私が内側に入ったから経験できたアメリカを語ろう:
思い切って言うが、一般的に(マスコミ報道的にでも良いが)に知られているアメリカと、彼らの中に入って彼らの一人として過ごしてきて経験したアメリカとはずいぶん違いがあると思うので「実は、こうなんですよ」と感じ取った辺りを並べてみようと思う。「そんなこと。今さら言われなくても知っているよ」という方がおられれば寧ろ安心したくなる。
個人が単位の國だから「クレディットはSueに」:
長年アメリカ人に中で暮らして覚えたことの一つに「それほど頻繁に旅行をするならば、もっと良いスースケースを持ちなさい。Hartmannというブランドの「ナイロンツイードのケースを勧める。これを持っている者はチップをはずむので、必ずドアボーイが直ぐに運ぶから」と教えられた。スースケースとブリーフケースはシアトル市内の専門店で買えたが、スーツを入れて歩くガーメントバッグが中々入手できなかった。
このHartmannは同じ店で買い、Sueという女性が担当だった。名詞をくれというので何気なく渡した。すると、彼女から東京まで葉書が来て「Hartmannのセールがあるからご来店を」とあった。熱心だなと感心した。たまたま出張があったので「ガーメントバッグ」を買おうと過密スケジュールの寸暇をぬって出向いた。生憎とSueは休暇だった。すると、店長の女性が言った「心配はない。このクレディットは彼女につけておくから」と。
この意味は「アメリカでは小売店だろうとデパートだろうと、販売成績は個人単位なので、高額なブランド品が売れた成績は東京にまで案内の葉書を送ったSueのものにしてやらなければならないのだそうだ。店長の横取りは許されないということ。何事も「個人が単位」なのである。
個人としての顧客の確保:
これと似たような経験を化粧品でもしている。アラミス(ARAMIS)の男性用化粧品は我が国では大変高価である。だが、為替の悪戯で、アメリカで買えば日本の半額程度で、国産品と変わらない値段になるのだった。そこで、デパートの化粧品の売り場の男性店員と馴染みになるまで買っていた。
すると、彼は気前よく買う外国人の客の歓心を買おうと、色々の景品をくれるようになった。例えば、アラミスに傘などは5~6本も貯まった。すると彼は「かまわない」と称してRalph Laurenのマグカップや洒落た傘までくれるようになった。これも、彼個人の客を繋ぎ止めておく為の手段だったようだ。即ち、その化粧品の売り場は彼のリスクで運営されているのであり、デパートの損得の問題ではないということとらしい。
シアトルにはアメリカ全土も評判のNordstromというスウエーデン系のデパートがある。ここは靴の売りが有名で人気があり、私も一時は靴の90%はここで買っていた。サービスの質が違うのだ。あるとき、厚手のコットンの靴下を履いてビジネス用の靴を買いに行った。断って置くと、当時は忙しくアメリカ中を飛び回っていたので革底の靴などは直ぐに潰れてしまうのだ。
どのときはどうも寸法が上手く合わなかった。すると、その係員は隣接の靴下売り場に行って薄手の靴下を持ってきて封を破って私に履かせたところ、ぴったりとなった。かれは「靴一足を売る為には靴下の一足位無駄にすることは厭わない」と言って、その新品の靴下をゴミ箱に投じてしまった。凄いサービス精神だと思うが、恐らくあの分は後に彼の販売経費に加えられたのだろう。我が国では考えられないNORDFSTRON方式だと痛感した。
平等ではない国」:
私が1995年にウエアーハウザーに転入することが決まった後で、インタビューをして「君を採用すると決定した」と宣言したマネージャーは「人事部に行って、係員に私が採用になりましたと報告してくるように」と指示。人事部で言われたことは「君は東京に派遣されてその地位に就くが、位(ランク)としては終生それ以上には上がらないと承知しているか」と確認された。
前職での経験である程度は心得ていたからYes.“と答え、「それなら安心だが、後になって昇進しないのは何故か」と抗議してくる者もいる」と言われた。要するに、各部門に事業部長が必要とする専門職を雇ったのであり、最初から日本式に昇進していって課長だの部長代理になれる世界ではないのだ。これが「job型雇用」の実態である。因みに、アメリカの人事部は人事権などなく「人事の記録を取るだけの部門」である。
事業部の中では権威ある管理職は事業部長ただ一人で良いという世界。日本とはまるで違う。平社員で入社して、成績次第で段階を踏んで昇進する世界ではない。偉くなる奴は、外部から何処からともなくMBAなどを持って着任してくる場合がある。だから、金持ちの家に生まれて、良い私立大学でMBAを取ってくれば、いきなりある程度の地位が与えられるのだ。マネージャーというのは「肩書き」(=title)ではあっても、地位(階級)を表してはいない。
だがら、州立大学の4年を卒業しただけでは「下働き」か「補助」の仕事しか与えられないことになるのだ。でも、中途からでも州立大出身者が入ってこないと中間職がいなくなるので採用せざるを得ない。彼らは「どうせ偉くなれないのだから」とばかりに、少しでも年俸が高いところに転職していくのが普通の出来事。ここまでは事務所の中の話。工場は本社というか会社本体とは全く別の分野で、日本では想像もできない世界だから、ここでは詳細に論じない。
要するに「工場の現場の要員として職能別組合から派遣された形で、時間給で働いている者たちは、余程何らかの特別に優れた才能でも認められたような例外でもない限り、別世界である会社側に転進か転籍することはあり得ないと思っていて良い。我が国のように大卒で入社して最初の勤務地が工場であり、その時点では組合員であるということはないのだ。私は大卒の組合員には出会ったことがなかった。そういう世界だ。
組合員たちは社員たちとは属する階層が違うと言って良いと思う。以前にも指摘したことで、他の階層に移っていくことは滅多にない世界だ。この一点だけを捉えて考えても、我が国がどれ程平等な世界であると解って欲しいのだ。時間給の現場で働いている家の子弟が、今や授業料だけでも5万ドルも7万ドルもかかるIvy Leagueのような私立大学に息子や娘を送り込めるかということ。忘れてならないことは、彼らの他に膨大な数の合法と非合法の移民もいること。
ドナルド・トランプ氏はこういう階層の者たちの支持を狙っているようだ。インテリ階層は私が何度も指摘したように、精々アメリカ全体の5%もないのだから、そこからの支持を狙わないのは当然だろう。