん、最終日は巡音ルカさんです」
「何か、微妙なメンバーだねぃ……」
「ミクさんは都内の仕事で精一杯なんです。MEIKOさんは、大阪でテレビ出演とCMの撮影があります」
「中日は女性ファンが殺到しそう。初日は……ま、ロリファンとショタファンが来るかしらね」
「あくまでメインはシンディさん達の特別展示会であって、ボーカロイドのミニライブはサブですからね」
「でも、そっちの方が儲かるでしょう?」
「社長の肝煎りですから」
「アリス博士は来るの?」
「御子息の面倒を見ないといけないのと、委託されているメイドロボットやセキュリティロボットの整備でお忙しいそうです。マルチタイプの現地での整備は、平賀教授が一手に引き受けるそうです」
「ふーん……。ねえ?8号機のアルエットは?」
「は?」
「マルチタイプの特別展示会でしょう?アタシより新型のアルエットも、お披露目してあげましょうよ」
「……と、私に申されても……」
「ちょっと社長に頼んでみてこよう」
シンディは再び社長室に向かった。
シンディが立ち去ると、井辺はまたPCの画面に映るレイチェルを見た。
「……気のせいかな」
そして、首を傾げて画面を消したのだった。
[同日11:00.敷島エージェンシー・社長室 敷島孝夫]
{「はい、十条です」}
「おー、その声はアルエットか。敷島孝夫だけど、覚えてるかな?」
{「はい、敷島社長!」}
「おー、ありがたい。ちゃんとメモリーに保存していてくれたか。達夫博士に用があるんだけど、替わってくれるかな?」
{「博士ねー、今“御経”の時間なんですって」}
「オキョー?何だそれ?“お灸”じゃなくて?」
{「今、十如是の所を読んでる」}
「……何だかよく分からんが、今は電話に出られないってことだな?いつになったら出れそう?」
{「多分、30分くらいだと思います」}
「そうか。そんじゃまあ、昼前にもう1度掛けてみるよ。……ああ。で、達夫博士は普段何やってるの?」
{「わたし以外のロボットを作ってます」}
「執事ロボットかな?」
{「バージョン4.0です」}
「……アルエット、暴走老人を止められるのはキミだけだ!」
{「はい?」}
「バージョン4.0を作って何する気だ!?」
{「KR団からの攻撃を防御する、護衛ロボット達だと言ってました」}
「んん?防衛の為か?それなら……いい……のか?」
{「わたしが指揮していいそうです」}
「ああ。まあ、マルチタイプはロボット達の中でも特権階級だからな、バージョン達を使役する権限があるはずだ。……とにかく、その御経とやらが終わったら、俺から電話があったって伝えてくれ。で、昼前にまた電話するって。……ああ。それじゃまた」
敷島は電話を切った。
「伝助爺さんといい、達夫の爺さんといい、最近の年寄りはやることが分からんなー」
敷島は首を傾げたのだった。
「……それでは7月の仙台でのイベントですが、18日は鏡音リンさんとレン君、19日はKAITOさん、20日は巡音ルカさんでスケジュールを取りました」
小さな社長室で、敷島は井辺からの報告を受けていた。
「トップスターのミクが行けないのがツラいところだな」
「初音さんは都内での仕事が忙しいので」
「MEGAbyteの3人もか?」
「はい。その初音さんのバックダンサーを務めたり、都内やその近郊のライブハウスを回ったりと、それなりに首都圏からは出られない状態です」
「まあ、それはいいことだけどな。ベテランが地方で、新人が首都圏ってのも複雑だなー」
「他のボーカロイドの皆さんは南里研究所時代からの活動ですから、地方でも多く受け入れられていると思います。しかしながら、MEGAbyteは都内がスタートですから、逆に地方に行ってもウケないと思います。現段階では」
「まあ、それもそうだな」
MEGAbyteが全国で活動できるようになるには、それこそ全国ネットのテレビとかに出ないとダメだろう。
あいにくと、まだそこまでは行っていない。
「MEGAbyteの方はキミに任せてるからな、リン達は俺が見ておくよ」
「了解しました。マルチタイプに直接命令できるのも、社長だけですからね」
「……そのことなんだが」
「はい?」
「井辺君、前にレイチェルの特徴を言い当てたことがあったよな?」
「何故か頭に浮かんだのです。それを言ったら当たりましたね」
「当たり過ぎているよ。まるで会ったことがあるかのように」
「実は大学時代、私はアメリカを旅行していたことがありまして……」
「それは知ってる。キミの英語力はそれによるものだろ?」
