[4月3日13:30.天候:晴 埼玉県さいたま市西区・ロボット未来科学館]
科学館正面エントランス前にあるロータリー。
その片隅にバス停が設置されていて、そこに1台の路線バスが到着した。
バス車内は立ち席客が出るほどの賑わいだったが、多くの乗客がグライドスライドドアの前扉から降りてくる。
その中に、平賀一家やエミリーの姿があった。
「バスの乗客数だけ見れば、かなりの賑わいだな」
平賀はバス停からエントランスまで歩くまでの間に、そんなことを言った。
「そうねぇ……」
「どれ、入場券買ってくるか」
平賀達は受付に並んだ。
エミリーは今回、“展示物”ではない。
今回は平賀家の護衛並びに子供達の世話役であった。
「あれ?どうしたんです、平賀先生?今日はディズニーランドで1日お楽しみのはずじゃ?」
展示室エリアに入ると、入館証の札をぶら下げた敷島がやってきた。
「いやあ、チビ達がここがいいっていうもんで……」
「しんでぃはー!?しんでぃいないの!?」
「空飛びたいー!」
「シンディ、人気だな。てか、空ならエミリーも飛べるぞ?」
すると平賀が、
「あー、すいません。エミリーは軽量化の為、超小型とはいえジェットエンジンは取り外しました。代わりにブースターは取り付けているんですが……」
「そうなんですか」
「何だかんだ言って、ジェットエンジンが1番重いですからね」
「シンディも取り外してもらおうかなぁ……。あいつもブースターだけで事足りるような気がする」
「アリスは何と?」
「対テロ用に必要だと言って聞かないんです」
「……自分ら日本人が平和ボケなだけなんですかねぇ……」
「まあまあ。いつでも必要な時には取り付け出来るようにしておいた方がいいかも、ですね」
「……ですね」
「ねー!しんでぃは!?」
「あー、ハイハイ。御指名だね?今、呼んで来るから」
陽気で多弁なシンディの方が、子供達にはウケるのだろうか。
子供達の相手はシンディに任せ、敷島達は2階のカフェテラスに移動する。
「今ならオイル交換無料ですぅ!」
「ならば・頼もう。因みに・私は・エネオスの・サスティナしか・飲まない。分かってる・な?」
「は、はい!しょ、少々お待ちください!」
メイドロイドの天然ボケに、マジレスで対応するエミリーだった。
九海は慌てて厨房へ走る。
「エミリー。お前も厳しいな」
敷島は平賀夫妻の後ろに控えるエミリーに苦笑いした。
「九海が・オイル交換・するというので・乗った・までです」
エミリーは何食わぬ顔で答えた。
奈津子も苦笑いして、
「エミリー、そうそう都合良くそんなものがあるはずがないと知っててそんなこと言うのは、嫌がらせとかイジメとか言うのよ?」
「イエス……。ですが・私は……」
「ああ、いや、いいや。何かもう来たみたいだし」
九海はトレイに乗せた飲み物を持って来た。
「ブレンドコーヒーのお客様?」
「あー、俺だ」
敷島が手を挙げる。
「自分も」
九海は敷島と平賀の前にホットのブレンドコーヒーを置いた。
「あと、ホットのレモンティーでございます」
「ありがとう」
奈津子の前には紅茶。
そして……。
「エネオスのサスティナでございます!」
テーブルの上に、グラスに入ったオイルが乗せられた。
「本当・だな?」
エミリーは冷たい目でメイドロイドを見据えた。
「も、もちろんですとも!」
「違ったら・壊すぞ?」
エミリーは険しい顔をして、グラスに入ったエンジンオイルを口に運んだ。
尚、本来オイル交換は整備の時に行うもので、経口摂取はほとんどしないのだが。
因みにオイルは、自動車のエンジンオイルと共用できるようになっている。
「エミリー、どうだ?」
「多分違うと思うけど、許してあげてよね?」
「いや、奈津子先生。それは多分難しいと思うので、今のうちに警備室に連絡して、館内の人達を避難させる準備の方が……」
「……エネオスの・サスティナです」
エミリーは険しい表情から一転、残念そうな表情をした。
「おおっ!あったのか、本当に!?」
「ふー、セーフ!」
「ラッキーだったわね」
「本当に・用意するとは。なかなか・やるな」
この時、エミリーは残念そうな表情から、微笑に変わっていた。
「はい!ご主人様並びにお客様のご要望にお応えするのが、メイドの役目です!」
「合格・だ。右手を・出しなさい」
「は、はい!?」
九海は右手を出した。
ロイドの掌、多くは右側だが、そこにはレンズがある。
