7月17日 編集手帳
俳優が化粧に使うおしろいをドーランという。
コメディアンのポール牧さんが生前、
色紙に書いた一句がある。
〈どうらんの下に涙の喜劇人〉
コメディアンならずとも人は皆、
目に見えない透明なドーランを塗っている時期がありはしないかと、
若い頃を顧みて思う。
友だちといるときは屈託なくはしゃいで見せても、
透明なドーランの下には苛立(いらだ)ちや鬱屈(うっくつ)にゆがんだ別の顔が隠れている。
青春期とはそういうものだろう。
その小説が64万部のベストセラーになったのも、
笑いのドーランに隠された孤独な傷口に若い読者の心が共振したからに違いない。
お笑いコンビの「ピース」又吉直樹さんの『火花』(文芸春秋刊)が芥川賞に選ばれた。
〈東京には、
全員他人の夜がある〉。
漫才師の「僕」が舞台でウケそこなった夜につぶやく独白である。
傷つきやすい自意識が描かれた直球の青春小説は清新でありつつも、
どこか懐かしい。
太宰治を愛読しているという。
太宰が短編『葉』の冒頭に掲げたベルレーヌの詩がある。
〈撰(えら)ばれてあることの恍惚(こうこつ)と不安と二つわれにあり〉。
その人の、
いまの心境でもあろう。