天女の羽衣伝説マラソンの翌日、旧国民宿舎余呉荘の近くの登山口から賤ケ岳(しずがたけ)に登る。
賤ケ岳は、天女の羽衣伝説マラソンの翌日には何度か登っていたが、今回は久しぶりだ。マラソンで疲れた足のリハビリがてら山歩きをするのは、意外といいものだ。
30分ほどで山頂に到着する。賤ヶ岳は滋賀県長浜市にある標高421 mの山で、琵琶湖と余呉湖の間にあり、山域の周辺は琵琶湖国定公園に指定されている。こちら側に見えるのが琵琶湖だ。
そして反対側に見えるのが余呉湖。前日は、この余呉湖の周りを何周も走っていたのだ。
賤ケ岳といえば、歴史通の人ならすぐわかるはずだが、“賤ヶ岳の戦い”が有名だ。天正11年4月(旧暦なので新暦では6月となる)、賤ヶ岳付近で起きた羽柴秀吉と柴田勝家の戦いである。この戦いは織田勢力を二分する激しいものとなり、これに勝利した秀吉は亡き織田信長が築き上げた権力と体制を継承し天下人への第一歩がひらかれた。山頂には、当時の合戦図が建っている。ただ、実際の合戦は、余呉湖周辺で行われたため、山頂で戦が行われたわけではないようだ。
因みに、“賤ヶ岳の七本槍”と呼ばれる秀吉方で功名をあげた7人の武将は脇坂安治、片桐且元、平野長泰、福島正則、加藤清正、糟屋武則、加藤嘉明である。そして、滋賀には、賤ヶ岳の七英雄を名前の由来とした銘酒「七本鎗」がある。
賤ケ岳を下山してから余呉湖観光館に寄ると、たまたま観光ガイドの人がいて“賤ケ岳の戦い”のお話を詳しく聞かせてもらうことができた。後はそのまま帰ってもよかったのだが、Hさんから“MIHO MUSEUM”に行きたいという話が出て、はてそんな名前は聞いたことがなく、どんな場所ですかと聞いてみたのだが、「簡単に説明することはできないが、とにかく行ってみれば凄い場所だというのがわかる」という話を信じて、帰り道とは反対方向に向かって車を走らせた。
余呉湖から西へ90キロほど走り、滋賀県の設楽の山の中に着いた。MIHO MUSEUMまでは、まだ1キロほど手前だったが、臨時駐車場に誘導されてしまう。臨時駐車場に着くと、既に駐車場は、8割方埋まっていた。全く何もない山の中に、車がこれほど止まっていたのにはびっくりだ。関西周辺では人気の場所なのだろう。しばらくすると、MIHO MUSEUM行きの大型シャトルバスが到着し、それに乗ることになった。次から次へと車が入ってくるのでバスはすぐに満員になってしまった。
MIHO MUSEUMは、神慈秀明会という宗教団体の美術品コレクションを展示するために建設された美術館だという。宗教が関わっていると聞くと怪しげな雰囲気を感じてしまうが、実際中に入ってみた感じは、そんなことはなく安心して美術鑑賞をできる場所だった。
駐車場から歩いて行くと、まずレセプション棟がある。そこで、美術館のチケットを購入するのだが、美術館まではさらに500mくらいあり、お年寄りなどは歩いていくのが大変だ。しかし、美術館へと続く桜並木にまず、圧倒された。
お花見はもう終わりかと思っていたのが、こんな山奥で平成最後のお花見ができて大満足である。大勢の人が、カメラを出して写真撮りまくりである。
桜に囲まれた道を抜けるとトンネルがある。トンネルの内部はなんとステンレスで覆われており、照明の淡い光が反射して幻想的な空間を演出している。それにしても贅沢な構造物だ。かなりの建設費用が掛かっているのだろう。
トンネルを抜けると美術館まで橋がかかっている。このトンネルや橋のデザインは、桃源郷をイメージして設計されているそうだ。