「その時、現地の女性と知り合いまして、それが7号機のレイチェルによく似ていたものですから」
「名前は?」
「レイチェルです」
「……本人じゃないのか?」
「レイチェルという名前は、アメリカでは割とよくある名前ですから」
「そうか?シンディの方が多いと思うぞ」
ガチャッと社長室のドアが開けられる。
「呼んだ?」
と、シンディ。
「呼んでねーよ」
「あ、そう」
バタンとドアが閉められる。
「アリスはもっと多い」
「むしろイギリス人の名前では?」
「イギリス人だと『アリッサ』とかにならないか?」
「いや、そういうわけもないと思いますけど」
「“クロックタワー3”の主人公はアリッサという名前だぞ?」
「いえ、ですから、それは……」
その時、敷島のケータイが鳴った。
相手はアリスだ。
{「あー、もしもし。アタシだけど?」}
「何だ?またトニーが熱でも出したのか?」
{「会社でアタシの噂してるでしょ?」}
「アホか!そんなんでいちいち電話すんな!」
敷島が電話を切る。
「この社長室、盗聴器仕掛けられてないか?」
「ええっ!?」
[同日10:30.敷島エージェンシー・事務室 井辺翔太]
「うーむ……」
井辺は自分のPCに保存されている7号機のレイチェルの画像を見ていた。
「確かに、よく似てるけどなぁ……」
「アタシ達、マルチタイプはスパイとしても潜入できるように作られたからねぇ……」
「わっ、シンディさん!」
井辺のすぐ横で顔を覗かせるシンディ。
「やほー!社長、何だって?」
「コホン。シンディさん達、マルチタイプの特別展示については、着々と準備が進んでいるとのことです」
「そう。ボーカロイドのスケジュールは?」
「日替わりで初日は鏡音さん姉弟、中日はKAITOさん、最終日は巡音ルカさんです」
「何か、微妙なメンバーだねぃ……」
「ミクさんは都内の仕事で精一杯なんです。MEIKOさんは、大阪でテレビ出演とCMの撮影があります」
「中日は女性ファンが殺到しそう。初日は……ま、ロリファンとショタファンが来るかしらね」
「あくまでメインはシンディさん達の特別展示会であって、ボーカロイドのミニライブはサブですからね」
「でも、そっちの方が儲かるでしょう?」
「社長の肝煎りですから」
「アリス博士は来るの?」
「御子息の面倒を見ないといけないのと、委託されているメイドロボットやセキュリティロボットの整備でお忙しいそうです。マルチタイプの現地での整備は、平賀教授が一手に引き受けるそうです」
「ふーん……。ねえ?8号機のアルエットは?」
「は?」
「マルチタイプの特別展示会でしょう?アタシより新型のアルエットも、お披露目してあげましょうよ」
「……と、私に申されても……」
「ちょっと社長に頼んでみてこよう」
シンディは再び社長室に向かった。
シンディが立ち去ると、井辺はまたPCの画面に映るレイチェルを見た。
「……気のせいかな」
そして、首を傾げて画面を消したのだった。
[同日11:00.敷島エージェンシー・社長室 敷島孝夫]
{「はい、十条です」}
「おー、その声はアルエットか。敷島孝夫だけど、覚えてるかな?」
{「はい、敷島社長!」}
「おー、ありがたい。ちゃんとメモリーに保存していてくれたか。達夫博士に用があるんだけど、替わってくれるかな?」
{「博士ねー、今“御経”の時間なんですって」}
「オキョー?何だそれ?“お灸”じゃなくて?」
{「今、十如是の所を読んでる」}
「……何だかよく分からんが、今は電話に出られないってことだな?いつになったら出れそう?」
{「多分、30分くらいだと思います」}
「そうか。そんじゃまあ、昼前にもう1度掛けてみるよ。……ああ。で、達夫博士は普段何やってるの?」
{「わたし以外のロボットを作ってます」}
「執事ロボットかな?」
{「バージョン4.0です」}
「……アルエット、暴走老人を止められるのはキミだけだ!」
{「はい?」}
「バージョン4.0を作って何する気だ!?」
{「KR団からの攻撃を防御する、護衛ロボット達だと言ってました」}
「んん?防衛の為か?それなら……いい……のか?」
{「わたしが指揮していいそうです」}
「ああ。まあ、マルチタイプはロボット達の中でも特権階級だからな、バージョン達を使役する権限があるはずだ。……とにかく、その御経とやらが終わったら、俺から電話があったって伝えてくれ。で、昼前にまた電話するって。……ああ。それじゃまた」
敷島は電話を切った。
「伝助爺さんといい、達夫の爺さんといい、最近の年寄りはやることが分からんなー」
敷島は首を傾げたのだった。