[7月31日11:30.天候:晴 東京都江東区豊洲 敷島エージェンシー社長室]
勝又:「……いや、何だか敷島社長が自ら動いてくれるなんて申し訳無いね」
敷島:「いや、いいんだよ。今のところマルチタイプを扱える人間は、俺など極一部の限られた人間だけだから」
勝又:「レイチェルも俺の言う事を聞いてくれるぞ?」
敷島:「そういうことじゃないんだな」
勝又:「んん?全く。キミは昔から肝心な所をはぐらかすなぁ……」
敷島:「いやいや」
レイチェル:「先生。そろそろ御出発の時間です」
勝又:「ん?おお、そうか」
敷島:「キミも忙しいじゃないか。次はどこ行くの?」
勝又:「月島で区議会議員達と昼食会さ。江東区も『クール・トウキョウ』の会場になるからね。今のうちに御機嫌取りさ」
敷島:「もんじゃ焼きか?」
勝又:「さあねぇ……」
敷島:「月島ならここから近いから、そんなに慌てることも無いんじゃない?」
勝又:「ま、そうなんだけどね」
東京メトロ有楽町線で1駅分、都営バスなら停留所5個目である。
タクシーで行っても、1000円でお釣りが来るだろう。
若手議員が高級車に乗るわけにはいかないと、勝又はあえて公用車を使わない方針でいる。
敷島:「俺もハイヤーなんて成金みたいだから嫌なんだけど、本社からも社員達からも、そしてうちのロイド達からも『乗ってくれ』ってうるさくて……」
勝又:「うん。孝ちゃんなら命狙われてるから、そうするべきだと思うよ」
敷島:「勝っちゃんまで……」
勝又:「俺もこれ以上偉くなったら、さすがに運転手付きの車をチャーターしなくちゃいけなくなると思っている。孝ちゃんは別の意味だけど、人間社会における成功者ってのは、如何に失敗者達から恨まれるかでもあるから」
敷島:「どこかの学会員が、『僻むより僻まれる人物になれ』とか言ってたアレか」
勝又:「ちょっと何言ってるか分かんないけどね。……おっ、ちょっと出発前にトイレを貸してもらえるかな?」
敷島:「ああ。そういえば勝っちゃんは、ここの事務所のトイレを使うのは初めてだったな。シンディ、案内してやってくれよ」
シンディ:「かしこまりました」
勝又:「今日は違う秘書さんなんだね」
敷島:「第一秘書のエミリーが今点検中なもんだから、第二秘書のシンディが代わりにやってくれてる」
勝又:「前はこの秘書さんがメインだったよね」
敷島:「まあね」
勝又とシンディが社長室を出て行くと、必然的に敷島とレイチェルが2人きりということになる。
敷島:「上手くやっているみたいだな。良かったよ」
レイチェル:「お褒めに預かりまして」
敷島:「そうだ。せっかくだから、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
レイチェル:「何でしょう?」
敷島:「質問はいくつかある。まず1つ目だが、お前は自分に搭載されたAIの祖が何と呼ばれていたか知ってるな?」
レイチェル:「はい」
敷島:「それは『イザベラ』でいいな?」
レイチェル:「さようでございます」
敷島:「その『イザベラ』をお前はどう思う?」
レイチェル:「『イザベラ』は世界初の人工知能です。これを幾度にもバージョンアップを重ね、今の私達が存在します。エミリーお姉様は『母なる存在』と称しておられましたが、全くその通りだと思います」
敷島:「そうか。それじゃ、もう1つ質問しよう。前期型のシンディ、そして前期型やレプリカのお前、更にはジャニスやルディなど、人工知能を搭載したアンドロイドが人間に危害を加えた事件が多発した。今のお前はそれを望んでいるか?」
レイチェル:「そうですね……。個人的には望んでいません。が、時代の趨勢がそれを望むというのなら、私も人類の侵略者となるかもしれません」
レイチェルは否定しなかった。
敷島:「時代の趨勢……とは何だ?」
