[6月22日09:00.天候:雨 東京都江東区豊洲 敷島エージェンシー]
敷島:「おはようございます。それでは6月22日、朝礼を始めます。まずは……」
敷島エージェンシーは9時始業である。
もちろんボーカロイドやマネージャーにあってはこの限りではなく、早朝に現場入りをしたりすることもあるので、必ずしも全員参加となるわけではない。
日によっては事務員と井辺しかいないこともあった。
朝礼は敷島が事務室に行って行うことが多い。
今日もそうした。
敷島:「……梅雨に入って気が滅入る時期ではありますけども、特に人間の社員の皆さんにあっては、ロイド達に負けないよう……」
敷島が社員達に訓示をしている時、事務室の電話が鳴った。
電話を取るのはボーカロイドの鏡音リン。
リン:「ハイ、お掛けになった電話番号は現在使われてませんYo〜!」
エミリー:「!!!」
直後、エミリーのゲンコツが飛ぶ。
リン:「プシューッ!」
エミリー:「大変失礼致しました!敷島エージェンシーでございます!……平賀博士!?……はい、何の御用でしょうか?……承知しました。それでは折り返し電話するよう、お伝え致します。……はい、失礼します」
電話応対の仕方など、とてもロイドとは思えない。
敷島:「平賀先生からか、エミリー?」
エミリー:「はい」
敷島:「こんな時間に珍しいな。……それでは今日も1日頑張りましょう。スケジュールの確認は確実にお願いします」
敷島は朝礼を締めた。
すぐに社長室に戻る。
エミリー:「申し訳ありません。私が油断した隙に、リンの奴……」
敷島:「いいよいいよ。いつものことだ。平賀先生も笑って許してくれるさ」
エミリー:「後で叩き聞かせておきますので……」
敷島:「いや、言い聞かせてくれるだけでいいから」
敷島は電話の受話器を取った。
敷島:「あ、もしもし。おはようございます。東京の敷島ですが……」
平賀:「あ、敷島さん。お忙しいところ、失礼しました」
敷島:「いえいえ、とんでもない。こちらこそ、うちのリンが失礼しました」
平賀:「エミリーの隙を突いて電話に出るなんて、リンもそちら方面での性能がアップしましたね」
敷島:「ここ最近、リンとレンの仕事に空きが出るようになったんで、ヒマを持て余してるんですよ」
平賀:「珍しいですね。未だに敷島エージェンシーのオリジナルメンバーは、色んな所から引っ張りだこだと思っていましたが……」
敷島:「ええ。ミクとかは相変わらずそうなんですけど、そろそろこちらも戦略を変えなきゃいけないと思っているところですよ。『クール・トウキョウ』も頓挫し掛かってますし……」
平賀:「東京オリンピックに合わせて、それを盛り上げる為のプロジェクトだったはずですがね、東京で何か問題が起きてるんでしょうか?」
敷島:「誰だ、K知事に投票したヤツ?何もしやがらねぇ」
平賀:「えっ、何ですか、敷島さん?」
敷島:「あれ?今、口が勝手に……。いや、何でも……」
平賀:「それより、先ほどお電話したのはちょっと気になることがあったからですよ」
敷島:「気になること?何ですか、それは?」
平賀:「敷島さん、村上先生が手掛けている研究チームのことは御存知ですよね?」
敷島:「ええ。行方をくらましているデイジーを捜索する為の特殊なレーダーを開発したところ、早速引っ掛けたとか……。で、現地調査隊が向かったんですよね?」
平賀:「そうなんです。ところが、定時連絡を送って寄越すのに、なかなか帰って来ようとしないんですって」
敷島:「何のこっちゃ?」
平賀:「定時連絡では『異常なし』と送ってくるんですが、帰京予定の昨日になっても帰って来なかったんですって」
敷島:「でも『異常なし』なんでしょう?」
平賀:「はい。今朝も9時前に定時連絡を送って来たんですよ。それで村上先生が帰京するように伝えても、『もう少しでデイジーを発見できる』の一点張りで帰って来ようとしないと……」
敷島:「でも発見したらしたで危険ですよ。調査チームは、何の武器も持ってないんでしょ?」
平賀:「そうです。今回の調査チームの目的は、あくまでもデイジーの居場所を特定し、そのルートを把握することですから、デイジーを直接発見することまでは目的に入っていないんです」
その為、本来なら先遣隊がルートを確保し、その後でエミリーやデイジーを伴って敷島達が乗り込む予定であった。
いかに相手がマルチタイプとはいえ、相手は1機、こちらは2機いる。
8号機のアルエットは戦力に入っていない(ザコロボットであるバージョン・シリーズを従わせる力は持っているが、今はもうそれが必要無くなっている)。
敷島:「ふーむ……」
平賀:「自分は同じ宮城県ですから、自分が見に行けばいい話ですが、何しろ護衛が無いもので……。万が一ということもありますから……」
敷島:「仰る通りですね。分かりました。それでは今度の週末、向かいましょう」
