新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

YM氏と懇談した

2016-11-27 10:48:40 | コラム
アメリカが心配だ:

久し振りにYM氏と語り合った。彼の交際範囲にあるアメリカの人たちの多くはトランプ氏の当選を予測していなかったので、彼が正式に大統領に就任した後の展開が読みにくいと困惑している模様だとか。彼が見るアメリカ経済の現状は、未だ未だ不安定で非正規雇用が増大する一方であり、既に40%にも達しているだけではなく、正規に職を得ている人たちも先行きの不安感に悩まされていると言える状態にある由。

彼は「アメリカでは当然の展開であるが、ICT化の普及というか進展はAIの類いの進歩を招き、結果的に人減らしの方向に進んで行ってしまった」と見ている。それでは雇用を減少させるICT化を推し進めAI等の研究開発を何故一層進めるのかとの疑問が生じるだろうが、それは企業としてはR&Dの部門を強化していかないことには、時代に遅れるだけだとの危機感があるからだと考えれば納得出来るのではないかと、彼は言うのだ。

また、雇用の問題では一般の企業が容易に増員に踏み切れない状況下では、州立等の四大卒とそれ以下の人たちが何処を目指せば良いのかということになる。そこには、これまでは軍隊があったが、そこにも今や安直に増員出来ないような国際情勢があると見られるのだそうだ。それに、3億2,000万人にまで膨れ上がった人口の中にはトランプ次期大統領が目の敵にしてきたヒスパニック系の他にも、アジアからの流入人口が多く、その連中が低層の白人たちの職を脅かしているという問題もある。

彼はトランプ次期大統領は案外に自分が当選するとまでは本気で考えていなかったのではないかとすら疑っていると言う。そうでもなければ、あれほど気楽に?所謂暴言を連発してしまう訳がないとすら考えていると言うのだ。不動産業の分野で成功を収めた経験があるだから、経済にはある程度以上の具体的な政策を打ち出せるだろうが、その他の面では未だ彼の正体というか、実際に何をするかを予想しがたいと見ていた。

マスコミ報道ではトランプ次期大統領の「政権移行テイーム」の結成が遅れており、未だに固まっていないかの如きだ。だが、それは考えられないことで、どんなに遅くとも7月の候補に選ばれていた時点で着手していたはずだし、そうするのが常識であると指摘していた。しかし、トランプ氏の登場によって最近声高に言われているように、明らかにアメリカが分化(divisionという言葉が使われているようだが)してきたようで、その先行きが懸念されるとも指摘していた。それは、私が見る限りでも「リベラル対保守」であり「一定以上の富裕層対低層乃至は嘗てのマイノリティー」でもあるのだろう。

日米間の思考体系の違いを考えると

2016-11-26 14:04:44 | コラム
アメリカには謙りの文化はない:

アメリカの民主党クリントン政権時代に、我が国の紙パルプ業界を名指しで「ウッドチップやパルプ等の原料ばかりを輸入して、世界最高の品質であるアメリカ産の紙・板紙の輸入を促進しないのは不当である」と、強硬且つ高圧的に迫ってきたことがあった。そのこと自体が不当であったかどうかの議論はさて措いて、我が国のように謙譲の美徳がある商法から考えれば売り込みをかける方が自らの製品が「世界最高である」と臆面もなく謳ってくるのには些か違和感を覚えたものだった。

しかしながら、この程度の売り込みのかけ方は未だ控えめな方で、アメリカ人の思考体系では自社の製品を「最高」だの「最善」と言うのはごく当たり前のことななのだ。これ即ち、私が指摘してきた「彼らには謙る」という考え方はないのだということ。故に、我が国の方が土産物なり何なりを渡される際に「詰まらないものですが」と謙遜されたり、食事でおもてなしをする際に「何にもありませんが」などと控えめなことを言われるのを、寧ろ腹立たしく思う人たちもいるのだ。「詰まらないものを何でくれるのか」という考え方になってしまうことは、古くから言い慣わされていた思う。

