梅雨明け。
梅雨明け近く・・・ 庭の紫陽花も終わりです。
2017年の関西・近畿地方の梅雨明けは、7月16日頃から7月26日頃の間くらいだそうです。
今日は10日。 梅雨明けまで、あと1週間くらいかな?
今日も、蒸し暑いけだるい梅雨の午後が過ぎていく。でも、梅雨のこんな日が好きです。
季節にも終わりがあり、花にも終わりの時期があります。
今年も、紫陽花の花を楽しみました。 来年まで、紫陽花の花とお別れです。
梅雨の午後を、大好きなモーツアルトを聴きながら、最後の紫陽花を眺めながら、過ごしました。
そして。
今日は7月10日。年間第十四月曜日。
今朝も、ラン途中で、プロテスタント教会の『掲示板』の『今週の一言』のチェックです。
『今週の一言』 は 『祈り』 でした。
『祈り』で、第一に思い出すのは・・。
『ゲッセマネの祈り 』 です。
ゲッセマニで祈るイエスです。
『最後の晩餐の後、イエスは弟子たちと一緒にゲッセマネという所に来て、
「わたしが向うへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。』
マタイ福音書 26-36
先週の『叫び』 に続いて、今週は『祈り』 です。
先週。
イエス・キリストは、十字架上で、苦しみのあまりに、神に向かって叫びました。
『三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」
これは
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。』
マルコ福音書 15章34節
そして。
叫ぶ前。
イエス・キリストは、
最後の晩餐の後、祈るために、
弟子たちと、オリーブ山のふもとにあるゲッセマネの方へ向かわれたのです。
『ゲッセマネでのイエスの祈り』・・・イエスに襲いかかる死・・・『キリストの受難』の始まりです。
『イエスの祈り』
『ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。
そして、彼らに言われた。
「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。」
少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。』
『ゲッセマネの祈り 』 苦しみもだえ、祈るイエスです。
「父よ、できることなら、この杯(十字架上の死)をわたしから過ぎ去らせてください。
しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」』
マタイ福音書 26章37-39節
『イエスの祈り』は、人類の贖罪のために我が身の死を受け入れるための、『孤独の戦い』 でした。
『すると、天使が天から現れ、イエスを力づけられた。』
『ゲッセマネの祈り 』 滴る汗の、祈るイエスです。
『イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。 汗が血の滴るように地面に落ちた。』
ルカ福音書 22章43&44節
『もしできるならば・・・。』 『しかし、私の願いではなく、御心のままに。』と、イエスは祈り続けました。
祈るイエスは、弱く、みすぼらしく、そして無力な姿に見えます。
しかし。
その『ゲッセマネの祈り』 の中で 『敵・死を打ち砕く勝利』が与えられたのです。
以前に。
イエスは、弟子たちに教え、諭されました。
『この種のもの(奇跡)は、祈りによらなければ決して実現することはできないのだ』
マルコ福音書 9-29
『祈り』 とは 『神の力』。 『何にも勝る神の力』 なのです。
以上。今朝、走りながら考えたことでした
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
神頼み。わらをもつかむ思い。等等。 困窮する時の祈りですよね。 祈りで力をもらって、頑張りましょう!
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7/10。5時半。 コンクリート道の前方。ニョロニョロ動くものが、二匹。 ”赤ちゃん蛇?”。 近づくと、大きなミミズが二匹。
”自転車にひかれるよ。危ない。危ない。” と。 二本の枯れ木で、草原に移動してあげました。8㎞。
7月の運動: ランニング 62㎞ 階段上り下り 0回 登山 1回