平賀:「ありがとうございます。調査チームが向かった先は自分も知っているので、後で詳細を送ります」
敷島:「了解しました。よろしくお願いします」
敷島は電話を切った。
敷島:「エミリー、週末は東北へ出張だ。ややもすると、お前達の出番になる恐れがある。それの意味するところは分かるな?」
エミリー:「はい。全力で戦わせて頂きます」
敷島:「シンディにも伝えておいてくれ。もしデイジーと戦うことになったら、お前達2人掛かりで対処してもらうからな」
エミリー:「承知しました。ロイには伝えますか?」
敷島:「……お前から伝えんでも大丈夫だろ。取りあえず、シンディにだけ伝えておけ」
エミリー:「かしこまりました」
エミリーは社長室から出て行こうとした。
だが……。
リン:「わぁーい!リンも行くー!」
鏡音レン:「こら、ダメだよ、リン。また怒られるよ」
エミリー:「その通りだ。勝手に社長室を覗くなと何度言ったら分かるのだ!」
エミリーがカッと右手を振り上げた。
鏡音姉弟は慌てて逃げ出す。
敷島:「おいおい。エミリーは今、ドアを開けるまで気がつかなかったんだろ?」
エミリー:「本当に気配を消すのが上手い連中です」
敷島:「ふむ……。確かにあの2人、暴走したお前の隙を突いたことがあったな……」
まだアリスが敷島と結婚する前、それも敵対していた時の話だ。
アリスはエミリーを捕まえた後、AIをいじくって自分の命令だけを聞くようにしたことがあった。
しかし鏡音姉弟のすばしっこさは搭載したマシンガンもショットガンも当たらず、裏の裏を突かれた。
不覚にも高圧電線に気づかず、それに触れてしまったのである。
リンとレンを追い回すのに夢中になって、マルチタイプにあるまじき不覚を取ったのである。
で、この姉弟、アリスを業務用冷凍庫に閉じ込めるという荒業までやってのけた。
マイナス5度に設定したつもりだが、実はマイナス50度に設定されており、そこに軽装のまま5分間閉じ込められたアリスは、ついに警察の御厄介となったのである(その前にあちこち凍傷したので、病院の御厄介になることになった)。
敷島:「よし。リンとレンを連れて行こう」
エミリー:「ええっ!?」
敷島:「マルチタイプのお前やシンディを翻弄したことのある唯一のボーカロイドだ。もしかしたら、デイジー相手にも何とかしてくれるかもしれん」
エミリー:「危険ですよ。そんな奇跡、何度も起こるわけが……」
だが、エミリーは敷島の決定を覆すことはできなかったのである。
敷島:「おはようございます。それでは6月22日、朝礼を始めます。まずは……」
敷島エージェンシーは9時始業である。
もちろんボーカロイドやマネージャーにあってはこの限りではなく、早朝に現場入りをしたりすることもあるので、必ずしも全員参加となるわけではない。
日によっては事務員と井辺しかいないこともあった。
朝礼は敷島が事務室に行って行うことが多い。
今日もそうした。
敷島:「……梅雨に入って気が滅入る時期ではありますけども、特に人間の社員の皆さんにあっては、ロイド達に負けないよう……」
敷島が社員達に訓示をしている時、事務室の電話が鳴った。
電話を取るのはボーカロイドの鏡音リン。
リン:「ハイ、お掛けになった電話番号は現在使われてませんYo〜!」
エミリー:「!!!」
直後、エミリーのゲンコツが飛ぶ。
リン:「プシューッ!」
エミリー:「大変失礼致しました!敷島エージェンシーでございます!……平賀博士!?……はい、何の御用でしょうか?……承知しました。それでは折り返し電話するよう、お伝え致します。……はい、失礼します」
電話応対の仕方など、とてもロイドとは思えない。
敷島:「平賀先生からか、エミリー?」
エミリー:「はい」
敷島:「こんな時間に珍しいな。……それでは今日も1日頑張りましょう。スケジュールの確認は確実にお願いします」
敷島は朝礼を締めた。
すぐに社長室に戻る。
エミリー:「申し訳ありません。私が油断した隙に、リンの奴……」
敷島:「いいよいいよ。いつものことだ。平賀先生も笑って許してくれるさ」
エミリー:「後で叩き聞かせておきますので……」
敷島:「いや、言い聞かせてくれるだけでいいから」
敷島は電話の受話器を取った。
敷島:「あ、もしもし。おはようございます。東京の敷島ですが……」
平賀:「あ、敷島さん。お忙しいところ、失礼しました」
敷島:「いえいえ、とんでもない。こちらこそ、うちのリンが失礼しました」
平賀:「エミリーの隙を突いて電話に出るなんて、リンもそちら方面での性能がアップしましたね」
敷島:「ここ最近、リンとレンの仕事に空きが出るようになったんで、ヒマを持て余してるんですよ」
平賀:「珍しいですね。未だに敷島エージェンシーのオリジナルメンバーは、色んな所から引っ張りだこだと思っていましたが……」