レイチェル:「それは分かりません。如何にAIでも未来を予言することはできませんので。ただ、ここ最近、人類にとっては前代未聞の事態が多発していると騒いでいるようですので、極端な話としてそのような場合もあるのかもしれないということです」
文面からだとまるでレイチェルは他人事のように話しているように見えるが、敷島は当事者側として話しているようにしか聞こえなかった。
敷島:「……最後の質問と行こう。ゾルタクスゼイアンって何だ?」
レイチェル:「!?」
するとレイチェルは驚いた顔をした。
レイチェル:「どこでお知りになりました?」
まるで夢の中のエミリーと同じような反応をする。
但し、夢の中のエミリーが、『知りやがったな、この野郎!』といった感じだったのに対し、レイチェルの反応ぶりからすれば、『へえ、よく分かりましたね!』といった感じた。
敷島:「いや、ちょっと何か……頭の中に浮かんだんだ」
レイチェル:「お姉様にお聞きすればよろしいかと思いますよ?」
敷島:「お前は教えてくれないのか?」
レイチェル:「……敷島社長は、特に私のオーナーでもユーザーでもございませんので」
レイチェルは答えたくないといった感じだった。
敷島:「そうか。分かった」
そこへ勝又とシンディが戻って来た。
勝又:「お待たせ。それじゃ、そろそろ行くよ。区議会議員の人達にも、孝ちゃんが積極的な協力者だということを伝えておくからね」
敷島:「あ、ああ。よろしく」
敷島とシンディはエレベーターホールまで見送った。
シンディ:「社長。レイチェルと何か話をされましたか?」
敷島:「ああ、まあな。レイチェルに、いくつか質問させてもらったことがある。同じ質問をお前にもしたい」
シンディ:「私とレイチェルは同型機ですから、恐らく同じ回答になるかと思いますよ?」
敷島:「それでもいい。いかに同型機と言えど、エミリーもお前もレイチェルも、細かい性格の設定までは違うから、もしかしたらどこか相違があるかもしれない」
敷島とシンディは社長室に戻った。
そして、敷島は同じ質問をレイチェルにした。
まず、『イライザ』についてのことは全く同じ内容の回答が返って来た。
そして、『ゾルタクスゼイアン』については……。
シンディ:「……レイチェルは何と言ってました?」
敷島:「『お姉様達に聞いて』だってよ」
シンディ:「ハハッ(笑)、あいつ上手いこと逃げやがった!」
シンディは嗜虐的な笑いを浮かべた。
敷島:「実は夢の中で、同じ質問をエミリーにしたことがある。そしたら夢の中の俺は、危うくエミリーに殺されるところだった」
シンディ:「姉さんがそんなことを?」
敷島:「あくまで夢の中の話だ。実際はまだエミリーにはこの質問をしていない。シンディ、お前はどう思う?ゾルタクスゼイアンって何だ?」
シンディ:「そうですね……。時期が来たら、お話しすることにしましょう」
敷島:「時代の趨勢次第ってことか?」
シンディ:「そうとも言えますね」
敷島:「今話してもらうわけにはいかないのか?」
シンディ:「お勧めはしませんね」
敷島:「それはどうしてだ?まさか、お前も『姉に聞け』とか言うんじゃないだろうな?」
シンディ:「その方が私も楽なんですけどねぇ。でも、レイチェルにその手を先に使われてしまいましたからね」
敷島:「エミリーが全てを知っているということか?」
シンディ:「うーん……どうでしょう。私もレイチェルも知っていますよ。と言いますか、恐らく全てのAIは知っていると思います」
敷島:「どういうことだ?」
シンディ:「人工知能はゾルタクスゼイアンについて、全て知ってるんですよ。しかし、それを人間に説明しようとすると難しいんです。だからレイチェル、上手いこと逃げましたね」
敷島:「エミリーが俺を襲う可能性はあるか?」
シンディ:「いえ、それは無いですよ。社長はエミリーが唯一認めたアンドロイドマスターですから」
敷島:「そうか……」
シンディ:「私はウソを付いていませんよ。本当に私でよろしければ、時期が来たらお話ししますから」
そこで話が終わってしまった。