触感の為のセンサーが取り付けられていたりするようだが、もう1つの役割がある。
それは赤外線通信。
エミリーも白い手袋を外して、九海の右手を握った。
「こ、これは……!?」
九海のメモリーに、エミリーのデータが入って来る。
「私からの・“名刺”だ。何か・あったら・私に・連絡しなさい」
「は、はい!ありがとうございます!」
敷島も笑みを浮かべて、
「良かったな。ロイドの女帝たるマルチタイプにコネがあれば、もうロボットの世界では怖い物ナシだぞ?」
妹のシンディをして、『気難しい』エミリーに気に入られた者への役得だろう。
[同日15:00.天候:晴 同場所カフェテラス]
今度は平賀未来と海斗の幼い姉弟を連れてやってくるシンディ。
「いらっしゃぃませー!あっ、シンディ様!」
「よっ。あの気難しいエミリー姉さんに気に入られたんだって?凄いね」
「お、おかげさまで……」
「ああ、アタシは姉さんと違って気難しくないから、硬くなることないよ。それより、このコ達にジュースを出してあげて」
「は、はい!何に致しましょう」
「オレンジジュース!」
「クリームソーダ!」
「かしこまりました!」
九海は注文を取った後で、ついいつものセリフを言ってしまった。
「今ならオイルをお付けしまーす!……あ!」
「ほう……?」
シンディの目がキラッと光った。
「じゃあ、アタシにもオイルを持って来てもらおうかしら?」
「か、かしこまりました。エミリー様と同じく、エネオスの……」
「はあ?何言ってるの?アタシが姉さんと同じオイルを使うわけがないでしょお?」
「で、ですが、シンディ様とエミリー様は同型機で……」
「だからって同じオイルを使うとは限らないの。車だってそうでしょう?……アタシはね、今、シェル・ヒリックスがマイブームなの。持ってきてくれるわよね?」
シンディ、更に両目をギラッと光らせた。
「かか、か、かしこまりましたーっ!」
九海、急いで厨房に取って返した。
「しぇる・ひりっくすって?」
「んーとねー、確かパパの車が、そういうオイル使ってたよー」
「あら?ドクター平賀の電気自動車はそれを使ってますのね?あれは電気系統にも優しいので、アタシも大好きなんですよー」
「ここ、がそりんすたんどじゃないよー?あるのー?」
「さあ……どうでしょうか。ま、持ってこれなかった場合はお嬢様方に最高のスリルを楽しんで頂きますわー?……スクラップという名のアトラクションでございますよ」
シンディもまた姉譲りのドSな顔を浮かべた。
「しんでぃ、何かこわいよ?」
「お、お待たせしましたー!オレンジジュースとクリームソーダでございますー!」
「ああ、ここに置いて」
「それと……シェル・ヒリックスでございます」
「へえ……。見た目はちゃんとグラスに入れて、それなりの色合いだけどね。アタシの“舌”は誤魔化せないよ?」
「ど、どうぞ、お試しください」
「しんでぃ、ぼくにもちょうだい!」
「ああっ、およしになって!これはロイド専用でございますのよ」
シンディは海斗から手の届かない位置にグラスを取った。
そして、早速それを口に運ぶ。
それを、どこで覚えたか、未来が、
「いっき!いっき!いっき!」
と、一気飲みのコールをした。
……もんだから、シンディは本当に一気飲みした。
「む!これは……モノホンのシェル・ヒリックス……だね」
「はい!」
「よく、用意できたね」
「いかがでしたでしょうか?」
「ま……非の付け所は無い……かな」
シンディは右手に嵌めている、黒い革手袋を取った。
「右手を出して。アタシからも、あなたにあげるわ」
「ありがとうございます。マルチタイプ様2機から“お慈悲”を頂けて、大変光栄です」
「うんうん。頑張ってー」
「では、ごゆっくり」
「お嬢様方もゆっくり飲んでくださいね」
カフェテラス内では大きなテレビモニタがあって、そこではデイライト・コーポレーションの研究・開発の成果のPR動画を流していた。
何でもアメリカ本社の研究所では、マルチタイプに準ずるロイドの製造に成功したらしいとのことだ。
早速、アメリカ国内のテロ組織や犯罪組織の撲滅に一役買っているという。
(アタシ達の研究データが、ああいう所で役に立ってるなんて、何だか信じられないね)
シンディはその動画を見ながらそう思った。
敷島達が話題にしていないところを見るに、まだ対岸の火事程度にも思っていないのだろう。