敷島:「ええ。ミクとかは相変わらずそうなんですけど、そろそろこちらも戦略を変えなきゃいけないと思っているところですよ。『クール・トウキョウ』も頓挫し掛かってますし……」
平賀:「東京オリンピックに合わせて、それを盛り上げる為のプロジェクトだったはずですがね、東京で何か問題が起きてるんでしょうか?」
敷島:「誰だ、K知事に投票したヤツ?何もしやがらねぇ」
平賀:「えっ、何ですか、敷島さん?」
敷島:「あれ?今、口が勝手に……。いや、何でも……」
平賀:「それより、先ほどお電話したのはちょっと気になることがあったからですよ」
敷島:「気になること?何ですか、それは?」
平賀:「敷島さん、村上先生が手掛けている研究チームのことは御存知ですよね?」
敷島:「ええ。行方をくらましているデイジーを捜索する為の特殊なレーダーを開発したところ、早速引っ掛けたとか……。で、現地調査隊が向かったんですよね?」
平賀:「そうなんです。ところが、定時連絡を送って寄越すのに、なかなか帰って来ようとしないんですって」
敷島:「何のこっちゃ?」
平賀:「定時連絡では『異常なし』と送ってくるんですが、帰京予定の昨日になっても帰って来なかったんですって」
敷島:「でも『異常なし』なんでしょう?」
平賀:「はい。今朝も9時前に定時連絡を送って来たんですよ。それで村上先生が帰京するように伝えても、『もう少しでデイジーを発見できる』の一点張りで帰って来ようとしないと……」
敷島:「でも発見したらしたで危険ですよ。調査チームは、何の武器も持ってないんでしょ?」
平賀:「そうです。今回の調査チームの目的は、あくまでもデイジーの居場所を特定し、そのルートを把握することですから、デイジーを直接発見することまでは目的に入っていないんです」
その為、本来なら先遣隊がルートを確保し、その後でエミリーやデイジーを伴って敷島達が乗り込む予定であった。
いかに相手がマルチタイプとはいえ、相手は1機、こちらは2機いる。
8号機のアルエットは戦力に入っていない(ザコロボットであるバージョン・シリーズを従わせる力は持っているが、今はもうそれが必要無くなっている)。
敷島:「ふーむ……」
平賀:「自分は同じ宮城県ですから、自分が見に行けばいい話ですが、何しろ護衛が無いもので……。万が一ということもありますから……」
敷島:「仰る通りですね。分かりました。それでは今度の週末、向かいましょう」
平賀:「ありがとうございます。調査チームが向かった先は自分も知っているので、後で詳細を送ります」
敷島:「了解しました。よろしくお願いします」
敷島は電話を切った。
敷島:「エミリー、週末は東北へ出張だ。ややもすると、お前達の出番になる恐れがある。それの意味するところは分かるな?」
エミリー:「はい。全力で戦わせて頂きます」
敷島:「シンディにも伝えておいてくれ。もしデイジーと戦うことになったら、お前達2人掛かりで対処してもらうからな」
エミリー:「承知しました。ロイには伝えますか?」
敷島:「……お前から伝えんでも大丈夫だろ。取りあえず、シンディにだけ伝えておけ」
エミリー:「かしこまりました」
エミリーは社長室から出て行こうとした。
だが……。
リン:「わぁーい!リンも行くー!」
鏡音レン:「こら、ダメだよ、リン。また怒られるよ」
エミリー:「その通りだ。勝手に社長室を覗くなと何度言ったら分かるのだ!」
エミリーがカッと右手を振り上げた。
鏡音姉弟は慌てて逃げ出す。
敷島:「おいおい。エミリーは今、ドアを開けるまで気がつかなかったんだろ?」
エミリー:「本当に気配を消すのが上手い連中です」
敷島:「ふむ……。確かにあの2人、暴走したお前の隙を突いたことがあったな……」
まだアリスが敷島と結婚する前、それも敵対していた時の話だ。
アリスはエミリーを捕まえた後、AIをいじくって自分の命令だけを聞くようにしたことがあった。
しかし鏡音姉弟のすばしっこさは搭載したマシンガンもショットガンも当たらず、裏の裏を突かれた。
不覚にも高圧電線に気づかず、それに触れてしまったのである。
リンとレンを追い回すのに夢中になって、マルチタイプにあるまじき不覚を取ったのである。
で、この姉弟、アリスを業務用冷凍庫に閉じ込めるという荒業までやってのけた。
マイナス5度に設定したつもりだが、実はマイナス50度に設定されており、そこに軽装のまま5分間閉じ込められたアリスは、ついに警察の御厄介となったのである(その前にあちこち凍傷したので、病院の御厄介になることになった)。
敷島:「よし。リンとレンを連れて行こう」
エミリー:「ええっ!?」
敷島:「マルチタイプのお前やシンディを翻弄したことのある唯一のボーカロイドだ。もしかしたら、デイジー相手にも何とかしてくれるかもしれん」
エミリー:「危険ですよ。そんな奇跡、何度も起こるわけが……」
だが、エミリーは敷島の決定を覆すことはできなかったのである。