5月26日 編集手帳
永六輔さんが所用で京都を訪ねた。
タクシーは三千院の前を通る。
「昔はいい所でしたがね」と運転手さんが言った。
「くだらない歌のせいで混雑して困ったものです」。
♪ 京都大原三千院 恋に疲れた女がひとり…。
男性コーラスのデューク・エイセスが歌った『女ひとり』である。
運転手さんは、
乗せた客が作詞した当人だとは気づかなかったらしい。
「座席で小さくなってました」。
永さんは当時の三千院門主、
小堀光(こう)詮(せん)さんとの対談で楽しそうに回想している。
くだらないどころか、
人を引き寄せてやまないほど心にしみ入る名曲なのでしょうね、
運転手さん。
グループ結成から62年、
デューク・エイセスが今年いっぱいで活動を終えるという。
三千院に限るまい。
『遠くへ行きたい』を聴いては知らない街にあこがれ
、『いい湯だな』を聴いては湯気のひとしずくに心ひかれ、
どれほど多くの人がその歌声に誘われて旅に出たことだろう。
いい季節を迎えた。
恋に疲れた女の、
素描(すが)きの帯は池の水面(みなも)に映っているか。
言霊(ことだま)が幸福をもたらす国である。
「そうだ京都、
行こう」と、
言うだけは言ってみる。