4月24日 国際報道2018
ピアニスト エイハム・アハマドさん(30)。
瓦礫と化した街で演奏する映像がインターネットで世界中に広がり
“戦場のピアニスト”として話題になっている。
シリアの首都ダマスカス近郊のヤルムーク。
2012年以降
たび重なる攻撃で街は廃墟と化した。
この町で生まれ育ち
音楽教師を目指していたエイハムさん。
6年前 路上にピアノを運び出し子どもたちと演奏会を始めた。
♪ 非難したみんな
異国暮らしはもうこりごり
戻っておいで
みんながいないのはもう嫌だ
街の人が少しでも恐怖を忘れられるよう
あえて明るい曲を作った。
(ピアニスト エイハム・アハマドさん)
「地区は包囲され
皆が飢えに苦しみ
砲撃されるのが日常でした。
音楽はほんのつかの間ですが
包囲の中で暮らす人々の心に癒しを与えることができます。」
内戦の中でも強く生きるエイハムさんたちの姿は
世界中から共感を呼んだ。
♪ 避難民たちよ戻っておいで
旅は長すぎた
祖国にいる私たちは何も変わっていないから
路上での演奏を始めた3年後
過激派組織ISが“演奏をやめろ”と脅迫。
大切なピアノも燃やされた。
一緒に歌っていた少女のひとりは銃撃され命を落とした。
命の危機を感じシリアを逃れたエイハムさん。
途中 家族とは離れ離れに。
1か月半かけドイツへたどり着いた。
シリアの人々の苦しみを伝えたいと
ヨーロッパでの演奏会を250回以上続けている。
エイハムさんの両親や多くの友人は今もシリアに取り残されている。
無事を確認するため毎日家族への電話を欠かさない。
しかしヤルムークでは今も爆撃が続き
外出もままならなくなっていると言う。
一緒に歌っていた子どもたちとも連絡がほとんどとれなくなった。
(エイハムさん)
「毎日のように自分が無力だと感じ
ピアノをやめようかと悩んでいます。
その一方で何かを変えられるはずだという矛盾した気持ちも抱えています。」
4月 エイハムさんは学生が始めた支援団体のまねきで初めて日本を訪れた。
どうしても訪れたかった場所が
広島である。
廃墟となったこの街を人々がどのような思いで復興させたのか
知りたいと思ったからである。
(エイハムさん)
「シリア
ヤルムーク
友人たちのことを思い出します。
シリアではこんな瓦礫の中でピアノを弾いていました。」
エイハムさんは市内のピアノ工房を訪れた。
73年前 爆心地近くの民家で被爆したピアノ。
爆風で傷だらけになったが
原爆の悲劇を伝えるシンボルとして人々が大事に演奏してきた。
(エイハムさん)
「このピアノのように私たちも戦争に屈せず生き抜いていきます。
私のピアノはヤルムークで焼けましたが
私はまだここで生きているのですから。」
スタンド・ウィズ・シリア・ジャパン主催の演奏会。
エイハムさんは被爆ピアノで1曲演奏させてもらうことにした。
傷ついても力強い音色を奏でるピアノに
自分の人生を重ねたからである。
選んだのは
かつてシリアで子どもたちと歌ったあの曲だった。
♪ 非難したみんな
異国暮らしはもうこりごり
戻っておいで
みんながいないのはもう嫌だ
シリアは泣いているよ
どうして行ってしまったの
みんな心配しているよ
(エイハムさん)
「爆撃の下で死んでいく友人たちのことを
音楽で語らなければなりません。
彼らが忘れられないためにも
この歌を歌い続けることがとても大切なのです。
♪ シリアで頑張る仲間たち
あなたたちが大好きです
どこでも頑張る仲間たち
あなたたちが大好きです