まりはな屋

地方都市で、清貧生活  

愛+義務+責任

2007年12月25日 17時21分01秒 | 犬だって
わたしは異常に涙もろい。

悲しい話や感動的な話など、すぐに目が潤んでしまう。

だが、そのとき本当に悲しんでいるか、感動しているかというとそんなことはないのだ。

むしろ「お涙ちょうだい」とか「感動の安売り」とか醒めた気持ちでいることが多い。

ところが脳のどこかに、わたしの気持ちとは裏腹に条件反射で目を潤ませる場所があるらしく

え、こんな話で泣けるの?という話でさえ泣けてしまう。

例えばドラマの途中から見て全く筋がわからないのに、

人が泣くシーンを見ただけで涙ぐんでしまうし

森三中の大島美幸が再現ビデオ(ギャグ仕立て)で泣くシーンがあったのだが

それでもらい泣きしてしまったことさえある。

話の内容よりも、人の泣く姿にもらい泣きすることが多い気もする。

わたしの父もどうでもいいドラマで涙ぐんでいるから遺伝かもしれない。

母はそういうのにドライな質で、父やわたしが涙ぐんでいると

「なに泣いてるの」とバカにしたように言うのだが

ふと、30年前にチビという犬が死んだときのことを思い出した。

チビは父が山から拾ってきた。

すでに成犬でかなり大きかったのだが、なぜかわたしはチビと名付けた。

大人しく利口な犬だったが、病気にかかっていたのか年を取っていたのか

数年で死んでしまった。

死んでしまう夜に首輪を外すと、よろよろとどこかへ行こうとし途中で力尽きて倒れた。

大泣きする、当時小学二年生のわたしに母が言い放った。

「面倒も見てなかったくせに、なに泣いてんのよ」

普通のお母さんだったら

「チビは天国に行ったのよ」とかぎゅっと抱きしめてくれるとかありそうなもんだが。

しかし、こういうドライさがわたしを強くしたと言えるかもしれない。

泣きじゃくりながらわたしは言い返した。

「面倒見てなかったから泣くんだ!」

このときの気持ちが、それから後に動物と接するときの原点になっている気がする。

動物の世話というのは、正直億劫なときもある。

散歩行くの面倒臭いな、とか小屋の掃除やりたくないな、とか。

しかし、やらなければ自分が後悔することになるという気持ちが

そういう怠け心を吹き飛ばすのだ。

動物と暮らすには愛情はもちろんだが、義務感や責任感も必要だ。

もしかすると、結婚や子育てや介護にも同じことが言えるかもしれない。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

目なんかウルウルさせたってさ

2007年12月15日 21時58分23秒 | 犬だって
図書館の帰り、公園を通ると道の真ん中でチワワが固まっていた。

飼い主がいくら引っ張っても、てこでも動こうとしない。

わたしはチワワが好きじゃないのだが、その様子は可愛らしかったので

あら、きめっこしてどうしたの?と声をかけながら近づいた。

ちなみに「きめっこ」は方言で「すねてる」「むくれてる」の意味。

すると飼い主が素早く近づきさっとチワワを抱き上げた。

まるでウチの子に触らないで、というように。

そしてわたしの顔など見ずチワワに「寒いからかな~」などと話しかけている。

感じ悪い。

これだから愛玩犬の飼い主は苦手なんだ。

この人たちは買った犬を飼っているんである。

わたしにとって犬は拾ったりもらったりするものであって

選んだわけではなく、なんとなく出会ったという感じである。

ショップで気に入った犬を買う人たちに感じる違和感は拭いがたい。

それでまたどういうわけか愛玩犬の飼い主って愛想悪い。

わたしは、散歩の途中話しかけてくる犬好きとはよく話をしたし

うちの犬を可愛いと言ってもらえるのは嬉しかった。

しかし、愛玩犬の飼い主は「ウチの子が可愛いのは当たり前」で

いちいち話しかけられたりするのは鬱陶しいのかもしれない。

こういう人たちは、犬が好きなのではなく「ウチの子だけ」が好きなのだろう。

もっともチワワって案外気が強いので、わたしを噛んだりしないように抱き上げたのかもしれない。

どっちみち好きになれないけど。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

必須科目

2007年12月04日 17時40分04秒 | 箸が転んでも
母はクロスワードが好きで、新聞や雑誌で見つけるとすぐに挑戦するのだが

ときたま、とんでもない答えを平気で書き込んでいる。

昨日も途中からわけがわからなくなり、助けを求めてきたので見ると

横の答えが絶対に「ツガイ」と入るところの「ガ」の部分が

すでに「レ」で埋められている。

縦の答えを母は「レキシ」と書いていた。

問題を見ると「学校で習う科目」とある。

正解は「ガッカ(学科)」である。

学校で習うものをいきなり「歴史」と限定する豪快さ。

やっぱり母にはかなわないわ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする