新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

そこのけ、そこのけ、America First様のお通りだ

2017-01-24 07:39:42 | コラム
既存の制度破壊と新規構築を恣意的に:

正直なところ、流石の私もトランプ大統領を論じるのには些か草臥れきた。言うなれば「もう好い加減にしようか」なのだ。だが、そうも言っていられない状況が続くので敢えて最新版を手短に。

疑問に感じる国際的感覚:

新大統領が国際政治や経済の過去・現在に精通しておられないだろうと推測してきたし、キャンペーン中と指先で主張されてきた事柄はどちらかと言えば古き良き「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と持ち上げられていた頃のアメリカの弱点を補うどころか、逆転せて“Make America Great Again”を目指しておられるようにしか見えないのだ。現に「日本が見たこともないような大きな船で自動車を輸出してくる」などと曰うに至っては、その現場をご覧になったのかと、側近は何をしているのかなと疑いたくなってしまう。

1972年8月にアメリカの会社に転進して以来、1994年1月末で引退するまで紙パルプ産業界の(遺憾ながら嘗てのと言わざるを得ないのだ)大手2社で対日輸出を担当することになった。そこでは我が国における貿易担当業務というか、海外の市場を相手にする場合の心がけ乃至は常識がアメリカとは非常に異なっていたのには寧ろ驚かされたのだった。

即ち、(紙パルプ産業界以外でも同様だと信じていたことで)海外と取引する場合には先ず英語がある程度以上解っていることが最低の条件であり、それを基にして「インコタームズ」(=International Rules for the Interpretation of the Trade Terms)、即ち「貿易取引条件に関する国際規則」等々の知識を学んでおかねばならず、言うなれば国内取引とは違う一種の特殊技能的な仕事の理解を求められているのだった。故に、海外部であるとか貿易部は国内営業担当とは別個の組織であるのが一般的だった。

ところがである。アメリカの会社に入ってみれば、その認識というか考え方は「営業は飽くまでも営業であって国の内外に分けての担当者がいる訳ではなく、営業担当のマネージャーはごく当たり前のように輸出入の業務を手がけているのだった。そこには確かに英語の専門語の特殊な知識など必要はなく、例えば「船荷証券」(=Bill of lading)はB/L以外の何物でもなく、そのまま解るのだから、特殊でも何でもないのだった。

その感覚で、国内での取引を推し進める感覚で、海外の市場や取引先や見込み客と接していくのだった。そこには私が後年散々悩まされた「他国との文化の違いがもたらす行き違いや、意思の疎通の難しさ」などには余り深い注意を払っていないかのようだった。勿論、営業担当のマネージャー全員がそのような感覚の持ち主だというのではなく、中には貿易慣行の違いを熟知して、海外の得意先を説得する技術を持っている場合もあった。だが、一般論では「余り気にしていない」と言って誤りではなかっただろう。

この度のトランプ大統領はNAFTAの再交渉を明言した。これはWTOの規定の存在があろうとなかろうと、メキシコとカナダとと域内の関税撤廃を買えていこうとの明確な意思表示であり、両国からの輸入品に高率の”border tax”を掛けて国内の産業を保護し、job(雇用と訳すのは不適切である)を守ろうという既存の制度の破壊に明らかに指向している。古き良き強いアメリカの世界に対する認識と、誇り高き優越感が通用した時代の頃を想起させられた。

このような政策を打ち出す背景には「貿易の実態と実務を知らずに言うのか、あるいは百も承知で大統領ともなればNAFTAだろうとWTOなどでも改編してみせる」という自負があって言われたのかは不明だしその意図は誠に壮大だが、極めて危険である気がしてならない。私はトランプ大統領はビジネスマンとしては不動産業しか営んで来た経験がいかなくて、その経験を基にして「国内も国外も同じ商売だ。力があれば押し切れる」とでもお考えなのかなと疑いたくなる。

