12月23日 編集手帳
映画『ローマの休日』を彷彿(ほうふつ)とさせる有名な冒険譚(たん)である。
高校生の頃、
天皇陛下はこっそり寮を抜け出して学友と銀ブラを体験された。
コーヒーやアップルパイを賞味されたとか。
後の記者会見で「電車に乗ってみたかった」と明かされている。
昭和8年、
ご誕生の折にはサイレンが鳴り、
巷間(こうかん)、
万歳の声が響いたという。
3歳でご両親と離れ、
東宮傅育(ふいく)官らに養育された。
戦時下の疎開生活を経て、
戦後は米国人家庭教師に学ばれた。
平成最後の天皇誕生日、
陛下がたどられた曲折の道を改めて思う。
「私人として過ごす時にも自分たちの立場を完全に離れることはできません」
「天皇になってから昭和天皇のお気持ちが分かったというようなものもあります」――。
過去のおことばには重責の二文字がにじむ。
広島、長崎、沖縄、サイパン、パラオ、フィリピン…。
戦没者の慰霊のため方々に足を運ばれた。
雲仙、奥尻、神戸、東北、熊本…。
どれほど多くの被災者が勇気をもらったことだろう。
来春の退位の後は、
旅の趣も幾分変わるやもしれない。
皇后陛下とお二人、
お忍びを楽しむ、
そんなお姿を夢想する。