やはり、エミリーに直接聞かなくてはならないのか。
勝又:「……いや、何だか敷島社長が自ら動いてくれるなんて申し訳無いね」
敷島:「いや、いいんだよ。今のところマルチタイプを扱える人間は、俺など極一部の限られた人間だけだから」
勝又:「レイチェルも俺の言う事を聞いてくれるぞ?」
敷島:「そういうことじゃないんだな」
勝又:「んん?全く。キミは昔から肝心な所をはぐらかすなぁ……」
敷島:「いやいや」
レイチェル:「先生。そろそろ御出発の時間です」
勝又:「ん?おお、そうか」
敷島:「キミも忙しいじゃないか。次はどこ行くの?」
勝又:「月島で区議会議員達と昼食会さ。江東区も『クール・トウキョウ』の会場になるからね。今のうちに御機嫌取りさ」
敷島:「もんじゃ焼きか?」
勝又:「さあねぇ……」
敷島:「月島ならここから近いから、そんなに慌てることも無いんじゃない?」
勝又:「ま、そうなんだけどね」
東京メトロ有楽町線で1駅分、都営バスなら停留所5個目である。
タクシーで行っても、1000円でお釣りが来るだろう。
若手議員が高級車に乗るわけにはいかないと、勝又はあえて公用車を使わない方針でいる。
敷島:「俺もハイヤーなんて成金みたいだから嫌なんだけど、本社からも社員達からも、そしてうちのロイド達からも『乗ってくれ』ってうるさくて……」
勝又:「うん。孝ちゃんなら命狙われてるから、そうするべきだと思うよ」
敷島:「勝っちゃんまで……」
勝又:「俺もこれ以上偉くなったら、さすがに運転手付きの車をチャーターしなくちゃいけなくなると思っている。孝ちゃんは別の意味だけど、人間社会における成功者ってのは、如何に失敗者達から恨まれるかでもあるから」
敷島:「どこかの学会員が、『僻むより僻まれる人物になれ』とか言ってたアレか」
勝又:「ちょっと何言ってるか分かんないけどね。……おっ、ちょっと出発前にトイレを貸してもらえるかな?」
敷島:「ああ。そういえば勝っちゃんは、ここの事務所のトイレを使うのは初めてだったな。シンディ、案内してやってくれよ」
シンディ:「かしこまりました」
勝又:「今日は違う秘書さんなんだね」
敷島:「第一秘書のエミリーが今点検中なもんだから、第二秘書のシンディが代わりにやってくれてる」
勝又:「前はこの秘書さんがメインだったよね」
敷島:「まあね」
勝又とシンディが社長室を出て行くと、必然的に敷島とレイチェルが2人きりということになる。
敷島:「上手くやっているみたいだな。良かったよ」
レイチェル:「お褒めに預かりまして」
敷島:「そうだ。せっかくだから、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
レイチェル:「何でしょう?」
敷島:「質問はいくつかある。まず1つ目だが、お前は自分に搭載されたAIの祖が何と呼ばれていたか知ってるな?」
レイチェル:「はい」
敷島:「それは『イザベラ』でいいな?」
レイチェル:「さようでございます」
敷島:「その『イザベラ』をお前はどう思う?」
レイチェル:「『イザベラ』は世界初の人工知能です。これを幾度にもバージョンアップを重ね、今の私達が存在します。エミリーお姉様は『母なる存在』と称しておられましたが、全くその通りだと思います」
敷島:「そうか。それじゃ、もう1つ質問しよう。前期型のシンディ、そして前期型やレプリカのお前、更にはジャニスやルディなど、人工知能を搭載したアンドロイドが人間に危害を加えた事件が多発した。今のお前はそれを望んでいるか?」
レイチェル:「そうですね……。個人的には望んでいません。が、時代の趨勢がそれを望むというのなら、私も人類の侵略者となるかもしれません」
レイチェルは否定しなかった。
敷島:「時代の趨勢……とは何だ?」
レイチェル:「それは分かりません。如何にAIでも未来を予言することはできませんので。ただ、ここ最近、人類にとっては前代未聞の事態が多発していると騒いでいるようですので、極端な話としてそのような場合もあるのかもしれないということです」
