新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

子供にスマートフォンを持たせるな

2019-12-22 10:11:51 | コラム
21世紀最悪の開発商品ではないか:

この私の主張には勿論反対される方も反論される方も多いだろうとは、百も承知で言っている。しかも、私自身は未だに富士通の「らくらくフォン」のユーザーで、スマートフォンがどれほど便利で利用価値の高い器機であるくらいも承知している。だが、あんな製品を野放しにして今日の状態を招いたのは政府か総務省の管轄か知らないが、大いに責任はあると思っている。


つい先日「小学校・中学校・高校で近眼の子供たちが増えている」という報道があって、その実態を慶応大学医学部の確か坪井と言われた教授がその憂うべき実態を語っておられた。即ち、「問題にすべきは1.0に満たない視力の者が多く、その原因に目の近くにスマートフォンを持ってきて注視する時間が多いことが考えられる」との指摘だった。私にとっては「そら、見たことか」(英語の講釈をすれば“I-told-you-so.”などと言う)なのだった。あのように子供たちに野放図に持たせていれば、そうなることくらいは予見できたはずではないのか。

昨日もメトロとJR山手線を利用したが、私の周囲にはスマートフォンを顔の間近に持ってきていなかった者の方が少ない状態だった。土曜日の真っ昼間にそんなに急いで入手しなければならない情報があるのかという素朴な疑問もあるが、中にはいい歳をした青年が一所懸命にゲームをやっていたのは情けないと思う前に「アホか」と慨嘆した。結論めいたことを言っておけば「小・中・高の者たちにはこの便利で優れた文明の利器を使う時間を制限した方が良い」となる。販売業者も暴利を貪ることを好い加減に控えたら如何か。

話を変えて、つい先日、ドコモからDMが舞い込んできた事に触れよう。それは「来たる24年には高齢者向けのらくらくフォンのサービスを廃止するので、今のうちに「らくらくスマートフォン」への乗り換えを薦めている内容だった。金銭面でも一見色好い条件も提示されていて、切り替えには早めにドコモショップに予約の上でご来場をとまで言っているのだ。スマートフォンについては2人の息子のうち1人は「使いこなせないだろうから必要なし」と言うし、DMを見た者は「割賦の条件が芳しくないから、手持ちの器機の電池を入れ替えれば十分」と否定した。

私自身の考え方では24年というのは後5年先のことであり、92歳まで生きていることを意味するのだ。正直に言ってそこまでの自信も無い。だが、そうだったら喜ぶべきか、その年齢での生活は物理的にも今よりも大変になることだし、携帯電話の心配までしている余裕があれば結構なことだと思う。現に、携帯電話で交流している友人・知己は年々減る一方であり、10月などは着信ゼロなどという記録まで達成した。こういう状況であれば、PCがあれば何とかなるし、負け惜しみでも何でもなく世間で言う「ガラケイ」で十分であろう。高齢者にも売りつけるな。