映画でもドラマでも小説でも漫画でも、「悪女もの」というジャンルがある。
小悪魔系であったり純粋無垢系であったり計算高かったり、タイプは色々だが
そういった女性に手玉に取られ騙され翻弄された男が破滅するというパターン。
こういったものを見て「男は馬鹿だなー」と溜飲を下げる女性は少ないと思う。
翻弄された男に同情はしないが(自業自得)、さりとて愉快な気にもなれない。
むしろ不愉快になるのは、どうしてなのだろう。
男を操れる同性に対する妬みだろうか。
こういう「悪女もの」って誰に需要があるのだろう。
女性にはさほど需要があるとも思えないのだが。
男の中に、こういう悪女に出会ってみたいという願望があるのだろうか。
自分は絶対に近寄らないけど、他の男が手玉に取られるのを見てよろこぶという悪趣味?
美しく優しい悪女になら翻弄されてもいい・・・とか。
悪女=美しいという幻想、妄想。
現実には美しくない悪女に殺される人もいるわけだが。
美醜の価値観はそれぞれだから、何とも言えないけど。
わたしが悪女ものを嫌いなのは、そこで描かれる悪女のパターンが
たいがい、男を利用してのし上がる的なものだからだ。
男を利用するのも自分の力(魅力とか魔力とか手練手管とか)かもしれないけど
なんかもっと実力でのし上がってほしいなーと思うのだ。
もっとも、なんだかんだ言っても社会は男優先で
実力ではのし上がらせてくれないのだろうか。
悪女でもなく努力家でもないわたしは、他力でも自力でものし上がるにはほど遠く。
それにしても「のし上がる」ってすごい言葉だ。
何かを踏み台にして、無理やり上に行くイメージ。
のし上がった先には何があるのだろう。
そこからの眺めはいいのだろうか。
蜘蛛の糸では上れないのだろうか。
わたしがもしも地獄に落ちて、上から細い蜘蛛の糸を垂らしてもらえたら、
下の人もみんな、蹴落とさないでみんなで上ろう…と子供の頃に思ったな。
今も掃除中に蜘蛛をそっと逃がすたびに思う。
わたしのこと、いつか助けてくださいよ。
悪女は地獄に落ちるのだろうか。
仕方がないから、わたしの糸に一緒につかまらせてあげよう。
恩着せがましい…
小悪魔系であったり純粋無垢系であったり計算高かったり、タイプは色々だが
そういった女性に手玉に取られ騙され翻弄された男が破滅するというパターン。
こういったものを見て「男は馬鹿だなー」と溜飲を下げる女性は少ないと思う。
翻弄された男に同情はしないが(自業自得)、さりとて愉快な気にもなれない。
むしろ不愉快になるのは、どうしてなのだろう。
男を操れる同性に対する妬みだろうか。
こういう「悪女もの」って誰に需要があるのだろう。
女性にはさほど需要があるとも思えないのだが。
男の中に、こういう悪女に出会ってみたいという願望があるのだろうか。
自分は絶対に近寄らないけど、他の男が手玉に取られるのを見てよろこぶという悪趣味?
美しく優しい悪女になら翻弄されてもいい・・・とか。
悪女=美しいという幻想、妄想。
現実には美しくない悪女に殺される人もいるわけだが。
美醜の価値観はそれぞれだから、何とも言えないけど。
わたしが悪女ものを嫌いなのは、そこで描かれる悪女のパターンが
たいがい、男を利用してのし上がる的なものだからだ。
男を利用するのも自分の力(魅力とか魔力とか手練手管とか)かもしれないけど
なんかもっと実力でのし上がってほしいなーと思うのだ。
もっとも、なんだかんだ言っても社会は男優先で
実力ではのし上がらせてくれないのだろうか。
悪女でもなく努力家でもないわたしは、他力でも自力でものし上がるにはほど遠く。
それにしても「のし上がる」ってすごい言葉だ。
何かを踏み台にして、無理やり上に行くイメージ。
のし上がった先には何があるのだろう。
そこからの眺めはいいのだろうか。
蜘蛛の糸では上れないのだろうか。
わたしがもしも地獄に落ちて、上から細い蜘蛛の糸を垂らしてもらえたら、
下の人もみんな、蹴落とさないでみんなで上ろう…と子供の頃に思ったな。
今も掃除中に蜘蛛をそっと逃がすたびに思う。
わたしのこと、いつか助けてくださいよ。
悪女は地獄に落ちるのだろうか。
仕方がないから、わたしの糸に一緒につかまらせてあげよう。
恩着せがましい…