11月27日 編集手帳
最近まで存命だった人は呼び捨てにしない。
「さん」を付けることにしている。
例外もある。
生きながら伝説になり、
現(うつ)し身のまま幻影となった人に「さん」は似合うまい。
原節子が95歳で亡くなった。
その人を〈焼け跡に舞い降りた天使〉と呼んだのは写真家の秋山庄太郎さんである。
たとえ戦争に敗れても、
人は気高く、
優しく、
誇り高く生きることができる。
『東京物語』や『青い山脈』を通して原節子は、
自信を喪失した日本人に語 りかけた。
行き届いた言葉遣いに、
美しい身のこなしに、
敗戦後の生き惑う身を励まされた人は多かろう。
扉を閉ざすように42歳で銀幕を去ったのは高度成長のさなか、
昭和30年代の終わりである。
世間と一切の交渉を絶った理由は臆測を交えてさまざまに語られた。
あるいは戦後の復興に目鼻がついたのを見届けて、
“焼け跡の天使”は人々を慰め励ます使命を終えたのかも知れない。
〈うつくしきひとみを持てる原節子映画にてわれいくたび見けん〉(佐藤佐太郎)。
書棚から秋山さんの写真集を手に取る。
体内に光源があるように身の内側から光り輝いて、
その人がいる。