4月23日 編集手帳
縁談の相手が知っている花の名前は、
桜と菊と百(ゆ)合(り)だけだった。
それで女は結婚をためらう。
向田邦子さんの小説「花の名前」である。
確かに草花への関心は、
人柄を知る手がかりの一つだろう。
題名の「花」を「コケ」に置き換えたくなるようなニュースを最近、
ヨミウリ・オンラインで読んだ。
京都大の女子大学院生が、
苔(こけ)庭のコケの種類を自動判別する人工知能(AI)を開発した。
高校生の頃から古刹(こさつ)に足を運び、庭に夢中になったという。
植物学者の秋山弘之さんが、
著書『苔の話』で述懐している。
〈ただ純粋に苔に想(おも)いを馳(は)せるとき、
私の心に浮かぶのは、
物悲しさの中の静寂です〉
この植物を観察したければ、
〈ゆっくりと落ち着いた気分であること〉が大切だ、
と助言もしている。
町のあちらこちらでひそやかに生きる姿が見えてくるらしい。
さっそく近所の公園に行った。
葉桜が陽光にきらめいている。
幹のところどころに緑色の広がりがある。
やはりコケだった。
なんだかうれしい。
AIがいかに発達しても、
この気持ちは人間だけが味わえるものだろう。
ゆっくりと名前も調べてみようか。