しかし、火事と言うのは、油断すればすぐ思わぬ所に飛び火するものである。
科学館正面エントランス前にあるロータリー。
その片隅にバス停が設置されていて、そこに1台の路線バスが到着した。
バス車内は立ち席客が出るほどの賑わいだったが、多くの乗客がグライドスライドドアの前扉から降りてくる。
その中に、平賀一家やエミリーの姿があった。
「バスの乗客数だけ見れば、かなりの賑わいだな」
平賀はバス停からエントランスまで歩くまでの間に、そんなことを言った。
「そうねぇ……」
「どれ、入場券買ってくるか」
平賀達は受付に並んだ。
エミリーは今回、“展示物”ではない。
今回は平賀家の護衛並びに子供達の世話役であった。
「あれ?どうしたんです、平賀先生?今日はディズニーランドで1日お楽しみのはずじゃ?」
展示室エリアに入ると、入館証の札をぶら下げた敷島がやってきた。
「いやあ、チビ達がここがいいっていうもんで……」
「しんでぃはー!?しんでぃいないの!?」
「空飛びたいー!」
「シンディ、人気だな。てか、空ならエミリーも飛べるぞ?」
すると平賀が、
「あー、すいません。エミリーは軽量化の為、超小型とはいえジェットエンジンは取り外しました。代わりにブースターは取り付けているんですが……」
「そうなんですか」
「何だかんだ言って、ジェットエンジンが1番重いですからね」
「シンディも取り外してもらおうかなぁ……。あいつもブースターだけで事足りるような気がする」
「アリスは何と?」
「対テロ用に必要だと言って聞かないんです」
「……自分ら日本人が平和ボケなだけなんですかねぇ……」
「まあまあ。いつでも必要な時には取り付け出来るようにしておいた方がいいかも、ですね」
「……ですね」
「ねー!しんでぃは!?」
「あー、ハイハイ。御指名だね?今、呼んで来るから」
陽気で多弁なシンディの方が、子供達にはウケるのだろうか。
子供達の相手はシンディに任せ、敷島達は2階のカフェテラスに移動する。
「今ならオイル交換無料ですぅ!」
「ならば・頼もう。因みに・私は・エネオスの・サスティナしか・飲まない。分かってる・な?」
「は、はい!しょ、少々お待ちください!」
メイドロイドの天然ボケに、マジレスで対応するエミリーだった。
九海は慌てて厨房へ走る。
「エミリー。お前も厳しいな」
敷島は平賀夫妻の後ろに控えるエミリーに苦笑いした。
「九海が・オイル交換・するというので・乗った・までです」
エミリーは何食わぬ顔で答えた。
奈津子も苦笑いして、
「エミリー、そうそう都合良くそんなものがあるはずがないと知っててそんなこと言うのは、嫌がらせとかイジメとか言うのよ?」
「イエス……。ですが・私は……」
「ああ、いや、いいや。何かもう来たみたいだし」
九海はトレイに乗せた飲み物を持って来た。
「ブレンドコーヒーのお客様?」
「あー、俺だ」
敷島が手を挙げる。
「自分も」
九海は敷島と平賀の前にホットのブレンドコーヒーを置いた。
「あと、ホットのレモンティーでございます」
「ありがとう」
奈津子の前には紅茶。
そして……。
「エネオスのサスティナでございます!」
テーブルの上に、グラスに入ったオイルが乗せられた。
「本当・だな?」
エミリーは冷たい目でメイドロイドを見据えた。
「も、もちろんですとも!」
「違ったら・壊すぞ?」
エミリーは険しい顔をして、グラスに入ったエンジンオイルを口に運んだ。
尚、本来オイル交換は整備の時に行うもので、経口摂取はほとんどしないのだが。
因みにオイルは、自動車のエンジンオイルと共用できるようになっている。
「エミリー、どうだ?」
「多分違うと思うけど、許してあげてよね?」
「いや、奈津子先生。それは多分難しいと思うので、今のうちに警備室に連絡して、館内の人達を避難させる準備の方が……」
「……エネオスの・サスティナです」
エミリーは険しい表情から一転、残念そうな表情をした。
「おおっ!あったのか、本当に!?」
「ふー、セーフ!」
「ラッキーだったわね」
「本当に・用意するとは。なかなか・やるな」
この時、エミリーは残念そうな表情から、微笑に変わっていた。
「はい!ご主人様並びにお客様のご要望にお応えするのが、メイドの役目です!」
「合格・だ。右手を・出しなさい」
「は、はい!?」
九海は右手を出した。
ロイドの掌、多くは右側だが、そこにはレンズがある。
触感の為のセンサーが取り付けられていたりするようだが、もう1つの役割がある。