即ち、「買ってやる方が強いのであり、売り込む方がアメリカの富を収奪するのだから、それに対する相応の罰を与えても良いのだ。それこそが“アメリカファースト”であり、国益を守っているのだ」という、かなり純真且つ素朴な営業感覚のようにも見える。私はこの主張を聞いた時に真っ先に思い浮かべた言葉があった。それは“retaliate”だった。ジーニアスには「[人・攻撃などに/・・・で報復する、復讐する」となっている。それ即ち、メキシコは黙っていないだろうし、WTOに提訴されれば当該する諸外国は看過しないだろうという危惧だった。

私には一事が万事で、トランプ大統領が貿易の実務というか細部までお解りなのか否かなどは解る訳がない。だが、その感覚を見ている限り、国の内外についての区別がないようで、「アメリカという『再び偉大になろう』とする国の力があれば押さえつけられる案件だ」とでも単純化して考えておられるのだろうとも思えるのだ。そうなってしまうか否かは現時点では全く“unpredictable”だろうと私は思う。それは、こういう先例がないので判断の基準がないのだからだ。

フジテレビがずっと使っている元はと言えばNHKの木村太郎氏は数少ない「トランプ当選説」を唱えていたコメンテーターだった。彼は「トランプ大統領は選挙キャンペーン中の旗印だった“アメリカファースト”をこれから先にあらゆる政策において実践していくだろう」と言い出している。遺憾ながら、私は至極尤もな観測であると思って聞いた。これは換言すれば「国益最優先」と言っているのと同じで「それを実現する為には余所の国のことなど構っていられるか」と声高に全世界に向けて宣言したのだ。

私が既に何度も指摘してきたことに「アメリカの製造業は自国の強力な労組の為に労務費が製品価格に転嫁不可能なほど高騰しただけではなく、国際市場での競争力が著しく低下した為に空洞化に走ったのだった」がある。オバマ大統領がその呼び戻しに失敗したことも述べた。その状況下にあって、トランプ大統領はその世界的に競走能力を失っていたアメリカの労働市場に製造業を回帰させる政策に打って出たのだ。その辺りを「ご承知でか」と私は疑問を呈した。

自動車産業だけを考えてみれば、そういう諸般の事情がデトロイトの無残な敗北をもたらしたのだった。そこに再び「アメリカファースト」の旗印の下に自動車生産を強化させて、品質は一時措くとしても、製造コストが高い車を大量に生産して、アメリカの需要者が「そうですか、アメリカファーストですか」と言って他国のブランドの車より高価になっても国産車を嬉々として買うのだろうか。いや、だから高率のborder taxで保護してやると言われているのだろうか。だが、ここにはトヨタを始めとして多くのアメリカ車以外が大量に現地生産されているとの視点が欠落しているのではないのか。

多くの産業界に国内生産の回帰させた場合には一時的で済めば良いのだが、国内の物価水準が一気に高騰する危険性がありはしないか。インフレに向かって行く危険性はないのか。その辺りは「アメリカファースト」の前にあっては大事の前の小事とご認識かと思ってしまう。何れにせよ、新大統領は未だ嘗て誰も考えもしなかったような国際慣行無視で、自国の為だけを目指した壮大な改革を開始されたと思えてならない。

それならそれで外野か外国から四の五の言うべきことではないが、トランプ大統領はこの大改革を打ち出した以上、当たって砕けろという言わば「玉砕戦法」ではなく、私が常に指摘してきた“Contingency plan”が十分に練り上げられ、準備万端抜かりなく、代替の矢は2本も3本も用意されているものと思いたいのだが、さてどうなのだろうか。メキシコとカナダが「とんでもない。自由貿易を死守する」と言った場合のalternative ideasはどうなっているのかな。

私は、兎に角トランプ新大統領が国際的な政治や経済の場での仕来りや仕組みをご存じではないと決めつけるのも危険だが、精通した上で熟慮断行されたのだったらもっと危険だと思う。参謀(何故か英語では”staff”だが)たちが然るべくブリーフィングをしてあるので、新政策が孕む危険性を先刻ご承知だと考えておく必要もあると考えている。だが、既に言ったように「無知は力なり」で押し通されてはとても怖い存在なのだ。