新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

アメリカの経営判断の基準は

2019-12-30 14:28:00 | コラム
“top quartile”論:

昨29日に「W社がカリフォルニア州に牛乳パックの工場を持っていた頃」に触れたが、この事業からは1980年代に入ってから完全に撤退していた。私が入社した1975年には西海岸に2工場と東海岸即ちロッキー山脈の東側に4工場と、合計6ヶ工場を持つアメリカ第2の液体容器加工する企業だったのだ。それが後に副社長兼事業本部長に就任したC氏が液体容器部長に昇格するや否や、東海岸話の4工場を処分してしまったのだった。その理由は「市場の“top quartile”に入っていないから」という耳慣れない理論に基づいていた。


“quartile”とは「読んで字の如し」と言えるかも知れないが、4分の1を意味しており、当時アメリカの経営判断の基準として広まっていたものだと説明された。それは「ある特定の製品で市場占有率が25%以上か、売上高が上位25%以内に入っているか、利益率が上位25%以内に入っているか」の何れかを満たしていなければ、即刻撤退せよとの考えからなのだ」と聞かされた。当時の液体容器市場は世界最大のInternational Paper(IP)がアメリカ市場の40%を占めており、特にIPは東海岸に本拠を置く会社なので、西海岸主体の我が社の劣勢は明らかだった。

C部長の説明では「IPが40%を占めているので、同社の品質と価格設定が業界をリードしていく形となっているので、全部で4社が競い合っている業界では我が社が仮令市場占有率第2位であってもIPとの東海岸紙上での競合に勝てる訳がない。この際、西海岸紙上の2工場を残して液体容器向けの原紙の販売の注力する決定をした」とのことだった。将にアメリカ式の二進法による思考体系なのだが、未だアメリカ人の物の考え方に馴染んでいなかった私は、言わば度肝を抜かれた感があった。「これが40歳になっていないマネージャーが決定する事なのか」と驚かされた。

このように彼らは「進むか、引くか」とか「白か黒か」であるとか「事前に判断の基準として設定してあったから」というような事柄については、いともアッサリと判断してしまうのである。この液体容器事業の場合は「IPが最大で“quartile”に入っていなかったから」という明確な基準に従っただけだということだった。しかもこの事業部の運営方針の転換で原紙販売に注力し、4ヶ工場の売却と廃止で人件費等の経費を大幅に節減したこともあって、事業部の利益は倍増したのだった。

このような二進法的思考体系に基づく経営判断は、往々にして我が国では「アメリカの経営者の判断は誠に厳しい」と看做されていたと思うが、それは正しい見方ではないと思わせられた。即ち、彼らはある事業に進出する歳に事前に目標乃至は判断の基準を定めておき、その期間内にその基準を満たさなければ遠慮会釈なく「一旦決めた基準に従うだけ」とばかりに撤退してしまうのがごく当たり前のことなのだ。極端な例を挙げれば、その事業のRONA(総投下資本利益率)を3年で15%を目標として設定すれば、14.9%では「残念でした」といとも簡単に撤退するという事。

また、W社は2005年にアメリカ最大級の規模を誇った非塗工印刷用紙(我が国の業界の用語では「上質紙」で、コピー用紙のような白い紙)事業部門から「アメリカの印刷(紙)媒体に将来性なし」と判断して、この事業部門をスピンオフさせてしまったのだった。IPはアメリカ最大の塗工印刷用紙(アート紙)のメーカーだったが、2007年に経営体質転換という名のリストラの一環として売却してしまった。即ち、アメリカの印刷用紙の大手2社は、今から12年以上も前に印刷媒体からの需要の将来を見切っていたのだった。即ち、その事業を残すか否かの決断である。

IPはその直後に「もう今後はアメリカ市場には成長が見込めないので新規の設備投資はせずに、成長が見込める新興国の市場に限定する」という経営方針を発表してしまった。W社それよりも遅れてはいたが、一昨年までで嘗ては全売上高の60%以上を占めていた紙パルプ市場から完全に撤退して、そもそもの出発点だった木材産業部門のみを残したのだった。業界の他の大手メーカーもこの傾向に追随したが、彼らはICT化の目指しい進歩発展により印刷用紙の将来を早い時点で見限っていたのだった。現に、何度も指摘したが、新聞用紙は10年間で需要が60%も減少していた。

私はこのようなアメリカの企業の素早い判断の仕方や、経営者の判断の基準の設定を礼賛するつもりはない。それは我が国との文化の違いだから。だが、再三指摘してきた二進法的思考体系には我が国でも見習うべきと言うか、参考にしても良い点があるのではないかと思っている。私は彼らは「事前に決めたことだから」というだけで簡単に撤退なり手を引くことを決めているのではなく、基準を設定する前には十分にその市場を分析し、成長の可能性を見定めた上で設定しているのだと思っている。

ではあっても、W社にも判断を誤ってとしか思えない例もあった。それは、嘗てはアメリカ最大の生産能力を持つ紙おむつ(これはおかしな名称で、そこに使われているのはパルプであって紙ではないのだが)事業部をOEMに専念しているとの理由で売却してしまったこと。今日では世界的に見ても需要が成長し続けている分野はと言えば、これを含めた衛生用紙業界なのである。アメリカの大手企業でも即断・即決には時には誤りもあるものだという例であろう。