[11月28日13:00.福島県福島市 福島赤十字病院 敷島孝夫、アリス・シキシマ、シンディ]
敷島が重傷を負って、3週間以上の時が過ぎた。
入院時は自力で起き上がることさえ不可能だったが、今では車椅子での移動が可能になっている。
「ここまで来たら、とっとと退院したいな」
と、敷島。
「まだでしょ。外出許可が出るまで、あと数日。そしたら、仙台の病院に転院させるわよ」
アリスが敷島の言葉に呆れた顔をした。
「それより、財団の方は大丈夫なのか?何か……ぼんやり聞いたんだけど、平賀先生が財団を辞めるとか……」
「学会とは別だからね、あの組織。研究者だからといって、全員が財団に所属してるとは限らないわ」
「まあ、それはそうだけど……」
「平賀博士は、気づいたわけよ」
「気づいた?」
「財団の存続理由が、あやふやだってこと」
「まあ、確かに『自分の研究内容が正しい』と主張する学会では、迫りくるロボット・テロに対抗できない。利害を超えて、一致団結してそれに立ち向かおうって話だもんな」
そして、それが設立されるきっかけとなったのは、ドクター・ウィリーである。
しかし世界的なマッド・サイエンティストは死亡し、その孫娘たるアリスも脅威では無くなった。
あとは散発するテロくらいだが、わざわざ財団が出張って陣頭指揮を執るまでもない小規模なものばかりだ。
「別に解散したっていいわけだ。まあ、俺達はボカロで稼げるからいいけどさ」
「そうね」
[同日同時刻 東京都西部某所・スクラップ工場 平賀太一]
「……うん、やっぱりそうだ」
平賀は約5年以上前の入退館記録簿を見ていた。
工場の入口には守衛所があり、そこで来場者は入退館記録簿に名前や来場目的を記載することになっている。
平賀が見つけたのは、まずは敷島の名前。
目的は端的に書かれているが、まあ、シンディ(前期型)の『処刑執行』の立会いである。
他1名とあるのは、エミリーを同行させたので、敷島はエミリーも頭数に入れたというのは容易に想像できた。
平賀が予想通りだとしたのは、その日のうちに別の来場者がいたこと。
目的はシンディの処刑執行確認とあるが、敷島に立会いをさせ、そこまでさせたというのに、何故改めて行う必要があったのかだ。
敷島の報告内容に不備があったというのなら、それは後日になるはずだ。
敷島達が退場した1時間後に来場している。
「この人がシンディから何か持ち出したりしましたか?」
平賀が立会いをしている総務課長に聞いた。
「申し訳ありませんが、何ぶん、何年も前のことなので……」
総務課長は頭をかいた。
この入退館記録簿でさえ、本来なら外部の人間に見せるものではない。
が、平賀の地道な努力の結果、調査に漕ぎつけることができたのである。
(もしもこの時、シンディに残されたデータなどが回収されたとしたら……。後期型のシンディの稼働は賛成してるくせに、前期型のこいつは先陣を切って処分しようとしていた……。今にして思えば、随分と怪しい話だ)
「あ、あの……」
その時、総務課長と一緒に立会いをしている警備班長が手を挙げた。
「実はあの時、この方の受付をしたのは私なんです」
「それで?」
「同じく敷島さんのお名前を指差しながら、『この人は何か持ち出したか?』と聞かれました」
平賀が今しがた総務課長に同じ質問をしたので、思い出したという。
覚えている理由としては、この班長がまだ新人だった頃でインパクトが強かったこと、交替したばかりだったので、急いで警備本部に問い合わせたので、記憶に残っているという。
「敷島さんは、とある部品を持ち出しました。それを聞いて、どういう反応をしましたか?」
「『どんな部品か?』とか、『それは有り得ない』とかでした」
敷島は律義に、シンディの胸の中から出て来た鍵を持ち出して良いか担当者に確認していた。
鍵はウィリーが内緒で仕掛けていたものだから、この問い合わせ者も俄かには信じられなかっただろう。
「……分かりました」
[同日同時刻 東京都墨田区菊川 2DKマンション 十条伝助&キール・ブルー]
「失礼します。博士、食後のお茶をお持ちしました」
キールが執事ロボットらしく、恭しい態度で紅茶を運んできた。
「うむ……」
「大丈夫ですか、博士?」
「何がだ?」
「顔色が少々優れぬようです」
「なに、心配無い。今日は……天気もあまり良くないみたいじゃの」
