7月11日 編集手帳
その花が日本文学に登場した最初だろう。
〈抽斗(ひきだし)からラベンダー色の紙と封筒とを取り出し…〉。
夏目漱石『明暗』(1916年)である。
厳密に言うと漱石は「ベ」に代えて、
「エ」に濁点をつけている。
変則的な表記を用いてでも「ラベンダー色」と表現したかった気持ちは分かる。
青、
とは違う。
淡い紫、
でも物足りない。
花の名前を冠して呼ぶしかない独特の色彩は、
花どきに北海道を旅した人はご存じだろう。
富田忠雄さんが83歳で亡くなった。
国内随一のラベンダー農園、
北海道中富良野町「ファーム富田」の会長さんである。
ラベンダーが輸入香料に押されて姿を消そうとしたとき、
辛抱して栽培を続けた。
富良野地方の花畑観光に道をひらいた功労者のお一人である。
「ラ ベンダーに熱烈な恋をしていた」。
かつて本紙の取材に語っている。
〈願わくは花の下にて春死なん〉と詠んだ西行は、
愛する桜の咲く頃に入寂した。
人は四季を選んで寿命を終えるわけではないが、
その人らしい季節に逝く人がいる。
“熱烈な恋”をした富田さんもそうだろう。
富良野の丘がラベンダー色に染まる初夏である。