滋賀のNさんのお誘いで、琵琶湖周辺の山巡りに1泊2日で行ってきた。1日目は、隣県の福井県にある岩籠山だ。野坂岳、西方ヶ岳とともに敦賀三山に数えられる山のひとつで、敦賀の山々では、沢の多い山だという。
まずは、集合場所となる北陸本線の新疋田駅まで向かう。早朝、家を出たときは晴れ間も有り、台風の影響も収まり好天になってくるものと期待していたのだが、福井県内に入ると、みるみるうちに気温が下がり、雨も降り出し、太平洋岸の天気とはまったく違う様相になっていた。新疋田駅には8時半ころには到着し、登山の支度をするが、気温が10℃以下となりあまりの寒さに身震いする。
当初は、沢沿いに登山道が続く市橋ルートから行く予定だったのだが、前日この辺りでは大雨が降ったらしく、沢が増水して歩けないだろうと言うことで、森の中を歩く駄口ルートから登ることにして駄口の登山口まで移動する。広い駐車場には、思ったよりたくさんの車が駐車しており、我々もカッパを着込んで出発する。
雨は小降りになっていたが、寒いことには変わりないので、カッパが防寒具代わりだ。国道を渡り登山口に向かう。
序盤から急登が続く。
雨は止んできて、見通しがよくなってきた。
周辺の山の谷筋には雪渓が残っているのが見える。
木々に間に、タムシバの白い花が見られるようになってきた。雪解けが終わるころ山ではよく見られるコブシに似た花だ。
駄口コースの登山道脇にも雪渓が残っている。
ブナ林を抜けると、笹原の中に入っていく。
山頂手前に広がるクマザサの平原は「インディアン平原」と呼ばれ、なだらかに起伏する草原にいくつもの花崗岩の巨石が点在する奇景が目に飛び込んできた。
山頂の東側にも奇岩が点在するピークが見られる。
まずは、岩籠山山頂765.2mに登頂する。風は相変わらず強いので、山頂写真だけ撮って、風があまり当たらない東側のピークに向かう。
途中にあった巨岩は、まるで水木しげるの描いた妖怪「百目」みたいだ。
しかし、90°回って横から見ると「イルカ」にも見える。
さらにその先に見えた巨岩の塊は、鯨の親子にも見える。
これは「カエル」だろうか。
東側のピークの岩陰で昼食を済ませ、下山を開始する。
ブナ林の間に見える白いものは、残雪だ。
さらに下ると、タムシバの白い花びらもあちらこちらに見える。
13:30。駄口登山口に戻ってきた。
駐車場にあった岩籠山の登山ルートマップ。
岩籠山から早い時間に下山できたので、琵琶湖岸にある西野水道(にしのずいどう)に寄っていく。西野水道は、西野の西山という山の麓に、琵琶湖へ向かって貫かれている高さ約2m、幅約1.5m、長さ約250mの排水用の岩穴だ。昨年も見学したのだが、初めての人もいたので、2度目のトンネル探検となった。
西野水道を掘削した人たちを称えるモニュメント。
そして、西野水道歌まで作られている。
西野水道掘削の歴史を読む仲間たち。
そして、トンネル探検が始まる。西野水道は、今から170年前、たびたび洪水に見舞われていた西野地区を、洪水から守るために、充満寺の第11世・恵荘上人の発起により行われた土木事業である。能登、伊勢から石工を招き、実に6年の歳月と1275両をかけてノミだけで掘り抜かれた手堀りの岩穴だ。
西野水道は人ひとりが通れるぐらいの穴の大きさで、足元も水でゆるくなっているので、ヘルメット、長靴、ヘッドランプ等の装備を整えて入り、10分ほどで通り抜けた。
通り抜けた先には、雄大な琵琶湖が目の前に広がっていた。
帰りは、隣の新しいトンネルを通り、入り口側に戻る。
西野水道を出ると、佃煮の魚友商店と清酒「七本槍」で有名な富田酒造に立ち寄ってから、この日の宿泊先となるウッディパル余呉に泊まる。