「ええ。確かに夕方より雨の恐れがあるようで、所によっては一時的に強く降るとのことです」
「それは夜の話かな?」
「さようでございます」
「あの時と同じじゃな」
「は?」
十条は紅茶を口に運んだ。
「汝、一切の望みを捨てよ……」
[同日14:00.福島県福島市 東北自動車道下り線 アリス&シンディ(後期型)]
アリスは敷島の見舞いが終わった後、研究所に戻るべく、車を走らせていた。
「ん?着信?」
アリスのケータイが鳴る。
モニターの発信元を見ると、平賀になっていた。
アリスはすぐにインカムを装着する。
「何か用?」
{「ああ、これはこれは……。今、外部に音が洩れないようにしてるかな?」}
「一応ね」
{「件の人物だが、やっぱりウィリーと何かあったみたいだ。過去のことを考えると、色々と不自然なこともあるしな」}
「不自然?」
{「確かに前期のシンディは許し難い罪を重ねて来た。廃棄処分にするのは当然だ。だけど、後期タイプのそれの稼働に賛成している理由が不明だ」}
アリスはちらっと助手席に座るシンディを見た。
「今のボディは何の罪も無いから、でしょ?」
{「ボディが云々というのなら、エミリーにも処分命令が来たっていいんだ。ボディの予備なら、いつでも複製可能だしな」}
平賀は南里からエミリーを相続した時、その命令が財団から来るのではないかと思っていた。
しかし、重鎮の1人がその心配は無いと言ったのだ。
もはやマルチタイプが当時はエミリーしかおらず、学術的な価値があるという表向きの理由で……。
それなのに、同じ理由で前期タイプのシンディを保管しようという理事の意見を封殺し、半ば強引に処分へと持って行った。
{「それとアリス。キミのお祖父さんが死んだ日の、彼の動きは知っているか?」}
「そんなの知らないよ。日本にいたことさえ知らなかったんだから」
{「そうか……」}
「シンディのメモリーには入っていたかもしれないけど、それだって処分されたりしたんだからね」
{「……だよなぁ」}
「まあ、私も心当たりを探してはみるけどね」
{「あるのか?」}
「じー様は何か大事なことがあった時、すぐビデオレターを残すクセがあったからね」
敷島が重傷を負って、3週間以上の時が過ぎた。
入院時は自力で起き上がることさえ不可能だったが、今では車椅子での移動が可能になっている。
「ここまで来たら、とっとと退院したいな」
と、敷島。
「まだでしょ。外出許可が出るまで、あと数日。そしたら、仙台の病院に転院させるわよ」
アリスが敷島の言葉に呆れた顔をした。
「それより、財団の方は大丈夫なのか?何か……ぼんやり聞いたんだけど、平賀先生が財団を辞めるとか……」
「学会とは別だからね、あの組織。研究者だからといって、全員が財団に所属してるとは限らないわ」
「まあ、それはそうだけど……」
「平賀博士は、気づいたわけよ」
「気づいた?」
「財団の存続理由が、あやふやだってこと」
「まあ、確かに『自分の研究内容が正しい』と主張する学会では、迫りくるロボット・テロに対抗できない。利害を超えて、一致団結してそれに立ち向かおうって話だもんな」
そして、それが設立されるきっかけとなったのは、ドクター・ウィリーである。
しかし世界的なマッド・サイエンティストは死亡し、その孫娘たるアリスも脅威では無くなった。
あとは散発するテロくらいだが、わざわざ財団が出張って陣頭指揮を執るまでもない小規模なものばかりだ。
「別に解散したっていいわけだ。まあ、俺達はボカロで稼げるからいいけどさ」
「そうね」
[同日同時刻 東京都西部某所・スクラップ工場 平賀太一]
「……うん、やっぱりそうだ」
平賀は約5年以上前の入退館記録簿を見ていた。
工場の入口には守衛所があり、そこで来場者は入退館記録簿に名前や来場目的を記載することになっている。
平賀が見つけたのは、まずは敷島の名前。
目的は端的に書かれているが、まあ、シンディ(前期型)の『処刑執行』の立会いである。
他1名とあるのは、エミリーを同行させたので、敷島はエミリーも頭数に入れたというのは容易に想像できた。
平賀が予想通りだとしたのは、その日のうちに別の来場者がいたこと。
目的はシンディの処刑執行確認とあるが、敷島に立会いをさせ、そこまでさせたというのに、何故改めて行う必要があったのかだ。
