[1月5日10:00.天候:晴 栃木県大田原市 那須赤十字病院]
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
いよいよ、今日は退院日である。
何だか、夢見心地な感じであったが、病院で目が覚めると、現実に戻って来たという実感が湧いた。
高橋:「先生、おはようございます。お迎えに上がりました」
私が退院の準備をしていると、高橋が入って来た。
愛原:「おっ、高橋」
高橋:「先生、御無事で何よりです」
愛原:「まあ……俺も色々と抗体作らされたからな。リサは?」
高橋:「下で待ってます。コロナ対策のせいで、この病院、原則面会禁止ですから」
愛原:「まあ、今はどこの病院もそうだろう。退院の迎えは例外でOKなんだな」
高橋:「そういうことです」
それでも1人だけってことか。
何しろ、患者によっては大きな荷物になるからな。
高橋:「それでは参りましょう」
愛原:「うん」
入院費用の支払いは既に済んでいた。
Tウィルスとか、バイオテロに関わると明らかに分かるものについては公費負担になるのだが、場合によっては立替払いになることもある。
リサ:「先生……!」
エレベーターで1階に下りると、リサが待っていた。
リサは両手を胸に当てて、涙ぐんでいた。
気が高ぶると元の第1形態に戻ってしまう恐れがあるからか、今は私服の上にフード付きのジャンパーを着ていて、フードを被っている。
愛原:「よう、心配掛けたな」
リサ:「ホントだよ……!」
高橋:「おい、リサ。先生は被害者なんだぞ」
リサ:「分かってるよ!」
愛原:「ははは……。ところで、何で来たんだ?」
高橋:「車です。この病院、駅から離れてるんで。先生も病み上がりで、お疲れでしょうから」
愛原:「まあ、たった数日の入院というだけでも、体は鈍るものだな」
そういうことを考えれば、運動も兼ねて鉄道やバスの利用でも良いような気がした。
だが、もう車で来たというのなら仕方が無い。
高橋:「ちょっと待っててください。今、車回して来ますんで」
愛原:「ああ、分かった」
高橋が先に病院の外に出て、車の方に走っていった。
待っている間、リサがすり寄って来て、私の左手を掴んで来る。
リサ:「…………」
そして、俯いた。
私は試しに、リサの頭を触ってみたが、角が生えている感触は無かった。
フードを取ってやると、サラサラの黒髪が現れて、しかしやっぱり角は生えていなかった。
もちろん、耳も人間同様、丸いものである。
愛原:「まあ、心配かけたな」
リサ:「うん……」
そして、エントランスにレンタカーがやってくる。
いつもはモノスペースタイプのバンだったが、今度はライトバンだった。
これはレンタカーショップで借りる時に、値段が安いのと、探偵として使う時に、ライトバンの方が目立たない上、どこにいても違和感が無いからである。
高橋:「お待たせしました」
高橋が運転席から降りてきて、ライトバンのハッチを開けた。
そして、そこに私の荷物を積み込んでくれた。
高橋:「じゃあ、どうぞ」
高橋は助手席のドアを開けてくれたが……。
リサ:「いや。先生、私と一緒に乗って」
と、リサはリアシートを指さした。
心なしか、一瞬リサの人差し指の爪が長く鋭く伸びたような気がした。
高橋:「おい、リサ!……」
高橋はリサを窘めようとしたが、黙り込んだ。
何か、考えているようだ。
高橋:「先生、どうします?先生の御好きに……」
愛原:「そうか?じゃあ、リサの希望を聞いてやるよ」
リサ:「っ……!やった!」
リサの顔がパッと明るくなった。
思えば、女将さんに襲われた私を真っ先に助けに来てくれたのはリサだということだ。
それなら、リサの希望を聞いてやるのが筋というものだろう。
愛原:「悪いな、高橋」
高橋:「いえ、いいんです。今回ばかりは俺、クソの役にも立ちませんでしたから」
愛原:「そう卑下するなよ」
高橋が大浴場でのぼせたのは、やはり女将さんの策略であった。
のぼせたのではなく、リサと同じ触手攻撃にやられただけのことだ。