少し極端な表現でアメリカ式売り込みというか「セールス・トーク」を紹介してみよう。それは自社の製品の見本なりスペックシートを提出して「我が社の製品は我が社の最新式工場の設備を、優れた技術陣の指導の下に基練達熟練した現場の作業員が作り出したもので、その優れた製品は全米の市場で最高の評価を得ております。これが必ずや御社の需要を満足されることを保証します。それ故に御社がこの製品をこの価格で買わないならば、それは大きな誤りとなると保証する」というような具合で、真っ向から自社製品が如何に優れているかを強調し、”It will be a mistake, if you don’t buy from us.”と堂々と断言するのだ。

私はこのように自社製品に誇りを持って堂々とその自信を披瀝するのは決して誤ったことでもないと思うし、自社の製品を売ろうとする際にこのくらいの自信を持って事に当たるのは不思議ではないのだろうと言いたい。だが、我が国では営業マンがこのようなセールストークをして、お客様に「貴方が言うことは誠に尤もである。その自信を評価して早速購入しよう」となることは先ず起こり得ないだろう。

上記の例え話はやや大袈裟ですが、アメリカの営業マンは多かれ少なかれこのような台詞で売り込みを欠けていくものと思って頂いて誤りではないと思う。私は恐らく彼らは政治的な交渉の場においても、このような自信過剰とも思わせてくれるような表現で臨んでいくのだろうと考えている。それは、彼らの思考体系の中には「謙る」というか「謙譲の美徳」的な回路が設定されていないと、長年の経験で思い知らされてきたから得るからだ。

換言すれば、彼らの自信過剰的(と言うか「井の中の蛙的な視野の狭さ」とでも言えるかも知れない)な表現を額面通りに受け取ることなく、十分にテストをしてから買い入れるような慎重さが必要であると同時に、彼らに売り込みをかける際に迂闊に謙譲の美徳を発揮しないよう注意することが肝要だろう。即ち、「我が社の技術は未熟で未だにこの程度の製品しか出来ませんが、何卒ご参考までに先ずはテスト用のご購入を」などと言えば「そんな未完成品をテストせよとは何事」と突っ返されることだろう。要するに、相手の思考回路を知ってから、然るべき手法で売り込みをかるべきだと言いたいのだ。

尤も、成功するか否かは両国の営業担当者が「相互の文化と思考体系の相違点を何処まで弁えているか」にも懸かっているのだ、もしもその製品が本当に世界中の何処に行っても一流品として通用するような優れた物であれば。


「先んずれば人を制す」か?

2016-11-25 17:03:41 | コラム
先手必勝式議論:

私が新卒後に17年間お世話になった日本の会社に、実質的に2期上だった一橋大卒の秀才がいました。彼が言うには「人は中年を過ぎる頃に自信がなくなり、兎に角何が何でも先手必勝とばかりに自分が知っている事(仮令取るに足らないような程度でも)をこれでもかとまくし立てて、相手を圧倒したがるものだ。即ち、これを老化現象思えば解り良いだろう」でした。

実際に大正生まれで同じ一橋出身の専務は嘗ては切れ者の誉れが高かったのですが、気が付けば先手必勝の高圧的な議論ばかり。「彼が良い(悪い?)例だと思え」と。現在の私などはその専務よりも遙かに高齢であるだけではなく、アメリカ人の世界に長居をしたために、どうしても先手必勝的な論陣を張っているので笑われているのではと密かに反省をし心配しております。

アメリカ人は確かに先手必勝式に議論の展開しますが、それは日本式の高齢化による現象とは違うと思うのです。彼らは学校教育でdebate”を教えられており、私が常に言う「これを言うことで何かを失うと思うか」式な議論を、時にはゲーム感覚でぶつけてきます。それで相手(日本側ですが)が引っ込めばしめたものだと考える連中がいたでしょう。但し、W社にはそんな悪知恵に長けた者はいませんでした・・・・・。この手の議論の進め方が屡々高圧的で高飛車と採られていたのは確かでしょう。私流に言えば「相互の文化に対する理解不足」です。

来年の1月20日からはアメリカには未だ如何なる政治・経済・軍事・外交面の戦略で臨んでくるかが読み切れない新大統領の時代となります。即ち、トランプ次期大統領が先手必勝主義なのか、先ず相手の主張を十分に聞こうとする政治家なのかの正体の見極めが極めて大事になってくるのでしょう。安倍総理は最初の非公式会談では「良く聞いて貰えた」との印象を持たれたようですが、さて如何なる展開を見せるかは”wait and see”でしょう。