敷島の報告内容に不備があったというのなら、それは後日になるはずだ。
敷島達が退場した1時間後に来場している。
「この人がシンディから何か持ち出したりしましたか?」
平賀が立会いをしている総務課長に聞いた。
「申し訳ありませんが、何ぶん、何年も前のことなので……」
総務課長は頭をかいた。
この入退館記録簿でさえ、本来なら外部の人間に見せるものではない。
が、平賀の地道な努力の結果、調査に漕ぎつけることができたのである。
(もしもこの時、シンディに残されたデータなどが回収されたとしたら……。後期型のシンディの稼働は賛成してるくせに、前期型のこいつは先陣を切って処分しようとしていた……。今にして思えば、随分と怪しい話だ)
「あ、あの……」
その時、総務課長と一緒に立会いをしている警備班長が手を挙げた。
「実はあの時、この方の受付をしたのは私なんです」
「それで?」
「同じく敷島さんのお名前を指差しながら、『この人は何か持ち出したか?』と聞かれました」
平賀が今しがた総務課長に同じ質問をしたので、思い出したという。
覚えている理由としては、この班長がまだ新人だった頃でインパクトが強かったこと、交替したばかりだったので、急いで警備本部に問い合わせたので、記憶に残っているという。
「敷島さんは、とある部品を持ち出しました。それを聞いて、どういう反応をしましたか?」
「『どんな部品か?』とか、『それは有り得ない』とかでした」
敷島は律義に、シンディの胸の中から出て来た鍵を持ち出して良いか担当者に確認していた。
鍵はウィリーが内緒で仕掛けていたものだから、この問い合わせ者も俄かには信じられなかっただろう。
「……分かりました」
[同日同時刻 東京都墨田区菊川 2DKマンション 十条伝助&キール・ブルー]
「失礼します。博士、食後のお茶をお持ちしました」
キールが執事ロボットらしく、恭しい態度で紅茶を運んできた。
「うむ……」
「大丈夫ですか、博士?」
「何がだ?」
「顔色が少々優れぬようです」
「なに、心配無い。今日は……天気もあまり良くないみたいじゃの」
「ええ。確かに夕方より雨の恐れがあるようで、所によっては一時的に強く降るとのことです」
「それは夜の話かな?」
「さようでございます」
「あの時と同じじゃな」
「は?」
十条は紅茶を口に運んだ。
「汝、一切の望みを捨てよ……」
[同日14:00.福島県福島市 東北自動車道下り線 アリス&シンディ(後期型)]
アリスは敷島の見舞いが終わった後、研究所に戻るべく、車を走らせていた。
「ん?着信?」
アリスのケータイが鳴る。
モニターの発信元を見ると、平賀になっていた。
アリスはすぐにインカムを装着する。
「何か用?」
{「ああ、これはこれは……。今、外部に音が洩れないようにしてるかな?」}
「一応ね」
{「件の人物だが、やっぱりウィリーと何かあったみたいだ。過去のことを考えると、色々と不自然なこともあるしな」}
「不自然?」
{「確かに前期のシンディは許し難い罪を重ねて来た。廃棄処分にするのは当然だ。だけど、後期タイプのそれの稼働に賛成している理由が不明だ」}
アリスはちらっと助手席に座るシンディを見た。
「今のボディは何の罪も無いから、でしょ?」
{「ボディが云々というのなら、エミリーにも処分命令が来たっていいんだ。ボディの予備なら、いつでも複製可能だしな」}
平賀は南里からエミリーを相続した時、その命令が財団から来るのではないかと思っていた。
しかし、重鎮の1人がその心配は無いと言ったのだ。
もはやマルチタイプが当時はエミリーしかおらず、学術的な価値があるという表向きの理由で……。
それなのに、同じ理由で前期タイプのシンディを保管しようという理事の意見を封殺し、半ば強引に処分へと持って行った。
{「それとアリス。キミのお祖父さんが死んだ日の、彼の動きは知っているか?」}
「そんなの知らないよ。日本にいたことさえ知らなかったんだから」
{「そうか……」}
「シンディのメモリーには入っていたかもしれないけど、それだって処分されたりしたんだからね」
{「……だよなぁ」}
「まあ、私も心当たりを探してはみるけどね」
{「あるのか?」}
「じー様は何か大事なことがあった時、すぐビデオレターを残すクセがあったからね」