12月20日 国際報道2018
日本の陶磁器 古伊万里。
佐賀県有田町を中心に生産され
江戸時代さかんに海外にも輸出された。
この古伊万里の破片がオーストリアの古城で大量に発見された。
その中には日本にもほとんど残されていない幻の作品もあった。
なぜ貴重な陶磁器の破片が残っていたのか。
その経緯を調べると
江戸時代に作られた古伊万里が世界に与えた影響の大きさが伝わってくる。
オーストリア東部にある12世紀に建てられたローズドルフ城。
この城に大量の破片が残されていた。
その数1万点以上。
第2次世界大戦の終結直後
旧ソビエト軍がこの城を接収したときに破壊したものだという。
調査しているのは日本陶磁史が専門の学習院大学 荒川正明教授。
同じ陶磁器の破片を探し出し元の形に戻すという根気のいる作業を続けている。
復元作業の中でめずらしい古伊万里を発見した。
江戸時代中期に輸出されたとみられる古伊万里の植木鉢である。
(学習院大学 荒川正明教授)
「おそらくこれまで例を見ない
新発見になるんじゃないかと。
もし完成品でありましたら途中でどこかに売られていたりとか
割れていることによって歴史が復元できていく。」
さらに保管されていたのが
(ローズドルフ城 城主の妻)
「見てください。
これは奇跡的に割られずに残っていたのです。」
国の重要文化財に相当する極めて貴重な古伊万里の花瓶。
「透かし紋」と呼ばれる網目のように表面が切り抜かれ
獅子が彫刻のように立体的に表現された作品である。
そして部屋のなかには江戸時代中期の古伊万里のなかでも最高峰ともいえる作品があった。
ランプ台として使われていたこの古伊万里は
色鮮やかな色彩が特徴の「金襴手」という様式で
ニワトリの親子を繊細な表現で描いている。
(学習院大学 荒川正明教授)
「日本にあまり良いものが残っていなくて
これは本当に研究者冥利に尽きる。
300年以上大事に海外で残されてきた。」
なぜこれほど貴重なコレクションがこの城にあるのか。
それは城主の家系に関係があるという。
(ローズドルフ城 城主)
「親族に陶磁器の貿易商がいて
その関係で私の先祖がその陶磁器を買ったと聞いています。」
17世紀中期から18世紀にかけてヨーロッパで高い人気を集めた陶磁器。
城主の親族の1人が日本や中国の陶磁器を輸入し
ヨーロッパの貴族に販売していたのである。
古城に遺された多くの破片には世界各地のものもあった。
調査を進めると
古伊万里がヨーロッパや中国などに大きな影響を与えた過程が見てとれるという。
中国の陶磁器の破片は
「これが古伊万里スタイルですが
これを写す形で中国
ふんだんに金と赤 染付を使うという非常に日本と近しい関係。」
ヨーロッパの陶磁器の破片は
「日本の古伊万里の写しを見事に作っている。
東洋の影響から新たな西洋的な器が出来上がっていく。
その状況が非常によくわかる。」
当時世界が模倣した古伊万里の作風は今なお世界各地に受け継がれている。
(学習院大学 荒川正明教授)
「これだけのクオリティーと人気を西洋で誇れたということは
我々にとって非常に誇りにすべきことだと思う。
当時 日本らしさを表現しそして成功していったか
そこは本当に学ぶべきところが我々にもまだ十分ある。」