ガラスの屋根で覆われた建物が美術館の入り口だ。ここからが有料なので、桜並木だけを見るのは無料というわけだ。この美術館の建物は、自然の景観を損ねないよう、主要な施設はほとんど地下に隠れているということでどんな形なのかははっきりイメージできないのだが、設計者は、世界的に有名な超大物建築家 I・M・ペイ(イオ・ミン・ペイ)だという。ルーブル美術館のピラミッドを設計した人、と聞けばそのすごさが分かる。
1階のエントランスホールから見える窓からの景色は、まるで屏風絵をみているかのような見事さだ。ついつい景色に見とれてしまった。
さて、館内は、紀元前エジプトやインダス、メソポタミア、中国などの美術品が膨大に展示されている。すべて写真撮影禁止となっているので、公開することはできないが、歴史図鑑で見たことあるような貴重品が数多くあり、滋賀の山奥の宗教団体の施設になぜこんなものが保有されているのかと複雑な気分にもなった。
唯一写真を撮れたのは、南館の通路から下を覗くと床に展示されていた「ディオニュソス・モザイク」だ。このモザイクは、中央の 「ディオニュソス」 (ギリシア神話の酒神バッカス) がナクソス島でアリアドネを発見する場面を描いた部分と、周辺の幾何学文様、ギリシャ・ローマ世界の神々や、神話的世界を描いて構成されているという。
美術館内は広く、さすがにマラソンと山登りの疲れが出て、ゆっくり回るのもエラくなってきて、そこそこにして美術館を出る。帰り道、トンネルから枝垂れ桜を眺めるのがまた一段といい。
最後も、しっかりお花見をしてMIHO MUSEUMを出る。
MIHO MUSEUMはHさんの言う通り、簡単には説明できないけど確かにすごい場所だった。展示されている作品が世界中の貴重な作品ばかりで、どれだけの財力を持って集めたのだろうかという驚きが大きかった。ただ、帰りはどっと疲れて眠くなり、運転を交代してもらう羽目になってしまった。
賤ケ岳は、天女の羽衣伝説マラソンの翌日には何度か登っていたが、今回は久しぶりだ。マラソンで疲れた足のリハビリがてら山歩きをするのは、意外といいものだ。
30分ほどで山頂に到着する。賤ヶ岳は滋賀県長浜市にある標高421 mの山で、琵琶湖と余呉湖の間にあり、山域の周辺は琵琶湖国定公園に指定されている。こちら側に見えるのが琵琶湖だ。
そして反対側に見えるのが余呉湖。前日は、この余呉湖の周りを何周も走っていたのだ。
賤ケ岳といえば、歴史通の人ならすぐわかるはずだが、“賤ヶ岳の戦い”が有名だ。天正11年4月(旧暦なので新暦では6月となる)、賤ヶ岳付近で起きた羽柴秀吉と柴田勝家の戦いである。この戦いは織田勢力を二分する激しいものとなり、これに勝利した秀吉は亡き織田信長が築き上げた権力と体制を継承し天下人への第一歩がひらかれた。山頂には、当時の合戦図が建っている。ただ、実際の合戦は、余呉湖周辺で行われたため、山頂で戦が行われたわけではないようだ。
因みに、“賤ヶ岳の七本槍”と呼ばれる秀吉方で功名をあげた7人の武将は脇坂安治、片桐且元、平野長泰、福島正則、加藤清正、糟屋武則、加藤嘉明である。そして、滋賀には、賤ヶ岳の七英雄を名前の由来とした銘酒「七本鎗」がある。
賤ケ岳を下山してから余呉湖観光館に寄ると、たまたま観光ガイドの人がいて“賤ケ岳の戦い”のお話を詳しく聞かせてもらうことができた。後はそのまま帰ってもよかったのだが、Hさんから“MIHO MUSEUM”に行きたいという話が出て、はてそんな名前は聞いたことがなく、どんな場所ですかと聞いてみたのだが、「簡単に説明することはできないが、とにかく行ってみれば凄い場所だというのがわかる」という話を信じて、帰り道とは反対方向に向かって車を走らせた。