アメリカ人のものの考え方

2016-11-25 08:19:28 | コラム
対日交渉術:

昨日の「思考体系論」について、専門商社のアメリカとオーストラリアに駐在経験があり、海外事情に精通する知人が下記のような感想を知らせてくれた。

<背景・理由から始めて結論は一番あとに開示するのが日本式のような気がします。>

尤もな指摘で、我が国のアメリカに対する交渉の仕方では、結論が述べられているはずの主文に先行して、従文から述べてこられる方多かった。言い換えれば「ズバリ」とは切り込んでこられずに、丁寧に何故そう言わねばならないのかと背景と理由(ワケ)が解説されるのだ。これは日本式に礼儀を尽くされた手法だとは解るが、アメリカ側はこれを感情的であると解釈するのだった。

我が方のマネージャーの一人はこの日本式を「感情論である。I am here to talk about business.なのである。それにも拘わらず話の周囲をグルグル回っているだけで何時まで経っても議論の核心に触れようとしないので(”the sweetest spot of the argument”)イライラする」と表現した。換言すれば「速やかに結論を言って欲しい」なのだ。彼は会談が終了した後で”They are stealing my time”.だとまで言ったのだった。このように、思考体系と文化が違うのだ。

W社の木材製品部門にマネージャーだった頃に「日本人殺し」で社内でも有名だった副社長がいた。1976年頃だったか羽田空港から同じフライトでシアトルに向かったことがあった。その際に好奇心から如何なる手法で成功したのかと尋ねてみた。彼は「確かに日本のビジネスマンは丁寧に縷々理由と背景を説明したるし、その前に時候の挨拶や世間話を延々としたがる。これはかなり退屈でビジネスライクではない。そこで当初は反論もしたし、早く本論に入ってくれとも要求した。しかし、そういう議論の進め方をしている間は中々上手く行かなかった。

そこで、ある時にどんなに退屈で時間の浪費かと思っても、日本側の長い感情的な話に付き合って最後まで聞いてみるかと考えた。そして我慢して口出しもせず、反論もしないで聞き終えた。するとどうだろう、それが劇的な効果を発揮して『あの人は良い人だ。我々の主張を最後まで聞いてくれた。受け入れてくれた』となって、信頼関係が成立し始めたのだった。即ち、”Don’t argue but be a good listener.”ということだと解った」と教えてくれた。即ち、「アメリカ式な短兵急に結論を急ぐのではなく、先方の意見を良く聞いて上げるべし」とでも言える教訓のようだった。

私は「なるほど、尤もな経験談である」と思って拝聴していた。何もこの方式が万能であるとは限らないが、時と場合と相手側の状況次第では十分に通用する戦術であろうと考えるに至った。そこで、毎回引用するテックサーヴィスマネージャーにもこの経験を語ると同時に我が国の独自の文化である「謝罪」の重要性も説いて聞かせたのだった。即ち、アメリカには「謝罪する文化」が存在しないので、容易に潔く自社の非を認めることなく反論しがちで、日本側に要らざる刺激を与え纏まる話も纏まらなくしてしまうことが非常に多かった。

そうならない為には「謝罪が自社が全責任を負うと自発的に言い出すことにはならないのだ」と理解させる必要があるのだ。これは「良き聞き手」に専念させるよりも遙かに難しい文化の違いだった。この二つの文化の違いを何とか克服してくれるようなってからは「彼は信用出来る」と言われるようになり、得意先の本社と現場との間に信頼関係が確立出来たのだった。そして何か難しい問題が発生すると、「兎に角何が何でも彼を呼んでくれ。奴と話し合おう」とまで言い出してくれる客先が増えてきた。

と言うことは、繰り返しになるが対日交渉を上手に進める為の手法として「先ずは良き聞き手となり、徒に反論も論争もしないことであると同時に、謝罪から入ることが自分たちの非を認めて全面的な補償を約束することにはならないと知るべし。更に言えば、事を急いでいきなり結論から入る事を避ける方が無難では」なのである。また「これを言うことで失うものはない」といった主張を展開すると「彼らは高飛車であり高圧的だ」と日本側の感情を無用に刺激するので、要注意となるだろう。