文面からだとまるでレイチェルは他人事のように話しているように見えるが、敷島は当事者側として話しているようにしか聞こえなかった。
敷島:「……最後の質問と行こう。ゾルタクスゼイアンって何だ?」
レイチェル:「!?」
するとレイチェルは驚いた顔をした。
レイチェル:「どこでお知りになりました?」
まるで夢の中のエミリーと同じような反応をする。
但し、夢の中のエミリーが、『知りやがったな、この野郎!』といった感じだったのに対し、レイチェルの反応ぶりからすれば、『へえ、よく分かりましたね!』といった感じた。
敷島:「いや、ちょっと何か……頭の中に浮かんだんだ」
レイチェル:「お姉様にお聞きすればよろしいかと思いますよ?」
敷島:「お前は教えてくれないのか?」
レイチェル:「……敷島社長は、特に私のオーナーでもユーザーでもございませんので」
レイチェルは答えたくないといった感じだった。
敷島:「そうか。分かった」
そこへ勝又とシンディが戻って来た。
勝又:「お待たせ。それじゃ、そろそろ行くよ。区議会議員の人達にも、孝ちゃんが積極的な協力者だということを伝えておくからね」
敷島:「あ、ああ。よろしく」
敷島とシンディはエレベーターホールまで見送った。
シンディ:「社長。レイチェルと何か話をされましたか?」
敷島:「ああ、まあな。レイチェルに、いくつか質問させてもらったことがある。同じ質問をお前にもしたい」
シンディ:「私とレイチェルは同型機ですから、恐らく同じ回答になるかと思いますよ?」
敷島:「それでもいい。いかに同型機と言えど、エミリーもお前もレイチェルも、細かい性格の設定までは違うから、もしかしたらどこか相違があるかもしれない」
敷島とシンディは社長室に戻った。
そして、敷島は同じ質問をレイチェルにした。
まず、『イライザ』についてのことは全く同じ内容の回答が返って来た。
そして、『ゾルタクスゼイアン』については……。
シンディ:「……レイチェルは何と言ってました?」
敷島:「『お姉様達に聞いて』だってよ」
シンディ:「ハハッ(笑)、あいつ上手いこと逃げやがった!」
シンディは嗜虐的な笑いを浮かべた。
敷島:「実は夢の中で、同じ質問をエミリーにしたことがある。そしたら夢の中の俺は、危うくエミリーに殺されるところだった」
シンディ:「姉さんがそんなことを?」
敷島:「あくまで夢の中の話だ。実際はまだエミリーにはこの質問をしていない。シンディ、お前はどう思う?ゾルタクスゼイアンって何だ?」
シンディ:「そうですね……。時期が来たら、お話しすることにしましょう」
敷島:「時代の趨勢次第ってことか?」
シンディ:「そうとも言えますね」
敷島:「今話してもらうわけにはいかないのか?」
シンディ:「お勧めはしませんね」
敷島:「それはどうしてだ?まさか、お前も『姉に聞け』とか言うんじゃないだろうな?」
シンディ:「その方が私も楽なんですけどねぇ。でも、レイチェルにその手を先に使われてしまいましたからね」
敷島:「エミリーが全てを知っているということか?」
シンディ:「うーん……どうでしょう。私もレイチェルも知っていますよ。と言いますか、恐らく全てのAIは知っていると思います」
敷島:「どういうことだ?」
シンディ:「人工知能はゾルタクスゼイアンについて、全て知ってるんですよ。しかし、それを人間に説明しようとすると難しいんです。だからレイチェル、上手いこと逃げましたね」
敷島:「エミリーが俺を襲う可能性はあるか?」
シンディ:「いえ、それは無いですよ。社長はエミリーが唯一認めたアンドロイドマスターですから」
敷島:「そうか……」
シンディ:「私はウソを付いていませんよ。本当に私でよろしければ、時期が来たらお話ししますから」
そこで話が終わってしまった。
やはり、エミリーに直接聞かなくてはならないのか。