安全を守るのは誰の責務なのか:
何処の何方でも良いが、自分の家の近所を歩いて、周囲を歩く人が話している言語が外国語ばかりだという環境に暮らした経験があるだろうか。国会議員や地方議員に何人おられるだろうか。アメリカの街中を歩いて聞こえてくるのが英語だけだったとしても、違和感はないだろうが。だが、この新宿区百人町の街に来てご覧なさい。主たる中国語の他に何カ国の言葉が聞けるかと考えてみたことがありますか。
一昨日も久しぶりに「ベトナムフォー」という名の食堂に友人の要望もあって入りました。ベトナムの青年が4人で楽しそうにビールを飲んで大声で喚き合っていました。彼らは自分の国にいるかの如くに寛いでいました。2階席から見下ろすイスラム横町は繁盛していました。他には薄汚い服装の白人のインバウンド様たちも歩いておられました。
憲法がどうだか知りませんが、こんな緩い環境を許しておく政治は信じられません。外国人に来て頂くということは、このような状態を生じさせるという意味なのです。百人町に最後まで残ったお蕎麦屋さんの後に、目下4階建てのアパートの内装工事が進んでいます。何れはこの古き良き住宅地帯にも、異邦人が当たり前のように暮らすでしょう。
これまでに何度も言いました。「自分の国を離れて余所の国で過ごそう、暮らそうと志す者たちに一等国民はいない」と。大学には「Fランク」という格付けがあると聞きましたが、この街に巣喰う者どもは「Gランク」どころか、それ以下かもしれないと危惧しています、テレビで嬉しそうに観光客が溢れているといって流す画を見れば、精々「Cランク」程度の白人ばかり。
何時まで外国人を有り難がっている気なのだろうかと、閣僚と政治家の知識と経験の程度を疑います。「外国から観光客が来てくださるのは有り難いが、マナーが悪くて困る」と言って嘆く向きがある。そういう程度の者どもしか来ないものなのと承知してかかるべきではないか。我が社からリタイアして間もなく30年。ただ一人として観光したいからまた行くといってきた者などいない。
この事実と意味するところを十分に検討してから「観光客誘致」の功罪を考えてほしいと思う。こんなことに頼らなくても済むような、嘗てのような「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」のような経済力と国力に戻してもらいたいのだ。あの当時に、安全保障など誰も気にしていなかったではないか。