刺された痕があった。
もちろん高橋にもTウィルスの抗体はある為、高橋がゾンビ化することはなかった。
リサ:「先生はこっち!運転席の後ろが上座なんだってね!」
愛原:「そのビジネスマナーは当たっているけど、ライトバンじゃ当てはまらないんじゃない?」
恐らくはライトバンの中でも、グレードの良いタイプなのだろう。
ライトバンのリアシートは折り畳み式になっている為、座り心地に関してはあまり考慮されておらず、ヘッドレストも無いことが多い。
しかし、これがグレードの良いタイプだと、ヘッドレストは付いていることがある。
この車が正にそうだった。
高橋:「それじゃ、出発します」
愛原:「頼む」
車が出発する。
愛原:「道は分かるのか?」
高橋:「ナビに住所を打ち込んでますから。高速使って、東京まで行きますんで」
愛原:「ああ、分かった」
私はスマホを取り出した。
病院を出たら、善場主任に連絡するよう、言われていたのだった。
愛原:「……あ、もしもし。愛原です。お疲れ様です。今、病院を出ました。……はい。車です。……はい。……あー、そうですか。分かりました。それじゃ、どうしましょうかね。多分、今からですと、午後になるかと思いますが……。あ、それでよろしいですか?……あ、分かりました。それじゃ、近くまで来たら、また御連絡させて頂きます。……はい、よろしくお願いします。……はい、失礼しますぅー」
私は電話を切った。
愛原:「善場主任、俺達の話を聞きたいから、今からデイライトの事務所に来てもらいたいそうだ」
高橋:「今からっスか?午後になりますよ?」
愛原:「それでいいそうだ。今日は善場主任、ずっと事務所にいるそうだから。だから、途中で昼休憩挟んで行こう」
高橋:「分かりました」
愛原:「今からだと……埼玉県内のどこかのサービスエリアかパーキングエリアで昼飯行けるか?」
高橋:「そうっスね。羽生か蓮田ってところかと思います」
愛原:「よし。そこで昼飯にしよう。リサもいいな?」
リサ:「うん」
車は一先ず、東北自動車道のインターに向かって西進した。
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
いよいよ、今日は退院日である。
何だか、夢見心地な感じであったが、病院で目が覚めると、現実に戻って来たという実感が湧いた。
高橋:「先生、おはようございます。お迎えに上がりました」
私が退院の準備をしていると、高橋が入って来た。
愛原:「おっ、高橋」
高橋:「先生、御無事で何よりです」
愛原:「まあ……俺も色々と抗体作らされたからな。リサは?」
高橋:「下で待ってます。コロナ対策のせいで、この病院、原則面会禁止ですから」
愛原:「まあ、今はどこの病院もそうだろう。退院の迎えは例外でOKなんだな」
高橋:「そういうことです」
それでも1人だけってことか。
何しろ、患者によっては大きな荷物になるからな。
高橋:「それでは参りましょう」
愛原:「うん」
入院費用の支払いは既に済んでいた。
Tウィルスとか、バイオテロに関わると明らかに分かるものについては公費負担になるのだが、場合によっては立替払いになることもある。
リサ:「先生……!」
エレベーターで1階に下りると、リサが待っていた。
リサは両手を胸に当てて、涙ぐんでいた。
気が高ぶると元の第1形態に戻ってしまう恐れがあるからか、今は私服の上にフード付きのジャンパーを着ていて、フードを被っている。
愛原:「よう、心配掛けたな」
リサ:「ホントだよ……!」
高橋:「おい、リサ。先生は被害者なんだぞ」
リサ:「分かってるよ!」
愛原:「ははは……。ところで、何で来たんだ?」
高橋:「車です。この病院、駅から離れてるんで。先生も病み上がりで、お疲れでしょうから」
愛原:「まあ、たった数日の入院というだけでも、体は鈍るものだな」
そういうことを考えれば、運動も兼ねて鉄道やバスの利用でも良いような気がした。
だが、もう車で来たというのなら仕方が無い。
高橋:「ちょっと待っててください。今、車回して来ますんで」
