12月9日、ウオーキングの仲間と鬼石周辺を歩いてきました
急激な寒さのせいか参加者は12名中、5名のみ
出席率が少ないのは残念でしたが車一台で気の向くままに歩くのもいいかもしれません
運転は「私がやる」と名乗り出た85歳の大々先輩
今日の桜山の予定の外に案内したい場所を見つけてきた様です
その一つ、世界遺産となった富岡製糸と共に仲間入りをした「高山社」に向かいました
竹林を縫う様に作られた遊歩道は朝早いせいか暖房のきいた車から降りたばかりのせいか
思わず身震いするほどヒンヤリした空気が淀む小道です
橋を渡った先に時代を感じさせる長屋門が見えてきました
丁度、私達と入れ替わりに清掃を済ませたご婦人方がにこやかに挨拶をして通り過ぎて行きました
写真は現在の建物(蚕室 件 住居)と当時の高山社産業学校
まさか世界遺産に指定されるとは思ってもみなかったのでしょう
雨戸がサッシに変わってしまったのが何とも興醒めですが
又、明治・大正の頃はこの蚕室を囲む様に有った作業場なども取り壊され
現在、残るのはこの蚕室のみです
創立者は高山長五郎氏
開設以来、日本のみならず朝鮮や清国からも養蚕技術を学びに留学生が来ていた様ですが
卒業後は地元に戻って養蚕指導に当たる者や高山社授業員として各地に派遣される者も居た様です
長五郎氏が生活していた部屋を拝見させて頂きました
ゆったりと感じられるのは天井が高いせいでしょうか
今は余り見られなくなった書院窓も落ち着いた雰囲気を醸し出し、これまた素敵です
隣の部屋の襖には季節を読んだ漢詩がかかれていました
私が気に入ったのは左から二番目
梅の花は散りながら雪を伴って奏でる琴上に飛び
柳の緑は春霞に混じって杯中の酒に映ずる
ゆったりと流れる様な情景が浮かぶ様です
では、丁寧な説明付きでしたのに見学は無料の高山社を後にして本来の目的地「桜山」に向かいましょう
桜山は先日、来たばかりなので余り乗り気ではなかったのですが
例会を2回欠席してしまいましたので仕方なしのウオーキングです
紅葉を映していた池は11時を回ったと言うのに薄氷が張っていました
木々も葉を落とし冬本番の装いです
桜は先日より少し多目でしょうか
お弁当を広げた場所はベンチが並ぶ日溜り
ほんの僅かに紅葉が残っていました
まるで、今日の私達の為に葉を落とさずに頑張っていたのでしょうか
次に案内して頂いた場所は三波石峡です
天気予報では午後から崩れると言っていましたが、その通り風が出てきました
気温もグッと下がった様です
それでもみなさん元気ハツラツ、一番年下の私が弱音を吐く訳にはいきません
三波石は私の家の庭にも置いて有りますが、ここにはそのお宝がそれこそゴロゴロ
ここで一言
石やさんが売りに来たら絶対に午前中は買わない事です
何故、午後(夕方)が良いかといいますと
石は値が有って無い様なものですから折角、重機で積んだ石を持ち帰りたくはない訳ですね
その時が狙い時で価格は半値以下まで落とす事が出来るのです
何時もでしたら桜山で終わりにして温泉へと行くわけですが今日はもう一つ城峰公園まで足を延ばしました
城峰山は埼玉と群馬の県境に有り埼玉側から登山で来た事は有りますが
車で来られる公園へは初めてです
この山にも冬桜が咲いていまして縦横に遊歩道が張り巡らされ
私達が選んだのは約1時間近くのコースでした
少ない人数でしたが、これもまた良し・・・でしょうか
( ↑ 夜にはイルミネーションが灯り桜のライトアップも有るのだとか)
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お写真と説明がいつしか私自身もご一緒させていただいている気分になります。
蚕室は、小さい頃覗いた記憶と、ここ最近ではスイスで見た記憶があります。
光沢のあるすべすべとした生地の良さは子供の頃は全然分からなかったけれど、今は本当によく分かります。
肌にスルッと馴染む感覚も、絹ならではの心地よさも今は本当によく分かるようになってきました。
歳を重ねるのもそう悪くはない、と思う瞬間でもあります。
良いものを見極める目・・・
たかさんのおかげで少しづつついてきているのではないかしら・・・と思っている最近のsisiです。
ほんと、ありがとうございます。
私が生まれた場所は半分以上が農家でしたので
友人の家へ遊びに行った折りお蚕さんの餌(桑の葉)を
上の写真に有ります、あれは桑かきとでも言うのでしょうかね
それで畑からとってきた桑をかくお手伝いをしたものです。
お手伝いと言いますか物珍しさに、やりたくて仕方なかったんですね。
なので桑の葉の匂いは今でも忘れる事は有りません。
ただ、お蚕さんを触る事は出来ても糸にする時に湯がく(?)あの臭いだけはどうしても馴染めませんでした。
それと当時の農家の人達は売り物に出来ない糸を織り(タイシルクと同じ)それで自分の着物を作って着ていましたが
考えてみれば農家以外の人間は木綿の着物だと言うのに
たとえ、はじかれた絹だとしてもそれを当然の様に普段着としていたのですから
今、考えてみれば何と贅沢な・・・ですよね。
湯がくと言えば、湯がいた虫(蚕かどうかは知りませんが)を韓国では路上であの臭いを周囲に撒き散らせながら売っているのには驚きました。
側を通るだけでも吐き気がするのに、どうにしてアレを食べるのでしょう。
食べてみれば病みつきになるお味なのかしらね。