それは赤外線通信。
エミリーも白い手袋を外して、九海の右手を握った。
「こ、これは……!?」
九海のメモリーに、エミリーのデータが入って来る。
「私からの・“名刺”だ。何か・あったら・私に・連絡しなさい」
「は、はい!ありがとうございます!」
敷島も笑みを浮かべて、
「良かったな。ロイドの女帝たるマルチタイプにコネがあれば、もうロボットの世界では怖い物ナシだぞ?」
妹のシンディをして、『気難しい』エミリーに気に入られた者への役得だろう。
[同日15:00.天候:晴 同場所カフェテラス]
今度は平賀未来と海斗の幼い姉弟を連れてやってくるシンディ。
「いらっしゃぃませー!あっ、シンディ様!」
「よっ。あの気難しいエミリー姉さんに気に入られたんだって?凄いね」
「お、おかげさまで……」
「ああ、アタシは姉さんと違って気難しくないから、硬くなることないよ。それより、このコ達にジュースを出してあげて」
「は、はい!何に致しましょう」
「オレンジジュース!」
「クリームソーダ!」
「かしこまりました!」
九海は注文を取った後で、ついいつものセリフを言ってしまった。
「今ならオイルをお付けしまーす!……あ!」
「ほう……?」
シンディの目がキラッと光った。
「じゃあ、アタシにもオイルを持って来てもらおうかしら?」
「か、かしこまりました。エミリー様と同じく、エネオスの……」
「はあ?何言ってるの?アタシが姉さんと同じオイルを使うわけがないでしょお?」
「で、ですが、シンディ様とエミリー様は同型機で……」
「だからって同じオイルを使うとは限らないの。車だってそうでしょう?……アタシはね、今、シェル・ヒリックスがマイブームなの。持ってきてくれるわよね?」
シンディ、更に両目をギラッと光らせた。
「かか、か、かしこまりましたーっ!」
九海、急いで厨房に取って返した。
「しぇる・ひりっくすって?」
「んーとねー、確かパパの車が、そういうオイル使ってたよー」
「あら?ドクター平賀の電気自動車はそれを使ってますのね?あれは電気系統にも優しいので、アタシも大好きなんですよー」
「ここ、がそりんすたんどじゃないよー?あるのー?」
「さあ……どうでしょうか。ま、持ってこれなかった場合はお嬢様方に最高のスリルを楽しんで頂きますわー?……スクラップという名のアトラクションでございますよ」
シンディもまた姉譲りのドSな顔を浮かべた。
「しんでぃ、何かこわいよ?」
「お、お待たせしましたー!オレンジジュースとクリームソーダでございますー!」
「ああ、ここに置いて」
「それと……シェル・ヒリックスでございます」
「へえ……。見た目はちゃんとグラスに入れて、それなりの色合いだけどね。アタシの“舌”は誤魔化せないよ?」
「ど、どうぞ、お試しください」
「しんでぃ、ぼくにもちょうだい!」
「ああっ、およしになって!これはロイド専用でございますのよ」
シンディは海斗から手の届かない位置にグラスを取った。
そして、早速それを口に運ぶ。
それを、どこで覚えたか、未来が、
「いっき!いっき!いっき!」
と、一気飲みのコールをした。
……もんだから、シンディは本当に一気飲みした。
「む!これは……モノホンのシェル・ヒリックス……だね」
「はい!」
「よく、用意できたね」
「いかがでしたでしょうか?」
「ま……非の付け所は無い……かな」
シンディは右手に嵌めている、黒い革手袋を取った。
「右手を出して。アタシからも、あなたにあげるわ」
「ありがとうございます。マルチタイプ様2機から“お慈悲”を頂けて、大変光栄です」
「うんうん。頑張ってー」
「では、ごゆっくり」
「お嬢様方もゆっくり飲んでくださいね」
カフェテラス内では大きなテレビモニタがあって、そこではデイライト・コーポレーションの研究・開発の成果のPR動画を流していた。
何でもアメリカ本社の研究所では、マルチタイプに準ずるロイドの製造に成功したらしいとのことだ。
早速、アメリカ国内のテロ組織や犯罪組織の撲滅に一役買っているという。
(アタシ達の研究データが、ああいう所で役に立ってるなんて、何だか信じられないね)
シンディはその動画を見ながらそう思った。
敷島達が話題にしていないところを見るに、まだ対岸の火事程度にも思っていないのだろう。
しかし、火事と言うのは、油断すればすぐ思わぬ所に飛び火するものである。