まりはな屋

地方都市で、清貧生活  

急に頼ってはいけない

2024年04月19日 23時55分49秒 | 日々雑感
知人の高齢女性の様子が変だと、共通の知人から連絡があった。

仮に、知人女性をAさんとする。

Aさんは、夫と子供に先立たれて一人暮らしをしている。

とてもその年齢には見えないほど元気で、頭の回転も速い。

先月も高速バスで東京に出かけたばかりだ。

耳は遠くなく、ハキハキと大きな声で喋る。

それが、共通の知人Bさんによれば電話の様子もろれつが回っていないようだという。

県外に住むAさんの妹からBさんに「姉の様子が変だから病院に連れて行って欲しい」と電話があったそうだ。

「明日、Aさんを病院に連れて行く」とBさんは行ったのだが

結局、翌日になって「様子を見てから」ということになり、一緒に様子を見に行った。

すると、いつも元気なAさんは床にごろりと横になったままでわたしたちを迎えた。

身体がだるくて寝ていたと言う。

やっと起き上がったが目はうつろ。

表情も無く、声も小さい。

会話は成り立つけれど、話し方は非常にスローモーで

いつものAさんを知っている人なら明らかにおかしいと思う状態。

利けば、二日ほど前には自分でも異変を感じて救急車を呼んだという。

だが搬送先の病院では「特に異常なし」と帰されたそうだ。

一人暮らしの高齢者をそのまま帰したことにわたしは驚いた。

それでも本人は「大丈夫、洗濯もしたし」などと言っている。

Bさんはと言えば「お話も出来るし大丈夫じゃない?」とのんきなことを言っている。

Aさんが元々そういう風だったのならともかく、普段と余りにも違いすぎる。

こういうとき、どうすればいいの?

非常に元気な人だったから、高齢者支援サービスは受けていない。

ただ「要支援1」の認定はされている。

月に1度くらいは市の福祉課の人が様子を見に来たりするらしい。

でも、その人たちの連絡先が分からない。

Aさんに聞いてもはっきりしない。

Bさんが民生委員の人を呼んでくれたのだが

「ちょっと様子が変ですよね?どうしたらいいですか?」と聞くと

「なるべく早く施設に入った方が」と言う。

それはそうかもしれないが、今、この状態はどうしたらいいの?

民生委員の人が高齢福祉課に電話をして、Aさんの担当と連絡を取ってくれた。

Aさんは、心配していた妹さんからの電話を受けていたので

福祉課の人からの電話をわたしが受けると「本人に替わって下さい」と言う。

本人は妹さんと電話中ですが、様子が少し心配で・・・と言うと

「でも、妹さんと話せてるんですよね?」と言う。

そうですけど、今から来て頂けませんか?と言うと

「わたしたちが行っても・・・」となぜかちょっと笑っている。

(わたしだって、この人たちに言っても仕方ないのかもくらいのことは分かっている。

だが、誰に言えばいいのだ?

自分たちが行っても仕方ないと思うのならば、こういう時によぶべき人を教えて欲しい)

じゃあ、どうすればいいんですか? 2日前には救急車も呼んでるんですよ。

家の中で転んだとも言ってますし、このままほっておいて火の元とか大丈夫なんですかね。

声を荒げないように、自分は心配をしているので、どうすれば良いのか教えて欲しいということを伝えた。

すると勢いに気圧されたのか「失礼しました。上司と相談してうかがえるか確認します。うかがえないときはご連絡します」

ほどなく上司?から電話があり、今から係がうかがいます、とのこと。

結局、二人でやって来たのは高齢福祉課の人らしいのだが

まあ、今日の所は大丈夫じゃないかということを確認したのみだった。

だが、この一件で「行政はあてにならない」と言ってはいけないと思った。

Aさんはあまりにも元気だったので、行政の支援を受けていなかったと思う。

身の回りのことは全部自分で出来るので、買い物や家事なども頼んでいなかった。

もちろんある程度の料金はかかるので、自分でできることは自分でするのは間違っていない。

ただ、元気なうちからある程度の支援を受けていれば、この異変にもう少し早く気づいてもらえたのではないか。

ゆくゆくは施設に入ることも考えていたようだが、まだまだ元気だからと詳しいことは誰にも相談していなかったらしい。

「らしい」となっている時点でわたしもBさんも、Aさんがどんなつもりでいたのか知らないということだ。

老いは徐々にやってくるときと突然やってくるときがある。

徐々にくる老いをうまくやり過ごしている内に突然来る老いに備えなければいけなかったのだ。

他人事ではない。

自分の親がいきなり動けなくなったら?

どこかが悪いわけではなく単に身体機能が落ちただけでは入院も出来ない。

数日は仕事も休めるだろうが、その後は?

介護認定を受けていても、大丈夫、一人でトイレも行けるしお風呂も入れる。

まだまだ家で充分暮らせる。

もしもそういうことが出来なくなったらそのとき考えればいい・・・

それでは遅いのだ。

いや、まあどうにかはなるのだろうけど、そのとき考えるよりは早めに考えていた方が良いと

Aさんの件で分かった。

そして自分の老後だ。

まだまだ先、っていうかそんなに長生きしないし・・・

なんて甘いこと考えているうちに、突然、身体が動かなくなるほどの老いがやってくるのだ。

独身者の老後を危惧する声が多いけど、Aさんが夫や息子に先立たれたように

既婚者だって老後を一人で迎える可能性はあるのだ。

あるいは子供が遠方に住んでいることだって。

終活という言葉は言い換えて欲しい。

快適に老後を生きる為の活動。

快老活。

老活でもいいけど。

とにかくわたしは、今から老後のことを真剣に考えることにした。

どうにかなるさは通用しない。

どうにもならない。

周りに迷惑をかけるのも嫌だが、自分の納得のいかない目に遭うのも嫌だ。

行政は早めに正しく頼ればきっと応えてくれる。

もしも行政に頼りたくないのなら、頼りになる民間施設を探せばいい。

キリギリス的な生き方を貫こうと思っていたわたしだけれど

Aさんの件にはショックを受けた。

人は老いる。

当たり前のことなのに、知っていたはずなのに、目をそらしていたわけではないのに。

自分の親の老いが緩やかなことに安心していた。

突然老いるのはきっとこれから。

とにかく備えるのだ。







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