人が誰かを裏切ると、裏切られた人は悲しみます。
裏切られて、直接的な被害や損害を被ったから悲しむのでしょうか。
そうかもしれない。たしかにそういうことはあるでしょう。
たとえば、三中にもありますが、生徒が友達はずしや無視のようないじめを受けると、「一人ぼっち」になるという被害を被ります。
加えて、裏切られた人は相手を信じられなくなったということが、その人を悲しませているのです。
今までのように、その人を信じていたかったのに、それができない。
だから悲しみや傷つきは、より深くなるのです。
この点でみたとき、いじめのきっかけをつくった人、同調して加勢した人、相手が誰であろうと、信じらなくなる点では同じです。
学校生活において、まして中学生が友だちを信じられないということが、どれほどつらいことか。
私たちおとなは、このことをもっと重く受け止めなければなりません。
「いじめはいつの時代もありますよ」
「いじめられる方にも、理由があるのとちがいますか?」
いまの子どもたちの現状は、そんなものではありません。
友だちを大切にするとは、信じ続けることができる人間関係を続けることであると言えます。
この本質を、三中の生徒にもわからせたいと思うのです。