余呉湖から西へ90キロほど走り、滋賀県の設楽の山の中に着いた。MIHO MUSEUMまでは、まだ1キロほど手前だったが、臨時駐車場に誘導されてしまう。臨時駐車場に着くと、既に駐車場は、8割方埋まっていた。全く何もない山の中に、車がこれほど止まっていたのにはびっくりだ。関西周辺では人気の場所なのだろう。しばらくすると、MIHO MUSEUM行きの大型シャトルバスが到着し、それに乗ることになった。次から次へと車が入ってくるのでバスはすぐに満員になってしまった。
MIHO MUSEUMは、神慈秀明会という宗教団体の美術品コレクションを展示するために建設された美術館だという。宗教が関わっていると聞くと怪しげな雰囲気を感じてしまうが、実際中に入ってみた感じは、そんなことはなく安心して美術鑑賞をできる場所だった。
駐車場から歩いて行くと、まずレセプション棟がある。そこで、美術館のチケットを購入するのだが、美術館まではさらに500mくらいあり、お年寄りなどは歩いていくのが大変だ。しかし、美術館へと続く桜並木にまず、圧倒された。
お花見はもう終わりかと思っていたのが、こんな山奥で平成最後のお花見ができて大満足である。大勢の人が、カメラを出して写真撮りまくりである。
桜に囲まれた道を抜けるとトンネルがある。トンネルの内部はなんとステンレスで覆われており、照明の淡い光が反射して幻想的な空間を演出している。それにしても贅沢な構造物だ。かなりの建設費用が掛かっているのだろう。
トンネルを抜けると美術館まで橋がかかっている。このトンネルや橋のデザインは、桃源郷をイメージして設計されているそうだ。
ガラスの屋根で覆われた建物が美術館の入り口だ。ここからが有料なので、桜並木だけを見るのは無料というわけだ。この美術館の建物は、自然の景観を損ねないよう、主要な施設はほとんど地下に隠れているということでどんな形なのかははっきりイメージできないのだが、設計者は、世界的に有名な超大物建築家 I・M・ペイ(イオ・ミン・ペイ)だという。ルーブル美術館のピラミッドを設計した人、と聞けばそのすごさが分かる。
1階のエントランスホールから見える窓からの景色は、まるで屏風絵をみているかのような見事さだ。ついつい景色に見とれてしまった。
さて、館内は、紀元前エジプトやインダス、メソポタミア、中国などの美術品が膨大に展示されている。すべて写真撮影禁止となっているので、公開することはできないが、歴史図鑑で見たことあるような貴重品が数多くあり、滋賀の山奥の宗教団体の施設になぜこんなものが保有されているのかと複雑な気分にもなった。
唯一写真を撮れたのは、南館の通路から下を覗くと床に展示されていた「ディオニュソス・モザイク」だ。このモザイクは、中央の 「ディオニュソス」 (ギリシア神話の酒神バッカス) がナクソス島でアリアドネを発見する場面を描いた部分と、周辺の幾何学文様、ギリシャ・ローマ世界の神々や、神話的世界を描いて構成されているという。
美術館内は広く、さすがにマラソンと山登りの疲れが出て、ゆっくり回るのもエラくなってきて、そこそこにして美術館を出る。帰り道、トンネルから枝垂れ桜を眺めるのがまた一段といい。
最後も、しっかりお花見をしてMIHO MUSEUMを出る。
MIHO MUSEUMはHさんの言う通り、簡単には説明できないけど確かにすごい場所だった。展示されている作品が世界中の貴重な作品ばかりで、どれだけの財力を持って集めたのだろうかという驚きが大きかった。ただ、帰りはどっと疲れて眠くなり、運転を交代してもらう羽目になってしまった。
翌日の見学場所私も4年前か?妻と旅行に出かけたことあります。ものすごいところでした。そしてすごく感動したことを思い出させてもらいました翌日信楽に宿泊して信楽焼体験をして湯吞・お皿を作った思い出ぜひまた誘ってください。
国や県でもなく大企業でもない宗教団体がこれほどの美術館を持っているという事に驚きを感じました。宗教の力って凄いなあという事が一番の感想です。