我が国とアメリカの企業社会では文化が異なる:
私は一昨27日に「英語のjobは雇用のことではない」と論じたが、ここでは更にその先に生じるだろうこともあらためて採り上げたい。それが掲題の“job offer”なのである。
一昨日はあらためて我が国とアメリカのビジネスの世界での文化の明らかな違いを指摘した。その動機はマスコミが“job”を「雇用」と訳すのは誤解を招くと思うことにあった。また英語のことかと思われても良いから講釈を言えば「“job”と「雇用」は言うなれば“different animal”なのである。それが文化の違いだと言いたかったのであり、標的は飽くまでもマスコミの誤解だった。
そして、ここまで言ってきた以上、我が国にはない、あり得ないアメリカの企業社会の独特の文化というか習慣の解説を以て、この議論の締め括りとしたい。それは、アメリカのビジネスの世界には“job offer”というものがあり、上司や同僚からはまるで当たり前であるかのように「君は何処か他社から勧誘されていないか」と尋ねることがあるのだ。即ち、「君は何処か別の会社から良い条件で誘われていないか」と真っ向から尋ねているのだ。
「そんな失礼なことを良くも訊くものだ」と思われるか、呆れる向きもあるだろうが、これがアメリカのビジネスの世界なのである。本社の事業部で周りを見回せばほとんどが即戦力として途中入社してきた者ばかりである以上「君は前に何処の会社で何の仕事をしていたのか」と尋ねるのは非礼でも何でもないし、現に私は何度も訊かれたものだった。
そういう世界であるということは「事業部の責任者はその中途入社してきた者が、何時また何処か同業者か他業種に転進していく可能性(危険性)の有無を把握しておく必要があるだろう」というものだ。
そういう他社や他業種からかの勧誘を“job offer”と呼んでいるのであり、それの一つや二つないようでは能力がある奴ではないという評価にもなってしまうことすらあるのだ。換言すれば「一度転進したからには二度目も三度目もあって不思議ではない」と見なす世界だ。
これは「雇用」の機会とは違うと思う。「そういうチャンスがある」と思えば解りやすいだろうか。同業他社でも、競合する相手の会社の腕利きが誰であるかくらいは先刻承知だし、彼または彼女が持つ営業の地盤ごと引き抜くことだってあるのだ。
但し、好条件で転進して行った場合の“job security”には非常に微妙(危険?)なものがあり、高額な年俸に見合うだけの実績を挙げない場合であるとか、売り込んだ評判通りでなかったような際には即座に失職が待っているのもアメリカである。この辺りが、私が言うjobに内在された「雇用」の難しさである。アメリカのビジネスの世界には“job offer”という仕組みもあるのだとご承知置き願えれば、この一文を草した意味もあると思う。
私は一昨27日に「英語のjobは雇用のことではない」と論じたが、ここでは更にその先に生じるだろうこともあらためて採り上げたい。それが掲題の“job offer”なのである。
一昨日はあらためて我が国とアメリカのビジネスの世界での文化の明らかな違いを指摘した。その動機はマスコミが“job”を「雇用」と訳すのは誤解を招くと思うことにあった。また英語のことかと思われても良いから講釈を言えば「“job”と「雇用」は言うなれば“different animal”なのである。それが文化の違いだと言いたかったのであり、標的は飽くまでもマスコミの誤解だった。
そして、ここまで言ってきた以上、我が国にはない、あり得ないアメリカの企業社会の独特の文化というか習慣の解説を以て、この議論の締め括りとしたい。それは、アメリカのビジネスの世界には“job offer”というものがあり、上司や同僚からはまるで当たり前であるかのように「君は何処か他社から勧誘されていないか」と尋ねることがあるのだ。即ち、「君は何処か別の会社から良い条件で誘われていないか」と真っ向から尋ねているのだ。
「そんな失礼なことを良くも訊くものだ」と思われるか、呆れる向きもあるだろうが、これがアメリカのビジネスの世界なのである。本社の事業部で周りを見回せばほとんどが即戦力として途中入社してきた者ばかりである以上「君は前に何処の会社で何の仕事をしていたのか」と尋ねるのは非礼でも何でもないし、現に私は何度も訊かれたものだった。
そういう世界であるということは「事業部の責任者はその中途入社してきた者が、何時また何処か同業者か他業種に転進していく可能性(危険性)の有無を把握しておく必要があるだろう」というものだ。
そういう他社や他業種からかの勧誘を“job offer”と呼んでいるのであり、それの一つや二つないようでは能力がある奴ではないという評価にもなってしまうことすらあるのだ。換言すれば「一度転進したからには二度目も三度目もあって不思議ではない」と見なす世界だ。
これは「雇用」の機会とは違うと思う。「そういうチャンスがある」と思えば解りやすいだろうか。同業他社でも、競合する相手の会社の腕利きが誰であるかくらいは先刻承知だし、彼または彼女が持つ営業の地盤ごと引き抜くことだってあるのだ。
但し、好条件で転進して行った場合の“job security”には非常に微妙(危険?)なものがあり、高額な年俸に見合うだけの実績を挙げない場合であるとか、売り込んだ評判通りでなかったような際には即座に失職が待っているのもアメリカである。この辺りが、私が言うjobに内在された「雇用」の難しさである。アメリカのビジネスの世界には“job offer”という仕組みもあるのだとご承知置き願えれば、この一文を草した意味もあると思う。