参考1.岩籠山の高低図&コースタイム
参考2.岩籠山のコースマップ
まずは、集合場所となる北陸本線の新疋田駅まで向かう。早朝、家を出たときは晴れ間も有り、台風の影響も収まり好天になってくるものと期待していたのだが、福井県内に入ると、みるみるうちに気温が下がり、雨も降り出し、太平洋岸の天気とはまったく違う様相になっていた。新疋田駅には8時半ころには到着し、登山の支度をするが、気温が10℃以下となりあまりの寒さに身震いする。
当初は、沢沿いに登山道が続く市橋ルートから行く予定だったのだが、前日この辺りでは大雨が降ったらしく、沢が増水して歩けないだろうと言うことで、森の中を歩く駄口ルートから登ることにして駄口の登山口まで移動する。広い駐車場には、思ったよりたくさんの車が駐車しており、我々もカッパを着込んで出発する。
雨は小降りになっていたが、寒いことには変わりないので、カッパが防寒具代わりだ。国道を渡り登山口に向かう。
序盤から急登が続く。
雨は止んできて、見通しがよくなってきた。
周辺の山の谷筋には雪渓が残っているのが見える。
木々に間に、タムシバの白い花が見られるようになってきた。雪解けが終わるころ山ではよく見られるコブシに似た花だ。
駄口コースの登山道脇にも雪渓が残っている。
ブナ林を抜けると、笹原の中に入っていく。
山頂手前に広がるクマザサの平原は「インディアン平原」と呼ばれ、なだらかに起伏する草原にいくつもの花崗岩の巨石が点在する奇景が目に飛び込んできた。
山頂の東側にも奇岩が点在するピークが見られる。
まずは、岩籠山山頂765.2mに登頂する。風は相変わらず強いので、山頂写真だけ撮って、風があまり当たらない東側のピークに向かう。
途中にあった巨岩は、まるで水木しげるの描いた妖怪「百目」みたいだ。
しかし、90°回って横から見ると「イルカ」にも見える。
さらにその先に見えた巨岩の塊は、鯨の親子にも見える。
これは「カエル」だろうか。
東側のピークの岩陰で昼食を済ませ、下山を開始する。
ブナ林の間に見える白いものは、残雪だ。
さらに下ると、タムシバの白い花びらもあちらこちらに見える。
13:30。駄口登山口に戻ってきた。
駐車場にあった岩籠山の登山ルートマップ。
岩籠山から早い時間に下山できたので、琵琶湖岸にある西野水道(にしのずいどう)に寄っていく。西野水道は、西野の西山という山の麓に、琵琶湖へ向かって貫かれている高さ約2m、幅約1.5m、長さ約250mの排水用の岩穴だ。昨年も見学したのだが、初めての人もいたので、2度目のトンネル探検となった。
西野水道を掘削した人たちを称えるモニュメント。
そして、西野水道歌まで作られている。
西野水道掘削の歴史を読む仲間たち。
そして、トンネル探検が始まる。西野水道は、今から170年前、たびたび洪水に見舞われていた西野地区を、洪水から守るために、充満寺の第11世・恵荘上人の発起により行われた土木事業である。能登、伊勢から石工を招き、実に6年の歳月と1275両をかけてノミだけで掘り抜かれた手堀りの岩穴だ。
西野水道は人ひとりが通れるぐらいの穴の大きさで、足元も水でゆるくなっているので、ヘルメット、長靴、ヘッドランプ等の装備を整えて入り、10分ほどで通り抜けた。
通り抜けた先には、雄大な琵琶湖が目の前に広がっていた。
帰りは、隣の新しいトンネルを通り、入り口側に戻る。
西野水道を出ると、佃煮の魚友商店と清酒「七本槍」で有名な富田酒造に立ち寄ってから、この日の宿泊先となるウッディパル余呉に泊まる。
参考1.岩籠山の高低図&コースタイム
参考2.岩籠山のコースマップ