白堊スポーツ - since 2004.09.18

母校・盛岡一高や岩手のスポーツ情報、読書感想、盛岡風景などをお伝えします。

今日の岩手山

2021年10月29日 | 盛岡風景




(中津川左岸遊歩道)与ノ字橋~上ノ橋~東大橋~文化橋~盛岡市中央公民館~愛宕山~北山散策路~高松の池~館坂橋~西下台~(北上川左岸遊歩道)夕顔瀬橋~旭橋 15,254歩(11.5㌔)

今日の盛岡

2021年10月28日 | 季節


画像の場所は御厩橋たもと、夕顔瀬橋たもと
家~御厩橋~明治橋~(北上川雫石川右岸土手道)盛南大橋~杜の大橋~太田橋~中屋敷町~天昌寺町~北夕顔瀬町~夕顔瀬橋~材木町~家 13,940歩(10.8㌔)


終わらざる夏(下)ー浅田次郎

2021年10月27日 | 読書

評価3

再読(前回2018年2月2日)。
8月15日の玉音放送で「終戦」を知った占守島の精鋭日本軍は降伏の準備を始めるが、ソ連の不穏な動きを感じた大屋准尉は作業の中止を進言する。大屋の読みは当たった。8月18日ソ連軍が上陸を開始し終わらざる夏の激闘が始まる。片岡、富永の死がソ連将校の記録で語られることが悲しい。

片岡の息子の譲は信州の疎開先から無事東京に帰りつき、島の缶詰工場で働いていた女子挺身隊も脱出に成功、この辺は「やぁ~いがったぁ~」とホッとするものの、盛岡出身の二人の死にざまが惨たらしいし、生き残ってシベリア抑留の身となった菊池軍医の末路も切ない。ため息しか出ない・・・

ソ連将校の夢と疎開から逃亡した譲と静代の姿がシンクロする場面、ソ連将校の独白が語られる終盤が正直しっくり来ない。もう少し、盛岡出身の3人に絞り込んだ物語にして欲しかった。



終わらざる夏(中)ー浅田次郎

2021年10月26日 | 読書

評価4

再読(前回2018年1月29日)。
占守島へ片岡、菊池、富永の三人が渡り、方面参謀から最重要人物は和平交渉通訳の片岡であり残りの二人は隠れ蓑だと知らされた富永は激怒する。そんな中、信州に疎開中の片岡の息子の譲が脱走、島では400人の女子挺身隊員が自らの運命を知らずに缶詰製造に励んでいた。いよいよソ連軍来襲の下巻へ。

同時進行で息子の譲を案ずる片岡の妻・久子の我を忘れた行動も語られて刻一刻と占守島の激闘が近づくにつれて胸が痛む思いで頁をめくる。否応なく戦争に巻き込まれてしまった複数の人物の目線で語られる大戦末期の状況が重すぎる。

占守島の戦いを知らない日本人は多いのでしょうね・・・



年末までまだ2ヵ月ありますが・・・

2021年10月24日 | 家族・自分
備忘録として、今年これまでお世話になった方々をあげさせていただきます。

①細井先生(細井外科)
 人生初骨折の治療をしていただきました。
 高校野球談義楽しいひと時でした。
 おかげさまで10㌔以上歩行も平気です!

②隆人先生(小岩井駅前歯科)
 夏の有頂天からの暗転もおかげ様で癒えました。
 毎週の語らいと身近に見える岩手山に癒されました。
 来年、暖かくなったらまたお世話になります!

③T田(中学同級生)
 骨折の一報以来、こまめに来てもらって助かりました。
 いつでも会えるので仕事場が近所なことがうれしいです。

④菜園交番の方々
 早朝110番通報で急行していただき助かりました。

みなさんに支えられていることに感謝して、これからも、どうにかこうにか生きながらえて行きたいと思う2021年秋です。