愛原:「ああ、分かった」
高橋が先に病院の外に出て、車の方に走っていった。
待っている間、リサがすり寄って来て、私の左手を掴んで来る。
リサ:「…………」
そして、俯いた。
私は試しに、リサの頭を触ってみたが、角が生えている感触は無かった。
フードを取ってやると、サラサラの黒髪が現れて、しかしやっぱり角は生えていなかった。
もちろん、耳も人間同様、丸いものである。
愛原:「まあ、心配かけたな」
リサ:「うん……」
そして、エントランスにレンタカーがやってくる。
いつもはモノスペースタイプのバンだったが、今度はライトバンだった。
これはレンタカーショップで借りる時に、値段が安いのと、探偵として使う時に、ライトバンの方が目立たない上、どこにいても違和感が無いからである。
高橋:「お待たせしました」
高橋が運転席から降りてきて、ライトバンのハッチを開けた。
そして、そこに私の荷物を積み込んでくれた。
高橋:「じゃあ、どうぞ」
高橋は助手席のドアを開けてくれたが……。
リサ:「いや。先生、私と一緒に乗って」
と、リサはリアシートを指さした。
心なしか、一瞬リサの人差し指の爪が長く鋭く伸びたような気がした。
高橋:「おい、リサ!……」
高橋はリサを窘めようとしたが、黙り込んだ。
何か、考えているようだ。
高橋:「先生、どうします?先生の御好きに……」
愛原:「そうか?じゃあ、リサの希望を聞いてやるよ」
リサ:「っ……!やった!」
リサの顔がパッと明るくなった。
思えば、女将さんに襲われた私を真っ先に助けに来てくれたのはリサだということだ。
それなら、リサの希望を聞いてやるのが筋というものだろう。
愛原:「悪いな、高橋」
高橋:「いえ、いいんです。今回ばかりは俺、クソの役にも立ちませんでしたから」
愛原:「そう卑下するなよ」
高橋が大浴場でのぼせたのは、やはり女将さんの策略であった。
のぼせたのではなく、リサと同じ触手攻撃にやられただけのことだ。
刺された痕があった。
もちろん高橋にもTウィルスの抗体はある為、高橋がゾンビ化することはなかった。
リサ:「先生はこっち!運転席の後ろが上座なんだってね!」
愛原:「そのビジネスマナーは当たっているけど、ライトバンじゃ当てはまらないんじゃない?」
恐らくはライトバンの中でも、グレードの良いタイプなのだろう。
ライトバンのリアシートは折り畳み式になっている為、座り心地に関してはあまり考慮されておらず、ヘッドレストも無いことが多い。
しかし、これがグレードの良いタイプだと、ヘッドレストは付いていることがある。
この車が正にそうだった。
高橋:「それじゃ、出発します」
愛原:「頼む」
車が出発する。
愛原:「道は分かるのか?」
高橋:「ナビに住所を打ち込んでますから。高速使って、東京まで行きますんで」
愛原:「ああ、分かった」
私はスマホを取り出した。
病院を出たら、善場主任に連絡するよう、言われていたのだった。
愛原:「……あ、もしもし。愛原です。お疲れ様です。今、病院を出ました。……はい。車です。……はい。……あー、そうですか。分かりました。それじゃ、どうしましょうかね。多分、今からですと、午後になるかと思いますが……。あ、それでよろしいですか?……あ、分かりました。それじゃ、近くまで来たら、また御連絡させて頂きます。……はい、よろしくお願いします。……はい、失礼しますぅー」
私は電話を切った。
愛原:「善場主任、俺達の話を聞きたいから、今からデイライトの事務所に来てもらいたいそうだ」
高橋:「今からっスか?午後になりますよ?」
愛原:「それでいいそうだ。今日は善場主任、ずっと事務所にいるそうだから。だから、途中で昼休憩挟んで行こう」
高橋:「分かりました」
愛原:「今からだと……埼玉県内のどこかのサービスエリアかパーキングエリアで昼飯行けるか?」
高橋:「そうっスね。羽生か蓮田ってところかと思います」
愛原:「よし。そこで昼飯にしよう。リサもいいな?」
リサ:「うん」
車は一先ず、東北自動車道のインターに向かって西進した。