新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

1月17日 その2 ロッテの工場の跡地

2018-01-17 13:31:12 | コラム
7,500㎡の用途は未定らしい:

このPC部屋からはロッテの新宿区百人町のチューイングガム工場の更地のままの跡地が見える。この工場は山手線の車窓から見える位置にあり、JR山手線の新大久保駅からは徒歩で5分とかかるまいと思われ、立地条件も優れていると思う。工場の隣には嘗てロッテ球団の事務所があり、その工場に面した路地を通れば鼻をつくガムの臭いに悩まされることもあった。

その工場はずっと操業を停止したまま放置されていたが、昨年の初めから解体工事が始まり8月には終了した。しかしながら、その跡地には一向に何の工事も開始されないので不思議に感じていた。当アパートからも徒歩5~6分の距離になるが、ついぞ「どうなっているのか」と視察に行くこともなかった。

そこに、一昨日「すし三昧」に行く途中にその路地を敢えて通ってみた。すると7,500㎡(=約2,270坪、即ち良く言われる東京ドームの6分の1程度の広さ)はまさしく更地で、サッカー場が何面でも取れるかと思わせる広い土地には少しだけ雑草も生えている状態だった。路地との境となっている金網にも何の建設予定の表示もなかった。

この工場は検索してみれば、1950年操業開始とあるから、私が大学を卒業するよりも前から稼働していたとは意外だった。55年に卒業してからこの工場の存在に気付き、ロッテもまた何と辺鄙なところに工場を建てたものだと感心し且つ呆れていた記憶がある。当時は新宿区百人町などは僻地と思わせるのだった。

それがどうだろう、今やその僻地の直ぐ近所のアパートに住むようになってから間もなく満30年を迎えるのだ。世の中というか、運などというものは解らないものだとつくづく思う。

この跡地の話をジムの物知りの係員にしてみたところ、「自分もどうする気なのかと関心があった。あの会社もトップが韓国で色々と問題を起こしているから、跡地を活かす計画まで手が回らないのじゃないか」との見解を聞かせてくれた。あの跡地は西武新宿線の線路との間に広い放置自転車の収容所もあるし、高田馬場駅前から職安通りまで抜けるはずの通称「新しい道」も通っており、6本もある線路からの騒音からも隔離されているので、マンションでも建つのかと近所では推測されている。

だが、私の乏しい不動産関連の知識では「更地で置くよりも上物が建っている方が税率が低い」はずだから、ロッテは何をしているのかなと疑いたくなる。実は、ロッテよりも遙かに早く解体工事に着手した我が家の丁度反対側になる旧国鉄の社宅のアパートは最近工事を終えたが、その後も今時更地のままだ。こちらは何らかの計画があるのかな。

参考資料: Wikipedia


部活問題に思う

2018-01-17 08:12:43 | コラム
部活って何:

別に広辞苑に頼るほどではなかったが、私には当初「部活」という言葉の意味が良く解らなかった。漸く認識できるようになってから大分年月を経てからのことだが、何処かの高校で陸上競技のフィールド種目であるハンマー投げを練習していた際に失投でハンマーがネットを超えて、サッカー部の生徒に当たって死亡事故になったという報道があった。誠に痛ましいことだ痛感して新聞記事を読んだ。

ところが驚いたことがあって、その練習の場に運動部の顧問が立ち会っていなかった事が問題視されていたのだった。以前に何処かで読んだか聞いたことで、教師たちの大きな負担として運動部の顧問に就任すると、毎日(毎朝か?)の練習に立ち会っていなければならず、帰宅の時間が遅くなるので大変だというのがあった。

昭和20年代に新制高校とやらを卒業した私にとって、顧問の教師が練習に立ち会っているというのは理解不能だった。昭和21年の第1回の国体で優勝し、第3回では準優勝だった我が蹴球部には部長という名の先生はおられたが、顧問などという難しい先生は存在しなかった。勿論、朝練などは考えたこともなかった。大体からして部長だろうと誰だろうと、学校の先生が練習を見に来られることすらなかった。

練習は主将の指揮の下に自主的に行うか、関東大学リーグ一部の大学の正選手(レギュラーを和訳するとこうなるのだ)であるOBの何方かが指導に来ておられるか、地方に住んでおられた監督がお見えになって指揮されるのかの何れかだった。私の6年間の記憶では誰か先生が視察に来られたことなどなかったと思う。何時も決められた時刻に集合し、時にはボールが見えなくなるまで続けることはあったが、通常は日没前に終わらせていた。

それが時移り人が変わると、モンスターペアレントなるものが現れて色々と学校の行為や行事に介入されるようになると、運動部の練習で負傷等の不測の事故が発生すると重大な問題になりかねないので、顧問という称号の先生が練習に立ち会わねばならなくなったのかと想像している。ここから先については、古き悪しき時代?に育った私には想像も推理も不可能だ。

もしも言えることがあれば「その競技の経験者ではない先生が顧問になられたとして、練習を見ている(監視している?)事が何の役につのかなというくらいで、遅くまで立ち会われるとは大変な負担だと思うだけだ。しかも、現在の高校生の技術の水準は高く、大学時代に一寸かじった程度では到底指導などできるものではないと思うが。

これらの一連の問題について、もしも私に言えそうなことがあるとすれば、それは「練習中に何らかの負傷をした生徒がいたとしても、それはその子供の責任であって学校には何ら責任はないと思うが」くらいである。