6月22日 編集手帳
次の演者がまだ現れないとき、
高座を務めている落語家は脱いだ羽織を舞台の隅に投げ、
噺(はなし)をつなぐ。
楽屋の前座がその羽織を引けば、
次の演者が来た合図である。
寄席には昔、
そういうしきたりがあったという。
将棋の世界にもどこかに神様がいて、
その人の羽織を引いたのかも知れない。
「神武以来の天才」という称号を受け継ぐ演者が楽屋に到着しましたよ。
長い間、
お疲れさまでしたね、
と。
最年長棋士の加藤一二三九段(77)が一昨日、
最後の対局に敗れて引退した。
と、
一夜明けたきのうは最年少棋士の藤井聡太四段(14)がプロ入りから無傷の28連勝を果たし、
歴代最多連勝記録に並んだ。
羽織を引く手が目に浮かぶ。
加藤九段は終局後、
予定されていた取材に応じることもなく、
無言のまま対局場を去ったという。
指し手の中に、
自分で自分を許せぬ悪手でもあったか。
テレビ番組で「ひふみん」と呼ばれて愛される人気者とは別の、
勝負師の顔を見た思いがする。
最近の将棋ソフトの強さには感心しても、
感動はしない。
人を感動させるのはやはり、
最善の一手を探し求めて命を削る生身の棋士である。